第2部



『アレで良かったんですか?』

 城を後にし、城下町を歩くパンドラにブローチ内からアリスが尋ねた。

「先の事か? 無論だ。如何なる事情が絡んだところでポリシーを曲げるつもりは無い。だが、もう少し桃太郎とやらについて情報を引き出しておくんだったな。奴がどんな魔法を使う童話主人公なのか聞きそびれた」

『雷のドレスが効かずに焔のドレスが効いたという事は、ドレスチェンジ自体に問題は無いという事か。もしや相性が原因かも知れぬな』

「雷の効かない相手か・・・・・・ン?」

 そこでパンドラは突如、足を止める。

『どうしました?』

「・・・・・・つけられてるな」

『えっ?』

 生体波導感知能力を研ぎ澄ましたパンドラは、後方二十メートル程の位置に五人、本来そこにいる筈の無い城の兵の生体波導が、距離を保ったまま自身と全く同じルートを辿ってきている事に気付いた。

『まぁ当然よのぅ。桃太郎以上の脅威が自分の手中に納まらぬまま、領地内を悠々と闊歩されておる訳だからな。桃太郎が領地から消えた今、最優先で処理したいと考えるのは妥当であろう』

「それは私に対する皮肉か?」

『いいや。客観的に見た分析だ』

『ど、どうするんです?』

「そうだな・・・・・・」

 すると突然、パンドラは駆け出し、人込みに紛れながら尾行していた兵達は、慌てて人を掻き分け押し退けてパンドラを追跡する。

 土地勘の無い人里を右へ左へと駆け巡るパンドラは、住民達からすれば異質な格好をした不審者にしか見えず、これまでの童話世界の様に、異邦人のパンドラを受け入れる程の寛容さを持ち合わせている人間は一人としていなかった。

 それどころか、皆が兵に協力しようと、パンドラを妨害しにかかったのである。

『そんな・・・・・・酷い!』

「コレだから人間は・・・・・・我が身可愛さのクズばかりか」

 水をかけたり物を投げてくる人物に対しては【蝶・反・応バタフライリアクト】と【蝶・効・果バタフライエフェクト】で回避し、無謀にも立ちはだかる人間には顔面を殴りつけ、腹部を容赦なく蹴り飛ばしていった。

『うぅぅぅ、逃げるためとはいえ心が痛みます』

「・・・・・・童話主人公故の弊害だな」

 童話世界の住民達と共に過ごしてきた童話主人公であるアリスに、一定の理解を持ちながらも、パンドラは呆れ顔で言う。

 そこへ今度は何を血迷ったのか、住民達が人間バリケードを組み、道を完全に遮って待ち構えていた。

「逃げ道を塞いだつもりか」

 当然、パンドラはフォースウィングを展開し、バリケードの頭上を何事も無かったかの様に越えていく。

 そして迫る門に対し、パンドラは両手から生成したフォースボールで大型フォースボールを作り上げると、それを門に向けて撃ち付け、木っ端微塵に吹き飛ぶ門を通り抜けて元の草原へと舞い戻ったのだった。

「さて、やはり都合良く戻ってきてはいないか・・・・・・仕方ない、奴の生体波導を追うとしよう」

『桃太郎さんは確かあの時あの山から出てきましたね』

「・・・・・・フム、追跡の前に何か痕跡が残ってないか見に行くとしよう」

 フォースウィングを羽ばたかせ、パンドラはオニ桃太郎が現れた山の中腹に降り立つ。

「ここが住処か。・・・・・・成程、嫌がっていただけあって焚き火の跡は流石に無いか。どうやら餌は山の生物と木の実類のようだ。人間を食ってるわけでは無さそうだな」

『もう、怖い事言わないでください』

「道具類が全く見当たらない。知性はほぼ無いと見るべきか」

『あったとしても奴等に回収されてるだろう』

「奴等が私を追ってここにやってくるのも時間の問題だ。長居するメリットは無いな」

 パンドラはオニ桃太郎が住処にしていた穴倉を出ると、再びフォースウィングを展開し、オニ桃太郎の生体波導を追って、人里と反対方向へ飛び立った。

「・・・・・・生体波導が確かなら、あの辺だな。今度は森か。奴はこの辺り一帯に住処があるのか?」

 オニ桃太郎の生体波導を追って飛んでいたパンドラは、領地外とをまたぐ境に広がる森へと降下する。

「穴・・・・・・ここか」

 降り立ったその数メートル先に入り口らしき穴を発見すると、パンドラはそこから中へと足を踏み入れた。

「先の穴倉より大分広いな。コレでは洞窟だな・・・・・・ム!」

 洞窟内を奥へ進んだ先に、パンドラはそれを再び目にする。

「目標を発見。就寝中か? 先の戦闘でのダメージを回復しているとみた」

『ど、どうするんです?』

「無論、ここで仕留める。このチャンスを生かさない手はあるまい。ドレスチェンジ」

 パンドラはフレイムドレスへとドレスチェンジすると、胸部中央へ波導エネルギーをチャージした。

 そして解き放たれた紫の焔を纏う高エネルギービームは、間違いなくオニ桃太郎を捕らえる。だが・・・・・・

「!?」

 オニ桃太郎は直撃を食らった瞬間こそダメージを受けたものの、そこから咆哮による攻撃でパンドラのフォースカノンを消失させた。

「何だと? ぐっ!」

 パンドラの一瞬の隙を突いて距離を詰めたオニ桃太郎は、そのまま奥の地面ごとパンドラを地表まで吹き飛ばしたのである。

『パンドラさん!』

「がはっ!」

 地中から弧を描くように飛ばされたパンドラは、体勢を整える暇も無いまま、やがて地面へと叩き付けられた。

『大丈夫ですか!?』

「ハァ、寝起きのイイ奴め」

『ム、主殿!』

「何だ?」

『アレは先の人里の兵共ではないか?』

「何」

 金太郎の知らせに、パンドラは里の方角へ視界を移す。

「クソッ、こんなとこまで追ってきたのか」

 パンドラの目に映る兵達は、こちらから目を離さぬまま、互いに顔を近づけ何やらブツブツ話し込んでいた。

「・・・・・・オイ、桃太郎と仮面の女が一緒にいるぞ?」

「アイツ等ひょっとして、俺達の知らない所で手を組んだんじゃねーのか?」

「もしかして最初に現れた時にはもう・・・・・・?」

「あぁ。んでもって里の中に入っちまってから、内と外の挟み撃ちで俺達の里をメチャメチャにしようとしたに違ぇねぇ!」

「野郎・・・・・・何て事を!」

『酷い、誤解です!』

「視野の狭い人間というものは、総じて自分の妄想を真実と思い込むものだ。真実を知ろうともせず、知らなければ何とでも言えるからな」

『そんな・・・・・・』

「さて、良い頃合だし、君の魔宝具形態も試したい物だな、金太郎」

『またまた、余に拒否権など無かろう?』

 金太郎がそう答えた次の瞬間、パンドラは大きな光に包まれる。

「・・・・・・っ!」

 光が治まった時には、パンドラは無色透明な球体状の空間の中にいた。

「何だここは?」

 球体の外には、先程まで自分が立っていた森が眼下に広がっている。

 そして左右に視線を移すと、そこには金属製の巨大な腕が中に浮いていた(正確には浮いているわけではないのだが)。

 そして真下へ視界を移せば、先の巨大な腕と同質の巨大な脚がそれぞれ伸びている。

『余のもう一つの姿【鋼鉄の巨人メタリックギガント――ロマンダイナ】であるぞ』

「ロマン・・・ダイナ」

 パンドラがその名を呟きながら右腕を曲げ、その手を閉じたり開いたりすると、それと同時に、ロマンダイナの右腕も全く同様の動きを見せた。

「・・・・・・レスポンスは悪くない」

 パンドラはロマンダイナのコックピットの中から、続々と武装と人員を増やしつつあった兵達を見据える。

「それでは行こうか、鋼鉄の巨人メタリックギガントロマンダイナ、発進!」

『何? オイ主殿そちらは・・・・・・』

 金太郎が応えるのと同時に、ロマンダイナはパンドラの意を受け、背中のメインブースターと両肩両脚後部に配置されたサブスラスターの出力を上げながら、ホバー飛行で兵達へと迫った。

「大人しく城に帰っていれば良かったものを、まずは貴様等からだ!」

「ぐッ!」

「う、撃て。撃てェェェェッ!」

 始めこそ憎悪の表情だった兵達は、次々と鉄砲や大砲を放ち鉛の雨を浴びせるものの、まるで虫がぶつかっただけとでもいうかの如く、傷一つ付かぬまま距離を詰めるロマンダイナに、みるみる内に恐怖に支配され、武器を放り出して逃げ出す。

「ヒイッ!」

 だが、元々百五十~六十センチ程しかない人間が、全長六十メートル程を誇るロマンダイナから逃げられる筈も無く、兵達の逃げ道を塞ぐ様にロマンダイナが左足で踏み込むと、その衝撃で走っていた兵達が二メートル程、宙に跳ね上がった。

「死ねェェっ!」

『主殿ォ!』

『ダメェェェェェっ!』

 金太郎とアリスの叫びが響き渡る中、ロマンダイナの右拳が兵達を押し潰すその寸前で静止する。

 その下では、文字通り目と鼻の先で止まっている巨大な拳を凝視し、腰を抜かしながら股の下を盛大に濡らす兵達の姿があった。

「・・・・・・何だね二人とも」

 ビックリさせるなとでも言いたげな表情で拳を引っ込めるパンドラ。

『今何をしようとしたのか分かってるんですか?』

「分かっているも何も、作戦行動の邪魔をする住民の制圧だが?」

『それが何を意味すると思ってるんです? 例え我々と敵対していても、彼等は童話世界の大切な住人達です。ソレを殺すというのは、ムーンフェイスとやってる事が同じになってしまいます!』

「何だと?」

 アリスの一言に、パンドラは眉間に皺を寄せる。

『主殿。その、起動に応じた余がこんな事言うのも何だが・・・・・・』

「?」

『主殿も知ってる通り、余は洗脳されていた時コレでもかという程、自分の世界の住人達を手にかけてしまった。洗脳から解放された今、また同じ事を繰り返したくは無い。どうか、思い出して欲しいのだ。我々が本当に手にかけねばならぬのは、ムーンフェイスとツクヨミであって、彼等ではない。そのためにも、さぁあのオニを成敗する事に精を出そうぞ』

「・・・・・・良いだろう。本当にコレがムーンフェイスと同じというのなら最適な作戦行動ではない。だが、ソイツ等の始末はアリス、お前がやれ。私はコイツを引っ込めて桃太郎の相手をするが、その間、一発でもソイツ等の攻撃を通してみろ。その時ソイツ等の命は無いぞ」

 パンドラはロマンダイナを引っ込めると、人間形態で召喚したアリスにそう条件を突きつけた。

「・・・・・・分かりました。やってみせます!」

 アリスはそう宣言すると、呆然とする兵達に向き直る。

「さぁ、パンドラさんもあぁ言っているので、皆さん、もー少しだけ・・・・・・離れててくださいっねっ!」

 全身に気合が満ちたかの様な表情で、アリスは彼等が負傷しないように調整した反重力波を浴びせた。

「う、うぉあぁぁぁ~~ッ!」

「ひゃあ~~ッ!」

 アリスの反重力波を受けた兵達は、次々と中に浮かび上がり、そこから百メートル程後方の地点へと吹き飛ばされる。

 一方、警戒しつつも、ようやく地上へ姿を現したオニ桃太郎へ、パンドラはフォースウィングを羽ばたかせながら、両手に焔属性のフォースボールを生成し、迫った。

 だが次の瞬間・・・・・・

「!?」

 パンドラの頭の中に、オニ桃太郎が放った咆哮攻撃によって、自分の身体が一瞬で消失させられるビジョンが飛び込んできたのである。

「くっ!」

 【蝶・反・応バタフライリアクト】による近未来ビジョンを観たパンドラは、即座に【蝶・効・果バタフライエフェクト】によってオニ桃太郎の正面から離脱した。

 オニ桃太郎が実際に咆哮攻撃を放ったのは、そのほんの一瞬後である。

 その咆哮攻撃を放つオニ桃太郎の背後に再出現したパンドラは、焔属性の大型フォースボールを生成し、撃ち放った。

「グガァァァァァス! ・・・・・・ガァァッ!」

「ム!」

『どうした? 主殿』

「・・・・・・・奴がダメージを受けてからの戦闘復帰が最初に比べて妙に早い」

『早い? フーム・・・・・・まさか、もしやもう焔属性の攻撃に慣れ始めているとか?』

「何? 慣れるだと!? ハッ!」

 金太郎の推測に驚愕するパンドラだったが、その直後、【蝶・反・応バタフライリアクト】により、無数の矢が降り注ぐビジョンが飛び込んでくる。

「コレは・・・・・・アリスめ、」

 即座にフォースバリアを球体状に展開したパンドラは、正面からのオニ桃太郎の攻撃と同時に、降り付けた無数の矢からも身を守り抜いた。

「グゥゥゥッ!」

「・・・・・・猶予を与えておいてコレとは、覚悟は出来ているだろうな? ン? 待てっ!」

 パンドラが視線をアリスの方向へ移していたその隙に、パンドラと違って矢の攻撃をまともにくらっていたオニ桃太郎は、反撃のため兵たちの方向へと駆け出す。

 急に縮まるオニ桃太郎と兵達との物理的距離に一瞬焦るパンドラだったが、フォースウィングの加速力で以って即座に追い抜くと、オニ桃太郎とアリスとの間に割って入り、胸部中央に波導エネルギーを急速チャージした。

「貴様の相手は・・・・・・私だァ!」

 焔の渦を纏った一条の光が、オニ桃太郎を元いた方向へと焼き飛ばす。

 そこへ、パンドラは追撃のため、フォースウィングを羽ばたかせ焔属性の大型フォースボールの発射体勢に入った。だが・・・・・・

「!」

 突如、横から来た無数の光線に、パンドラは大型フォースボールを放つと同時に【蝶・効・果バタフライエフェクト】でこれを回避する。

「何だ?」

 焔属性の大型フォースボールによって吹き飛ばされたオニ桃太郎の近くに再出現したパンドラは、光線攻撃の元へ視線を移した。

「・・・・・・ムーンフェイス」



《桃太郎編――第3部へ続く――》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る