最終部
「今回は君のおかげで皆救われた。約束通りこの船は君に贈呈しよう。勿論君仕様に変更した上でね」
「覚えていてくれて何よりだ」
「そういえば、Mr.トーマスにはもう会っていたのか?」
「作戦前に偶然な。奴はそのままクルーとして私に同行するつもりらしい」
「本人がそう言っているのなら構わんよ。機関長も同行させよう。他に必要なスタッフがいたら言ってくれ」
「人間はあまり雇いたくない。こちらで随時用意していく」
「了解した。ところで町の方はもう見て回ったと言っていたな?」
「全てではないが、気になる所は。そういえば地下に貨物運搬の路線があった」
「あぁ、確かに地下には町の各所へ資材を輸送及び搬入するための専用の貨物路線がある。この町の【地下鉄】は主にそれだ。まぁ人間が乗り込む移動用のもあるにはあるがね。勿論城にも通じている。どうせだから乗っていくかね?」
「そうしよう。乗り方が分からなかった所だ」
司令官に気になっていた謎の地下路線の正体を明かされたパンドラは、そのまま司令官の誘いに乗る形で地下鉄の駅へと到着する。
「これだ。作戦前に私が見た施設と同じ物がある」
「人間が乗る方の鉄道ステーションを見つけていたのか。コレは一定額のお金を電子化し、専用のカード内にチャージして使う」
そう言って司令官は、懐からケースに入ったプラスチック製のカードを取り出す。
そしてパンドラに見せたそのカードを、等間隔に並べられた箱状のゲートの一角にかざした。
すると次の瞬間、ゲートを塞いでいた扉が左右に開き、ホームへの通行が可能となったのである。
「このゲートはそうして通過するものだったのか」
「それと通常、この人間用の鉄道路線は決まった時間に一定の間隔で運行される。だが、人間の移動は主に、地上に設けられた
司令官と共にホームへ入ったパンドラの前には、薄い煙を出す十両程で編成された車両が停車していた。
「コレは遥か昔、石炭などの燃料を燃やした際の熱エネルギーで動いた【蒸気機関車】をモチーフにしている。本来は燃料を用いて大量の煙を出しながら走行するのだが、このモデルは中身に発電機関を内蔵した特別改造を施していて、排出される蒸気は極僅かだ」
「ホウ」
パンドラが司令官に案内され、専用車両に乗り込むと、ここもやはり等間隔に向かい合って配置された椅子が並んでいて、パンドラはその内の一つに腰を下ろす。
「城までどのくらいかかる?」
「そうだな、ざっとみて十分~十五分といったところだ。その間に作戦前に出来なかったこの艦の説明を簡単にしておくとしよう」
「聞こう」
「まず町の建物だが、一部を除いてほぼ全て解体中だ」
「何? アレだけの規模をか?」
「あぁ。元々、限られた空間内における避難民の要望や、町の運営の必要に応じて都市開発が出来るよう、建造物は解体と再建築が容易に出来る構造にしてある」
「ホウ」
「解体し終わった部材は再利用出来るようにまとめて残しておくので、自由に使ってくれ」
「あぁ」
「それと城の方だが、同じレイアウトの部屋が幾つか纏まってある筈だから、それを童話主人公達の部屋にするといい。だが城主である君用の部屋は最上階フロアに別に設けてある」
「それは楽しみだ。城に着いたら見てみるとしよう」
「あとコレは君達にとって最も重要な案件だが、次元航行システム【ラプラス】についてだ」
「確かに。それが無ければこの船を貰う意味が無いからな」
「無論、実装には成功した。ラプラスによる跳躍は大きく分けて二種類ある。一つはその名の通り、時空を越えて別次元にあるとされる世界へ跳ぶ物。もう一つは次元こそ超えないものの、超長距離を跳躍する、いわば通常のワープドライブだ」
「・・要は用途に応じて使い分けが出来るという事か」
「そういう事だ。簡単な理屈としては、この船の前後にリング生成ユニットがある話はしただろう?」
「あぁ」
「次元跳躍する際は、前方のリングのみが起動し、前方にワームホールを生成して次元跳躍する。それに対して超長距離跳躍する際は、両方のリングが起動して、船体を中の乗員ごと量子分解しつつ、一度空間から切り取ったうえで、着地点に貼り付けていく様に再構成される。確かトーマス君は《カット&ペースト方式》とか言っていたな・・・・・・」
「成程。理屈は大体分かった」
「そういえば彼がそのワープドライブの技術を転用して、君が航行中の艦から直接出撃して戦闘を行う場合の出撃ゲートを設けるとも言っていた。どうなったかは彼に直接聞いてくれ」
「了解した」
「さて、そろそろ到着のようだ」
電気機関車で城内に戻ってきたパンドラは、司令官の案内で城内の各施設を一階から順番に見て回る事になった。
一階は簡単な宿泊施設や医務室等の来客用施設、二階は食堂や娯楽施設、リラクゼーション施設等を収めた共用エリア、三階は先の司令官の話にもあった童話主人公の個室フロア(ちなみに部屋のレイアウトは全室共通)の案内が終わると、作戦前に訪れた四階のメインブリッジをスルーし、いよいよ最上階となる。
「ではパンドラ、君の部屋を見に行こう」
「上等な部屋だといいがね」
そう言って最上階まで上り詰めたエレベーターから一歩出た時、パンドラはそこが、その時点で他の階とは大きくコンセプトが異なる事に気が付いた。
「コレは・・扉が開けばもう玄関という事か?」
そこは半円状の隔離された空間で、目の前にはエレベーターと同じくまたも持ち手の無い扉が弧を描くようにパンドラを阻んでいる。
パンドラが近づくと、扉はひとりでに開き、目の前の壁にかかったディスプレイに《本日の最新情報》と銘打たれた項目が幾つか表示されていた。(それによるとどうやらトーマスによって食堂などの城内共用施設を始めとした、艦の運営に必要な人材となるアンドロイドの一部がロールアウトしたらしい)
そのコの字型の壁に沿ってエレベーターの裏側へ回ると、最初に壁の上から三分の二以上を占める程の大きな窓が目に入り、そこから町一つ収めていた広大な甲板を一望出来る。
「ホウ、中々の景色だ。だが・・・・・・」
そこでパンドラの視線が別の場所へと移った。
そこには冷蔵庫やオーブン等を兼ね備えたL時の広いキッチンが出迎えていたのである。
「何故ここにキッチンがある?」
「ここはフロアそのものが厳密には部屋ではなく、住居なのだよ」
「住居・・」
「このフロアだけで人一人が生活する全ての環境が整っている。まぁ人間が住む前提のものだから、君に必要ないものも中にはあるかもしれないが、要はこの城のオーナー用住居として作られたのだ」
「ホウ。ではアレは?」
パンドラは部屋の隅にある位置が固定化された椅子を指差した。
「あぁ。アレはこの住居の中でも特筆すべき特殊設備でね。使用者の脳波を感知して動く【脳波コンピューター】だ。無論ここからでも資料室にアクセス出来る」
「脳波コンピューター・・随分面白そうな設備だな」
「隣には執務用の机も用意しておいた。そこにある【スコープフォン】は、相手をフルカラーの立体映像で視認しながら通話することが出来るデバイスだ。当然、城内通話の内線と城外との外線両方に対応している」
「ホロスコープか。私の故郷でも魔法技術派閥の人間は皆、遠くの相手と同じ様な形で通話していた。最も故郷のはこれより遥かに大掛かりな装置だったがな」
「脳波コンピューターやこのスコープフォンを始めとして、この艦にはまだまだ紹介しきれない程数々のテクノロジーが詰め込まれている。そのそれら全ての解説と扱い方をこのデバイスに纏めた」
司令官はそう言って、A4サイズ程の板状デバイスを差し出す。
「コレは?」
「【タブレット】と呼ばれる物だ。情報を取り扱う機械の一種だが、コレにはマニュアルしか入っていない。それ専用として用意した物だからな。童話主人公達の各部屋とメインブリッジにも同じ物が用意してある。出航してから時間のある時に眼を通しておいてくれ」
「使い方は?」
「至ってシンプルだ。画面を指でタッチしたり、なぞったり、長押しするだけでいい」
「ホウ。どれ・・」
それを聞いたパンドラは、早速電源を入れるとタブレットを操作し始めた。
「・・成程、大体分かった。そろそろ出航したいが、避難民共はどうなってる?」
「もう既に全員退艦している頃だろう。それよりメインブリッジで誰がどの部署を担当するのか、それだけは出航前に決めておかねば」
「そうだな」
メインブリッジに入ると、アリス以外の童話主人公達を全員人間形態で召喚する。
「良し、では早速配置決めを行うとしよう。資料によると、必要最低限のクルーは艦長に副艦長。操舵手と副操舵手、レーダー管制官に武装管制官、戦闘オペレーターだ。艦長は私がやるとして、何か希望は?」
手元の資料から視線を童話主人公達へ移すと、ただ一人、赤ずきんが手を上げていた。
「・・武装管制官を希望する」
「他に武装管制官の希望者は? ・・いないな、では赤ずきんに頼む。あと副艦長は・・金太郎、君がやれ」
「御意」
「操舵手はキタカゼ、副操舵手は桃太郎」
「いいよ~」
「ハーイ」
「レーダー管制官がシラユキで、戦闘オペレーターはアリスに任せるか。復帰するまでは私が代行する。全員、配置につけ」
パンドラの号令を受け、童話主人公達が一斉に散らばり、各々の担当場所へ腰を下ろす。
「あーそうだ、今回のラプラスシステムの突入座標だが・・」
司令官がパンドラの座る艦長席の隣から口を開いた。
「君達が最初にここへ現れた時に生じていた時空の歪みのデータをこちらで解析させて貰った。それを元に、擬似的にではあるが、君達が通ってきた空間に戻れる入り口を造り出す事が出来た」
「それは助かる。そこだけが唯一の不安点だった」
「それでは私はこの辺で失礼するよ。最後にもう一度言わせて貰うが、我々の世界を救ってくれて有難う。この我々からの心からのお礼が、今度の君達の旅を支えてくれる事を祈っている。私が去った後、洞窟の天井が開けば発進準備完了の合図だ。艦内にクルー以外の人員はいない」
「了解した。上等な家をどうも」
パンドラの返答を背に、司令官はメインブリッジを後にする。
「発進準備を始めろ」
「了解。ムーンドライブエンジン、始動」
「フルムーン機関、臨界点突破」
「後は司令官一行の退艦待ちか・・・・・・」
そこから少し経ち、大きな音を立てた後、洞窟内が外からの光で照らされた。
「天井の開放を確認。進路、オールクリアー」
「ムーンアーク、発進!」
パンドラの号令を受け、キタカゼが操縦席の舵輪を手前に引くと、ムーンアーク全体に振動が走り、地面から少しずつ離れていく。
「ラプラスシステム起動」
「了解。ラプラスシステム起動。突入座標入力済み。ワームホール生成開始」
直後にムーンアーク前面のリング生成ユニットが起動し、その前方に巨大な穴が現れた。
「カウントダウン五秒前。四・・三・・二・・一・・ドライブ開始」
新たな移動手段を手に入れ、再び童話世界を巡る旅へと戻るパンドラ一行。
果たして次に辿り着くのは、如何なる世界か。
《第七章へ続く――》
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