第七章――【浦島太郎】編――
第1部
太古より生命の起源として名を馳せ、今もなおその独自の生態系を構築し続ける蒼一色の世界、海。
その海の遥か深くに次の瞬間、都市レベルの規模を誇る巨大な船が一瞬でその姿を現す。
〝城塞都市型時空間航行決戦強襲艦
天才的魔法学者によって賢者の石を元に生み出され、あらゆる状況において適格な作戦行動を導き出し、実行に移す事を目的とした人型生体魔法の少女、パンドラが新たに得た移動要塞である。
「ワープアウト完了。無事に次の世界へ着いたみたいだよ」
操舵手を務めていた童話主人公キタカゼが、艦長席に座っていたパンドラの方を振り返った。
「後はここが我々の目的地である【童話世界】かどうかだ・・・・・・船の高度を下げろ」
「えっ? 浮上させるんじゃないの??」
「降下だ。海中の生体波導の位置関係からして、この船の位置では海底の方が近い。それにこの数は大規模な基地か、もしくは都市レベルのコミュニティがある筈だ」
前後の全長でも約二十キロ近く、上下でも約十~十五キロ程あるムーンアークのその更に外、それも海面や海底付近に至るまで探知範囲を広げていたパンドラの生体波導探知能力に、メインブリッジの童話主人公達は唖然としつつも、すぐに気を取り直し各々のポジションワークへと戻る。(最も、襲い来る敵もなく異変も起きてない状況で、マトモに忙しいのは操舵手のキタカゼと副操舵手の桃太郎ぐらいのものだが)
そしてパンドラの探知が正しかった事が証明されるのに、そう時間はかからなかった。
「海底にレーダー反応有り。これは・・都市か」
白雪の報告の後、メインブリッジのモニターに映し出された海底都市は、幾つものドーム型の区画が集まって構成され、その中の幾つかのドームから、海面方向へ向けて太い管が何本も伸びていたのである。
蝶々仮面のパンドラ 第七章――《浦島太郎編》――
「光学明細をかけて船を都市から少し離せ。この船では直接乗り込めまい。それに存在を感付かれると面倒だ。直接潜入して情報を集めるまでは目立つ動きを避けろ。必要に応じて呼び出す」
「了解。ム、何者かの呼び出しか」
副艦長席のコンソールが鳴ると、金太郎は少しおぼつかない手つきでその回線を開く。
「もしもし。・・・・・・フム・・ウム。主よ」
単身出撃の為、まさにメインブリッジを出ようとしたパンドラを金太郎が呼び止めた。
「何だ?」
「トーマスの奴が出撃前に渡したい物があるそうだ。出撃ゲート前で待っていて欲しいと」
「了解した」
メインブリッジから、エレベーターで地下の出撃ゲートへ通じるフロアまで降りると、トーマスの方が先に到着していたらしく、扉が開くと同時にそこに彼の姿が眼に映る。
「あぁ、良かった。間に合ったようだね」
「渡したい物とは?」
「コレを耳に着けておいて欲しい」
そう言ってトーマスはパンドラに片耳式のヘッドセットを手渡した。
「コレは?」
「通話デバイスさ。主にボクやメインブリッジとの通信に使うんだ。それと君の脳波を通じて君の視界を共有させてもらうからね」
「視界の共有だと?」
それを聞いたパンドラは眼を細める。
「別に君のプライベートを詮索する気は無いよ。都合が悪ければそっちからスイッチを切る事も出来る。ただこれには作戦行動のサポートと戦闘データの収集の意味があるからね」
「ほう」
視界の共有というのが少々気に入らない気もするが、目的とこれからの対ムーンフェイスのためを思えば装着しない選択肢は無かった。
「じゃあ健闘を祈るよ」
そう言ってトーマスは元いた工房へと帰っていく。
『反重力フィールド起動。射出ベクトル固定。ワープゲートオープン、進路オールクリア。発進準備完了』
「では行ってくるぞ」
そういった直後、反重力フィールドによってパンドラは勢いよく打ち出された。
その後二十キロ近くもある出撃ゲートの中に等間隔で設けられたワープゲートに突入し、長距離の出撃ゲート内を次々とショートカットしていく。
そして最後のワープゲートに入る直前、パンドラが球体状に自身を覆う様にフォースバリアを展開すると、それはムーンアークの前方にあるワープリングから海中へとその身を移した。
「海底都市を目視で確認。さて、上から行っては目立ちそうだな」
海底都市の出入り口を行き交う車両や個人を見ながら、パンドラは海底の岩陰沿いにその距離を縮めていく。
そこで門へと近づく荷馬車や観光客らの間に僅かなスペースを見出したパンドラは、一瞬の隙を突いてそこへ潜り込み、門に設けられたトンネル状の入排水スペースに歩を進めた。
入ってきた扉が閉められた直後、ゴゥンという重い音と同時に、満たされていた海水が徐々にその水位を下げていく。
そして海水が完全に無くなると共に、他の入場者達を覆っていた膜状の物が消失していくのを確認すると、パンドラも展開していたフォースバリアを解除した。
トンネルの奥の扉が開き、トンネル内部の一団に紛れて、パンドラは無事に海底都市への潜入を果たしたのである。
石畳の地面が広がり、まるで水族館のドームコーナーの様な広大な空間内に広がる町並みを見渡しながら、パンドラはまずどこから情報を集めるか考え始めた。
「こちらパンドラ。たった今都市に潜入した」
『了解。こちらでも確認出来たよ。映像、音声共に問題なし。先ずは情報集めといった所かな?』
「その事だが、早速ムーンアークの
『
「了解した。最初に【海底】を追加しておいてくれ」
『オーケー』
「私はこれから生体波導の密度が濃い、町の中心部へ向かう」
そう言ってパンドラは街中の広告や住民達に目を向けながら人口密度のより高い方へと脚を向ける。
「・・亜人種が多いな。それも【カメ】が妙に」
『確かに他の亜人種に比べてよく目に付くね? 検索ワードに加えておこう』
「やはり密度が濃いのはあそこか・・」
パンドラは前方に迫った巨大な施設を見上げた。
円形に作られた石造りの建物に、町中の人間が入っていく事で生体波導の濃度が高まっていき、まるで建物そのものから生体波導が発せられているかのような感覚を覚える。
「アレは・・・・・」
その建物を眺めていたパンドラはある弾幕に気が付いた。
「【リング・オブ・リュウグウ】?
『今丁度やってる・・ビンゴ! これだ、【浦島太郎】。この世界は【浦島太郎の世界】だ!』
「浦島・・太郎。ホウ、ならそのウラシマとやらが、このリング・オブ・リュウグウにいるかもしれんのか。そうでなくても、ここでなら目立つ価値はあるな」
『それこそ、出来るだけ派手にね』
「あぁ。選手として入り込めないか調べてみるとしよう」
そう言うと、パンドラは再び歩き出し、リング・オブ・リュウグウの内部に入っていく。
途中、[選手登録はこちら]と書かれた案内に従って進んでいくと、屈強な男に入れ替わり話しかけられている一人の男を発見した。
「選手登録はここか?」
「は? オイ冗談だろ? 確かに俺は選手のエントリーを受け付けてるが、ここは嬢ちゃんみたいなのが来ていい場所じゃないぜ」
「お前の感想は聞いていない。選手登録が出来るかどうかだけ聞いている」
「ハァ、分かった。出来る、出来るさ。だがな、ここで一旗上げようって奴等は皆嬢ちゃんより二倍も三倍もデケェ奴等ばかりだぞ?」
「その中にウラシマという人物はいるのか?」
「何? ウラシマ? 嬢ちゃんウラシマに会いてェのか? なら尚更諦めるんだな!」
男はパンドラに対し鼻で笑うと、更に言葉を続ける。
「ウラシマは今から行われるバトルロワイヤルを全て勝ち残ってランクを上げまくったその後でねぇと挑戦権が得られねぇんだからな。嬢ちゃんじゃまず無理だ」
「パンドラだ。登録しておけ」
パンドラは男の肩にポンッと手を置くと、そのまま唖然とする男を後にして、選手達の巣窟へと向かった。
《浦島太郎編――第2部へ続く――》
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