第2部



「さぁ、本日もやってまいりましたァ、リング・オブ・リュウグウ! 新たなる戦いの幕開けとなるFランク戦、今宵の勝者は果たして誰になるのかーッ!?」

 実況担当らしい男の煽り文句が会場中に響き渡る中、フィールドに立つ選手達を主張の強いライトと歓声が取り囲む。

 パンドラが周囲を見渡すと、およそ八割が汚れや破損の激しい服装をした人間の参加者達で、残りの二割はその倍以上の体格を持つ魚人や竜人、スライム人間やシーエルフ等が揃っていた。

「・・・・・・」

 人間達のボロボロの服装が気になったパンドラだが、MCの声がそれを遮る。

「それではァ、リング・オブ・リュウグウゥ、Fランク戦ン、開始ィィッ!」

 大きな花火の様な音と同時に試合が始まると、参加選手たちは思い思いの相手に向かって攻撃を始めた。

 といっても、俯瞰的に見ればそれは人間対亜人種の戦いに他ならなかったのである。

「さて・・・・・・」

 どの選手を攻撃しようかと思案したパンドラだが、その開始直後に判明した試合構図を見て、即座に攻撃目標を定めた。

「【蝶・剛・筋ストロング】」

 超高密度波導エネルギーによる漆黒の鎧を全身に惑わせると、パンドラはまさに人間達の集団を蹴散らそうとしていた竜人の前に割って入り、その攻撃を左腕一本で受け止める。

「なッ!」

「!?」

 手持ちの武器であった大型トマホークを片腕で止められ、あまつさえその部分を粉々に粉砕された竜人は勿論、その危機を救われたであろう人間達の方すらも、その攻撃に目を疑った。

「おぉーーーっと! これはどういう事だァ!? 人間と思われる外部から参加の選手、名前はパンドラ! まさかの左腕一本で竜人のドラコネイル氏による攻撃を受け止めたァ!」

 予想だにしないダークホースの出現を伝える声に、会場を勢いの増した歓声が満たしていく。

 そこから受け止めた大型トマホークを振り払ったパンドラは、その勢いのまま身体を回転させ、そのままドラコネイルへ向けて回転蹴りを繰り出し、彼をその後方のリングサイドに叩き付けた。

 会場中の視線と黄色い声援がパンドラへと注がれ、他の選手達の注意も集まっていく。

「・・これで予定通りといったところか」

『もう少し目立ちたい所だね』

『この分だと我等の力は必要無さそうだな』

「まだ・・な」

 そう言うと、パンドラは波導エネルギーを胸部中央にチャージし、フォースカノンで追撃を図った。

「ここでパンドラ選手、大規模な光線を放ったァ! もしや魔法使いなのかぁ!?」

「・・・・・・(正確には少し違うがな)」

「チッ、だが魔法使いであるなら・・休む暇さえ与えなければッ!」

 当のドラコネイルは直撃の寸前でそれを逃れると、その口から高熱の焔を吐き出す。

 しかしパンドラはコレを意にも介さず、マルチビットスカートを三機展開し、フォースバリアを形成してこれを防ぎつつ、自身はフォースカノンを発射したまま他の選手達へとその射線を移した。

 大規模な火力を誇るフォースカノンに、大半の選手達が回避し切れず、焼かれ消し飛んでいく。

 残った選手は、最早片手で数える程しかいなかった。

「フン」

 更にパンドラは、両手で作ったスペースに波導エネルギーを凝縮していき、大型フォースボールを生成すると、それらを手当たり次第フィールド中に放っていく。

だが、それらをかいくぐったドラコネイルを始めとする幾人かの選手が、揃ってパンドラへと押し寄せてきていた。

「長期戦に持ち込めば勝機はこちらにあるッ!」

「ドレスチェンジ」

 次の瞬間、落雷した雷が包み込んだその中から、ライトニングドレスへ姿を変えたパンドラが現れ、その稲妻と化した髪の毛で迫る選手達を根こそぎ薙ぎ払う。

「コレは何だ!? パンドラ選手の姿が突然変わったァ!」

 弾き飛ばされ、地面に叩きつけられても尚、パンドラの雷は彼等の身を迸り、その動きを封じ続けた。

「お前達は二つ間違えている。一つは私が魔法使いではない事。二つ目はそもそも人間ですらない事だ」

「な・・にッ!?」

「ぐっ、ならばッ・・」

 先に電撃の影響が溶けたらしいシーエルフが、水属性の魔法を付加(エンチャント)したらしい矢を、構えた弓に添える。

「我等と同じ、亜人種かッ!」

「それも違う・・【蝶・念・動キネシス】」

 生き残っていたらしい、シーエルフ達が放った矢を、パンドラは【蝶・念・動バタフライキネシス】の力を使い、スライム人間や魚人等の他の選手達へと送り返すと、【蝶・効・果バタフライエフェクト】で姿を消した。

 そしてシーエルフの目の前に姿を現すと、その顔面を雷の手で鷲掴みにする。

「ぐあぁぁばばびbfsfんbvbbvbv!」

「魔法そのものだ」

 全身が感電し悲鳴をあげるシーエルフに対し、パンドラは静かにそう告げた。

「い、今のは何だ! パンドラ選手が突然消えたかと思いきや、再び現れシーエルフのマリーネ選手の顔面を掴み取って一撃ィィィッ!」

 そこへ遅れて戦線復帰したドラコネイルとスライム人間が同時にパンドラへ攻撃を仕掛ける。

 ドラコネイルをしぶといと感じたパンドラは、先にスライム人間の方から倒そうと右腕に波導エネルギーをチャージした。

「ムーンボルトインパクト」

 マルチビットスカートで三機ずつ、計九機による三枚のフォースバリアを重ね張りしてドラコネイル攻撃を防ぐと、電圧の上昇した右拳を反対方向にいるスライム人間へと叩き込む。だが・・・・・・

「!」

「グフッ・・グゥ・・・・・・スライムの身体でなければ弾け飛んでたな」

「おぉーっと、これはパンドラ選手が渾身の一撃を叩き込むもスケイルキッド選手、耐え抜いたかーッ!?」

「ホウ、電撃はともかく衝撃自体はその身体で吸収したか。ならば・・」

 パンドラはドラコネイルの猛攻を阻んでいたフォースバリアを解除すると、【蝶・念・動(バタフライキネシス)】を使い、スライム人間ことスケイルキッドをドラコネイルへと投げつけた。

「!」

 突然降りかかってきたスライム人間に、ドラコネイルは思わず動きを止め防御体勢を取るも、付着したスライム人間の身体が取れずに悪戦苦闘する。

 それはパンドラが彼らにトドメをさすのに充分すぎる猶予だった。

「ムーンボルトキック」

 直後、都市中を照らし鳴り響いた雷鳴が消え去ると、そこに残っていたのはパンドラと実況の男のみだったのである。

「ひょ、しょ、勝者はぁ・・パンドラぁ・・選手ぅ・・・・・・」

「また来よう」

 それだけ言うと、パンドラは黙って会場を後にした。


          *


「さて、ウラシマにお目にかかれなかったのは残念だが、ひとまずの目的は果たした。少し町を回って、他に情報が得られそうな場所を探す」

『了解』

 パンドラは闘技場を後にすると、壁に囲われた街を探索するには、外側から渦巻状に行うのが効率的と考え、一番違い外壁方面へと向かう。

 リング・オブ・リュウグウで勝ち残ったのがリアルタイムで広まっていたのか、町往く人々が皆パンドラに視線を向け、中には直接話しかけてくれる者もいた。

 だが、その誰一人として童話主人公ウラシマの居所を知るものはいなかったのである。

「コレは参ったな。情報を得ようにも普段の居場所すら分からんとは・・ん?」

 ふと脚を止めたパンドラは、自分の周り風景が変化している事に気が付いた。

「都市の外れまで来ていたのか。いや、まだ向こうに一区画残っているな」

 都市部を抜け建物も何も無い平原を通り過ぎると、前方の区画へと脚を踏み入れる。

 踏み入れてすぐ、パンドラはそこに蔓延する異変に気が付いた。

「・・・・・・(明らかに都市部と雰囲気が違う。いや空気そのものも違うか。建造物がどれも荒廃しているのはどういう事だ?)」

 どこを歩いていても人通りが多く、華やかな雰囲気を放っていた都市部とはうって変わり、こちらは人通りもまばらで、建物に関してはまるで廃墟が並んでいるかの様だった。

 そこで暮らしているであろう人達のみすぼらしい格好からも、ここが貧民街スラムである事を裏付けている。

『主よ。あまり目立つ場所を歩かぬ方がいいかもしれんぞ』

「どういう事だ?」

『その場で君の格好は身なりが良すぎるって事さ』

『物乞いや野盗に絡まれては面倒だからな。ここで情報を引き出すなら人を選ばなければならぬぞ』

「了解。警戒度を高める」

 パンドラは周囲を見渡し、建物の影に入ると、そこで【蝶・効・果バタフライエフェクト】によって消失し、隣のビルの屋上へと出現した。

「フム。ここならここの住人の目につきにくいな。おまけに貧民街の様子が良く見える。・・おや?」

 パンドラがある一角に目を向けると、そこで一人の女性と男二人が何かを奪い合っているのが確認出来る。

『物資の奪い合いか』

『穏やかではないな。どちらかに加勢でもするか?』

『加勢ってどっちに?』

「決まっている・・情報を引き出せそうな方だ」

 そう言うと、パンドラは【蝶・効・果バタフライエフェクト】で住人達の間に割って入り、男二人を【蝶・念・動バタフライキネシス】で吹き飛ばした。

「グゥッッ!」

「て、テメェ・・何しやがる!」

「悪いが彼女に用がある。今日は失せろ」

「何ィッ!?」

「ふざけやがって!」

「警告はしたぞ・・・【蝶・剛・筋ストロング】」

 警告を無視し襲い掛かってくる男二人に、パンドラは超高密度の波導エネルギーで全身を第二の皮膚の様に覆うと、半壊していた建物の外壁を片手でベリベリと剥がし、それを男達の手前に落ちるように投げつける。

「ひっ!」

「く、くそっ・・覚えてろっ!」

 恐れをなして逃げていく男達を見ながら、パンドラは纏っていた【蝶・剛・筋バタフライストロング】を静かに解除し、女性の方へと向き直った。

「さて、少しその町について聞きたい事があるのだが・・」

「は、ハイ・・」

 尻餅をついたまま、未だ戸惑いを大きく残しつつ唖然とした表情で女性はパンドラを見上げる。

「旅の者だが、この町に来たばかりでな。表向きから最深部に至るまでこの町の全体像を知りたい。始めは誰でも良かったのだが、ここを見て気が変わった。向こうの人間では全ては話すまい」

「わ、分かりました。私達の家へ案内します」

 女性について家へ向かうと、中には女性の子供と思われる少女が一人、女性の帰りを待っていた。

「・・成程、と言ったのはこういう事か」

「私の娘です。今は娘と二人で暮らしています」

「ホウ? 旦那はどうした?」

「一年前に亡くなりました。あのリング・オブ・リュウグウに行って、そのまま・・・・・・」

「そうだったか。あの大会で」

「! ご存知なんですか?」

「今しがたその大会で一暴れしてきたところだ。だが、残された家族に対して都市の上層部は何もしなかったのか?」

「・・貴方はこの町にどんなイメージをお持ちですか?」

「このエリアに来る迄は栄華を極めた都市の一つだと考えていた」

「それはこの【海底都市リュウグウ】の表の顔に過ぎません」

「表の顔? では裏の顔もあると?」

「えぇ。この町では物事の全てがリング・オブ・リュウグウの結果で決められます。生活ランクは勿論、財産、居住権、選挙権、裁判、物資の優先権、そして何より卑劣なのが、酸素の供給権です」

「酸素の供給権?」

 聞きなれないフレーズにパンドラは思わず女性に聞き返す。

「お気づきになりませんか? このエリアの空気が薄い事に」

「! ホウ、人間でないので気が付かなかった」

「に、人間じゃ・・えっ?」

「早い話が、良く言えば人工的に製造された魔法使い、悪く言えば化け物だ」

「・・・・・・」

「それより酸素の供給権とは一体どういう事だ?」

「最初に訪れた時の印象で薄れてしまうかもしれませんが、この町はいわば海底に設けられた巨大な閉鎖空間なんです。ここでは何よりも新鮮な空気そのものが貴重資源なので、それすらもリング・オブ・リュウグウで・・」

「つまり限られた資源すら、あの大会で優先順位を決めているという事か」

「はい。当然最低ランクに位置するここには残りカスの様な量しかきません。そのせいでここの住民の半数以上が《低酸素症》にかかっていて、重症化してる人の中には、先の様な凶暴化した人間もいれば、植物人間のようになってしまった人もいます」

「・・・・・・」

 自分が参加してきた大会による栄華と、その裏側で生きる人間が語る真実に、パンドラは考えを巡らせる。

「この町がそうなったのは機械の軍隊が来てからか?」

「! は、はいそうです。それまでは乙姫様もウラシマ様も今の様な方ではありませんでした」

「ウラシマが会場以外でどこに姿を現すか心当たりは?」

「すみません、ありません」

「フム・・・・・・」

「あの・・」

「?」

「私がここでこの町について喋った事は、どうか秘密にして置いていただけませんか?」

「何故?」

「お願いします。私が喋ったと知られれば殺されてしまう!」

「何だと?」

「私は助けていただいたのもあるのでお話しましたが、この町では真実を知った者、話した者は秘密裏に消されると言われているので・・」

「・・やれやれ、どうやら君をまた助けなければならんようだな。手を出してくれ」

「?」

 パンドラが女性とその子供に手を差し出すと、二人はおそるおそるその手を掴んだ。

「このままここに残っては危険だ。ここでの私の目撃情報も出るかもしれん。そうなれば私が黙っていても君達に手が及ぶのは時間の問題だ。故にこれから町の外に停泊させている私の船へ君達を飛ばす」

「えっ?」

「構わんな? トーマス」

『人間を好まない君が、最初に連れ込むのが人間とは、皮肉だね』

「黙れ。我々の作戦行動の副産物で命の危険に晒されては致し方あるまい。幸いこの二人は低酸素症とやらの症状は無さそうだしな」

『その辺は検査してみないとどうともいえないね。いいよ。僕の工房へ連れてきてくれ』

「了解」

 その直後、パンドラは【蝶・効・果バタフライエフェクト】で、二人ごと無数の蝶の群れとなって空間から消失し、ムーンアーク内のトーマスの工房前に再出現する。

「! ここは・・・・・・」

「私の船と最初に言った筈だが?」

「船? ・・これが!?」

 女性は工房の前に広がる、町レベルの広さを持つ平野部を見渡しながら唖然とした。

「船と聞いて君が想像したものとは余りに異なったかな? フフ、ムーンアークへようこそ。パンドラのサポートチームのトーマスだ。コイツはアンドロイドのニコラ」

「ドーゾ、ヨロシク」

「は、はぁ・・どうもお世話になります」

「・・・・・・」

「事が終わるまで君達はこの船にいて貰う。まぁもっともこの船から出ようものなら、海底近くを装備も無しに潜水する事になるがな」

「それで、これからどうする?」

「城に戻ってミーティングだ。今後の作戦行動の方針を決める。君も回線で参加しろ」

「オッケー」

 親子とトーマス達をその場に残し、パンドラは自分の城へと飛び立つ。




《浦島太郎編――第3部へ続く――》

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