第6部
帝国旗艦の戦闘オペレーターの声が、通信に乗って艦隊全体へと響き渡った。
「や、やった・・・・・・」
「やったあああああああああ」
「うおおおおおおおおッ!」
「やったぞぉォォッ!」
敵宇宙怪獣において、未だバンガード級が残存している状況の中、この戦局を大きく変化させた一報に、帝国艦隊全体が大いに沸き立つ。
そしてバンガード級の壊滅前に、群れの長であるマザー級を撃破出来た事で、帝国軍の士気は頂点にまで達した。
「敵残存戦力、バンガード級三体のみです!」
「いけるぞ!」
「我々の勝利はもうすぐだ。ありったけの武装を奴等に叩き込めェっ! 全艦、一斉放射ァッ!」
旗艦艦長の号令で、その場に生き残っていた戦艦が一斉に火を噴き、バンガード級を閃光と爆炎が包み込んでいく。
「やったか?」
期待に満ちた目でモニターを見つめる人々だったが、それに対し、モニターが映し出した結果は非情なものだった。
「敵バンガード級一体に急速な高エネルギー反応! は、波形が変容していきます!」
「何!?」
半ば勝利の空気感に湧き上がっていた帝国軍艦内が、冷や水の様に響き渡った報告に静まり返る。
「コレは・・・・・・やはりそうか」
一方、ロマンダイナにいたパンドラも、バンガード級の一体が急激に生体波導を変化させている事を察知していた。
「い、一体何が起こっているんだ?」
「これは・・まさか!」
次の瞬間、バンガード級の身体が急激に膨れ上がり、そのフォルムがみるみる変貌していく。
それはまさに
「え、エネルギーパターン安定。・・・・・・マザー級です」
「バカな!」
旗艦艦長が振り上げた拳を思い切り肘掛へ叩きつける。
「バンガード級だったものがマザー級になるだと!?」
「何もおかしくはない」
動揺する艦隊に対し、パンドラは至極冷静に答えた。
「トルーパー級が一定の期間を経てバンガード級に進化するのだ。そのバンガード級が同じ様にマザー級へ進化しても全く不自然ではない。充分予測出来た事だ」
「そんな・・・・・・なら我々がここまで戦ってきたのは一体何だったというんだっ!」
「敵マザー級及びバンガード級から高エネルギー反応ッッ!」
「!?」
急転直下の帝国軍に追い討ちをかけるかの如く、今にもとどめの一撃を放たんとしている宇宙怪獣達に、旗艦艦長の心も崩れかける。
「・・・・・・ッ!」
そこへ、ロマンダイナを駆るパンドラが宇宙怪獣と帝国軍艦隊との間に割って入った。
「パ、パンドラ殿!?」
「保障は出来んが、やれるだけやってみるとしよう」
そう言いながら、パンドラはロマンダイナよりマルチビットスカートを展開し、大規模なフォースバリアを形成すると防衛体制に入る。
「しかし、それでは御身がッ!」
「この作戦、そもそも君等が生き残っていなければ意味は無いのだろう?」
「で、ですが・・・・・・」
「君等は自分達が生き残る事だけ考えていろ。いつだって人間共は自分らの都合しか考えんだろう」
「・・っ、すまないっ」
戦況的な力量不足と、人間としての限界に、旗艦艦長は苦悶の表情を浮かべながらその一言を搾り出すことしか出来なかった。だがその時――
「か、艦隊後方より超高エネルギー反応ッ!」
「何ッ! 馬鹿な、本作戦におけるアレの戦闘行動は含まれていない筈!」
「退避だ。全員現宙域より退避しろ!」
「了解。退避ーッッッ!」
帝国軍艦隊が慌てて左右に退いたその直後、宇宙怪獣達が光線を放ち、それを受け止めるパンドラの後方から金色の大規模ビームが迫ると、パンドラもまた、ロマンダイナとマルチビットごと【
艦隊が退避した先に出現したパンドラは、金色の光線からマザー級を庇うかの様にバンガード級が立ち塞がる光景を目にした。
そしてその金色の光線の方向にいたのは、紛れも無くあのムーンアークだったのである。
「・・・・・・避難民を乗せておきながら攻撃に参加するという事は、完成したのか?」
「ボクが完成させたんだよ。次元航行機関なんて随分面倒な物を積ませなきゃもっと早く参加出来たんだけど」
その通信からはパンドラが作戦前に出会ったトーマスの声が返ってきた。
「それが無ければ、我々はその船のためにこんな依頼を受けたりしない」
「おや、コレに用があったのかい。通りで司令官殿がゴリ押しする筈だ」
「敵マザー級、トルーパー級を多数展開。再度攻撃を仕掛けてくる模様です!」
「まずはここまで戦ってくれた彼女等を守らんといかんな、ペンフィールド展開!」
オペレーターの報告を受けた司令官は、コレまでの戦闘で消耗しきった残存戦力を保護するべく、ペンフィールド防御膜の展開を命ずる。
「了解、ペンフィールド展開」
司令官の指示を受けた武装管制官がコンソールを操作すると、ムーンアークを中心に不可視性の防御フィールドが展開され、帝国軍艦隊とロマンダイナを覆い尽くした。
「敵は最早あのマザー級一体だ。コレよりムーンアークも戦闘態勢に入る!」
残り一体という、これまでに無い戦果から、司令官は残存している帝国軍を鼓舞すべく、ムーンアークを進める。
しかしその進路を、他ならぬロマンダイナが塞いだ。
「何をする?」
「流石にその状態で前に出る事までは容認出来んな。それで私の物になる船をボロボロにされては敵わん。攻め込むのは我々がやる。君達は後方でバックアップしてくれ」
「・・了解した。本艦はこれより後方でパンドラの援護に回る!」
「頼んだぞ」
そう言うと、パンドラはロマンダイナのメインブースターを吹かし、マザー級に向かって突っ込んでいく。
鋭くも優しげな視線でパンドラを見送った司令官は、その直後、表情をキリッと改めて艦橋に指示を飛ばした。
「シュレディンガー起動!」
「了解。シュレディンガー起動」
「目標、敵マザー級宇宙怪獣!」
「目標設定完了しました」
「撃てぇぇぇッ(てぇぇぇっ)!」
司令官の号令を受け、ムーンアークの主砲であるシュレディンガー高エネルギー収束砲が一斉に火を噴く。
しかし、急速接近しているロマンダイナに対応していると思われたマザー級は、次の瞬間、迎撃せんとばかりに多数のトルーパー級をミサイルの如く撃ち出した。
「敵マザー級、体内よりトルーパー級を多数射出!」
「何!? 迎撃しているつもりか。我々の戦い方を真似ているのか?」
「どうされますか?」
「迎撃し返せ。セントエルモ発射!」
「了解、セントエルモ発射」
ムーンアークに備えられていたミサイル発射管から、迫るトルーパー級への迎撃の為、セントエルモ誘導ミサイルが飛び立っていく。
そしてそれをかいくぐろうと、軌道変更するトルーパー級を、セントエルモは無慈悲に追い立て各個撃墜していった。
「ムーンレイ発動!」
一方、少しばかり時を遡ってパンドラはというと、残る最後の一体であるマザー級をフルスペックで畳み掛けるべく、左眼に満月と十字の輝きを灯す。
「アレが本物の戦艦ならエンジン部を狙って動きを奪うところだが・・やはりトルーパー級の排出部分から狙うか」
『主よ、またトルーパー級が!』
「チッ、アレの処理に火力と相応の魔力を消費するのは面倒だぞ。ン?」
コックピットのセンサーが後方より何かが迫っている事をパンドラに知らせる。
それは放たれたトルーパー級を迎撃しようとムーンアークが射出したセントエルモ誘導ミサイルだった。
「誘導ミサイル・・そうか! 一度放てば目標まで自動追尾する攻撃・・それならば無駄に魔力を消耗することもあるまい」
次の瞬間、パンドラの望みを読み取ったムーンレイが、パンドラの新たな波導魔法を解放する。
そしてロマンダイナの両手に人差し指と中指を立てた形状をとると、そこを中心に、変換された波導エネルギーが高速回転するリング状に形成された。
「これで・・どうなるかッ!?」
パンドラの動きにリンクしているロマンダイナが、残るトルーパー級へフォースチャクラムを投擲する。
すると、投げ放たれたフォースチャクラムはトルーパー級の一体を真っ二つにした後、もう一体、また一体と、撃破する毎に次々と目標を変えて追いかけ続け、そして斬り刻んでいった。
「よし、これでトルーパー級の処理は問題無いな。あとは・・・・・・」
ロマンダイナは間近のマザー級の方へと向き直る。
「コイツだけだ!」
パンドラはロマンダイナ越しに、両手に大型のフォースボールを生成すると、それらを合わせて
直撃した巨人級フォースボールは、発射管のカバー毎内部を粉々に破壊し、マザー級の一部を大きく抉る形で一種のクレーターを形成する。
「敵マザー級の排出口破壊を確認」
パンドラの報告に、ムーンアークの艦内が一斉に沸き立った。
「よくやってくれた!」
「これより航行能力を奪いに最後部へ向かう」
『了解』
ロマンダイナのメインブースターを吹かし、マザー級の最後部へ向かうパンドラだったが、そう何度も事が上手く運ぶ訳も無く、その巨大な身体の表面から無数の大きな棘を生やしたかと思うと、次の瞬間、そこからケーブルの様な触手で本体と繋がった状態で射出され、次々とロマンダイナへ襲い掛かる。
「アンカー武装だと? くっ」
【
「ならばっ!」
そこでパンドラは、すかさずロマンダイナの両手にフォースチャクラムを造り出し、それらを投げ放つ。
ロマンダイナの手を離れたフォースチャクラムがパンドラの意思に応じ、四肢の動きを封じようと迫るアンカーの触手を斬り刻むと、ロマンダイナもまた、両腕を再び剣状に変形させ、最後部へ向かいつつ、それを阻む触手を斬り捨てていった。
そして最後部へ辿り着いたパンドラは、幾重にも重なるヒレの間からまるで航空戦艦のメインブースターの様に火を噴く尾ビレを目にする。
「アレか」
パンドラはロマンダイナの両腕の剣の長さを更に伸ばすと、それらを融合させて超大型のバスターソードを形成し、マザー級の尾ビレへと接近。
「ハァァァァァァッ!」
振り上げたバスターソードの両腕を、尾ビレの根元目掛けて勢い良く振り下ろし、その刃は文字通り尾ビレの根元を一刀両断する……筈だった。
『何ッ!?』
降ろされた刃は尾ビレの根元に僅かに斬り込んだのみで、マザー級からすれば軽い切り傷程度の規模に過ぎなかったのである。
「・・硬い。そうか、コイツは外殻の硬いバンガード級から進化した個体なのか」
『確かに最初に倒したマザー級よりも感触が硬いな・・グッ!』
尻尾を振るい、マザー級が暴れるように抵抗しだしたため、ロマンダイナは一度後退し、距離を取らざるを得なかった。
「やはり大型フォースボールで直接尾ビレそのものを狙うしかないか」
『悔しいが、そのようだな』
「いくぞ」
パンドラによって再びマザー級へと再接近したロマンダイナは、元に戻した両手からフォースボールを造り出し、それらをかけ合わせる。
「消し飛べぇぇぇぇぇぇぇっ!」
生み出された大型フォースボールは、フィンの役割をしていた小さなヒレ一枚一枚を溶かし飛ばしていき、遂には目的であった尾ビレそのものを融解爆発させる事に成功した。
「良し!」
『奴の航行スピードが各段に落ちたぞ!』
「あぁ。だがまだ奴は止まっていない。どこかにまだ推進器官が残っているんだ・・どこだ?」
パンドラはロマンダイナを通じ、マザー級の後方からその部位を探す。そして・・
「そこかぁぁぁッ!」
残っていた推進器官を見つけ出したパンドラは、ロマンダイナの両手からフォースチャクラムを造り出し、それらを下から投げ放った。
フォースチャクラムはマザー級の両側面を沿う様に飛ぶと、前方両側面にある鰓の様な部位へ深く斬り込む。
マザー級が悲鳴を上げる中、斬り込んだフォースチャクラムはそのまま高速回転を続け、鰓内部の噴射口を破壊していった。
「マザー級の航行能力の奪取に成功。これよりトドメに入る」
「こちらもゴルディアスの発射準備を行う。同時攻撃だ」
「了解」
ムーンアークからの同時攻撃号令を受け入れると、パンドラはロマンダイナを動きの止まったマザー級の正面上空へと回す。
そして波導エネルギーをロマンダイナの右脚に急速にチャージしながら攻撃の時を待った。
「良し、行くぞ。ゴルディアス、撃てぇぇぇぇッ!」
「ムーンライトキック!」
ムーンアークからゴルディアス波導粒子砲が放たれると同時に、ロマンダイナの右足先に満月と蝶の紋章が出現する。
「これでェっ、終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
生産能力も戦闘能力も失い、航行能力まで奪われたマザー級は、真正面から二つの高エネルギーを浴びると、ゆっくりと呑み込まれていき、その光の中に消し飛んでいった。
そして光が消えたその後の宙域には、パンドラ達を除き、何一つ残っていなかったのである。
《Moon-Ark――最終部に続く――》
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