第2部
「ハッ!」
目を覚ましたパンドラがいたのは、窓の外から人々の雑踏が聴こえる建物の中、そのベッドの上だった。
『パンドラさん!』
「気が付いたか」
声のした方を向けば、ターバンと布で頭と口元を隠した(恐らく二十歳程であろう)若い男が一人、濡れ布巾を入れた洗面器を手に立っている。
「ここは・・・・・・?」
辺りを見渡したパンドラは、そこで自分のシルクハットが外されていた事に気付き、手に取って被り直した。
「それよりもお前が一体何なんだ。ここの人間じゃないのは分かるが、遺跡の方から飛んできたんだぞ?」
「遺跡・・・・・・」
パンドラはそこで初めて、自分がそれまでいた場所がこの世界の遺跡にあたる場所なのだと知る。
「そういう事か・・・・・・・パンドラというのが私の名だ。生みの親をさらった奴を追って旅をしている」
「遺跡にお前の親がいるってのか?」
「いや、痕跡を追ってきたといったところだな」
「それでメタルグリズリーに見つかったってとこか」
「奴を知っているのか?」
「あぁ。奴は平和だったこの国を崩壊させた象徴の一人だ。突然変な鎧の兵士共が現れたと思ったら、皇帝が別人のように変貌した。その直後に皇帝によって生み出されたのが奴等だ」
「奴等? 他にも似たようなのがいるという事か?」
「そうだ。奴等は生み出されると、変貌した皇帝と共に合金城を占拠し、皇帝の命に従ってすぐさま国中を破壊と殺戮で埋め尽くした。生き残った国民はほんの僅かだ。俺達は奴等を殲滅し、必ずこの国を取り戻さなければならない!」
「ホウ、君等はレジスタンスというわけか」
「そうとも。俺はリーダーのアリババだ」
「それで? 具体的に奴等とは何人いてそれぞれどんな奴だ?」
「奴等は変貌した皇帝が創造した金属生命体で、全部で四体。お前が遭遇したメタルグリズリーに加えてメタルスコーピオン。メタルメデューサ、メタルジンがそれぞれの遺跡を拠点に配下の金属生命体を創造して暴れまわってる。グリズリーは言うまでもないとして、スコーピオンの毒は脅威だ。くらった俺の仲間は瞬時に身体が溶けて死んだ」
「毒だと? チッ、現時点で確実な対抗手段が無いな・・・・・・」
「その二体はまだマシな方だ。後の二体は正直手も足も出ない。メデューサは睨み付けた者を石へと変えるし、ジンに関しては実体すら掴めないときた。実の所、現状で皇帝に刃一つ届かないのが真実だ」
「皇帝、か・・・・・・」
パンドラはそこでメタルグリズリーとの戦いの最中、突如現れた褐色の男を思い出した。
目の前に現れた瞬間に、鳩尾へとてつもない衝撃が打ち込まれた事意外は、パンドラは何一つ覚えていない。
「奴の事が知りたい。私を遺跡から吹っ飛ばしたのは奴だ」
「何だと!? 皇帝が?」
「奴はどんな能力を持っている? とてつもないパワーを持っている童話主人公という事以外は何も分からん」
「奴は・・・・・・金太郎皇帝陛下は雷属性の魔法を操り、徒手空拳で戦いになられる肉弾戦主体の童話主人公だ。パワーも凄まじいが、特筆すべきはその肉体に秘められた見た目以上の頑丈さだろうな」
「成程、確かに奴は私の剣の攻撃を素手で受け止めていた。さて、奴に勝つにはどうするべきか・・・・・・」
「おい、その前にまず四体の金属生命体を倒さなきゃ皇帝には辿り着けないんだぞ?」
「だが我々のここでの目的は奴だ。生みの親を取り戻すために童話世界を辿りながら、そこで操られた童話主人公を封印して自身の力としなければならない。それより・・・・・・」
「何だ?」
「その金属生命体というのは何だ?」
「そもそもこの【アロイ帝国】はあらゆる金属の産出と加工で成り立った国だ。その理由としては周囲を合金の山と書いて合金山(ごうきんざん)と呼ばれる山々に囲まれているからだ」
「合金山? あの金属生命体共は合金で出来ているのか?」
「いや、それに関しては不明だが、合金山は多種多様な金属が取れる土地だ。そして皇帝陛下があそこのお生まれだというのは、国民なら誰でも知っている事だ」
「金属か・・・・・・クソッ、奴等の銀色の身体を見た段階で、カンでもフレイムにドレスチェンジしておくべきだった! とんだ失態だな」
『でも、過ぎた事を悔やんでも仕方ありません。次の戦いで反省を生かす方がきっと大事です!』
「問題はフレイムが奴等にどこまで通用するかだが・・・・・・こればかりはその場の機転で乗り切るしかないか」
*
翌日早朝。
「さて、出陣といくか」
『あの人達には内緒で行くんですね』
「直接礼を言い損ねたのは少々心残りだが、これで私が奴等と戦う事によって彼等がこれ以上戦わなくて済むのであれば、それが私なりの礼になるさ」
そう言うとパンドラはフォースウィングを展開し飛び立った。
街の上空に躍り出て初めて分かった事だが、街の外には広大な砂漠が広がっており、その中にアリババの話にあった合金山といくつかの湖が点在している。
「川も無いのによく湖が出来たものだ」
『地中深くから湧き出たんでしょうか?』
「湧き出た・・・・・・か。それにしても」
パンドラはそこで視線を湖から太陽の方へと向けた。
「・・・・・・日差しが随分強いな」
『あの、パンドラさん。今更ですけど、その格好は暑くないんですか?』
「場所を問わず、いかなる戦場においても最適な戦闘行動が取れるよう設計された魔法に、体温の概念があると思うかね?」
『ゴメンナサイ』
飛び始めてからさほど時間を置かずに、パンドラは因縁のメタルグリズリーの遺跡を視界に捉える。
そこには先日、自身が吹っ飛ばされた際に出来た大穴が未だ開いたままだった。
「フム、これは吹っ飛ばされた甲斐もあるというものだ」
『でもメタルグリズリーがいません』
「さて、どこに隠れたのか・・・・・・」
かつて自分が戦った空間を見回していたパンドラは、その奥に更なる入り口を見つける。
「これはこれは、まだ奥があったのか」
不敵な笑みを浮かべながら、パンドラは奥の空間へと足を踏み入れた。
そしてそこには、まるで訪れるのが分かっていたかのように、メタルグリズリーがたった一人で待ち構えていたのである。
「ホウ、先と違って一人でお出迎えとは、愁傷な心がけだな」
「無駄な犠牲を減らしたと言って貰おう」
「今度は皇帝殿に助けて貰わなくていいのか?」
悪どい笑みと共にメタルグリズリーを煽りながら、パンドラはアリスをスペードブレイダー形態で起動し右手に構えた。
「そんな心配をする余裕が・・・・・・・あればいいがなッ!」
鋭く研いだ爪を振りかざすと、メタルグリズリーは突如としてパンドラに飛びかかる。
だが、パンドラはそれにあえて飛び込む形で前転し、攻撃を回避しつつ、スペードブレイダーでメタルグリズリーの腹部を斬りつけた。
「グゥゥォアッ!」
「フン、どうやら余裕はありそうd・・・・・・!?」
さほど時間がかからなそうだと感じ、振り返ったパンドラだったが、その目に思わず顔をしかめる光景が映り込む。
「何の余裕があるって? どうした、何かおかしな物でも見たのか?」
『! お腹の傷が・・・・・・』
「・・・・・・再生能力があるのか」
その光景に、パンドラは以前、赤ずきんの世界にて、ムーンフェイスがナノマシンの力で損傷した身体を再生して見せた事を思い出し、表情を強張らせた。
そんな中、メタルグリズリーは何事も無かったかのように壁際に寄る。
「? 何を・・・・・・」
すると次の瞬間、メタルグリズリーは爪で壁を切り裂いて破壊し、その大きな瓦礫をパンドラへ向けて投げつけた。
「フン!」
これに対し、パンドラはさして取り乱す事も無く、淡々とスペードブレイダーから斬撃波を放ち、これを斬り落とす。
更に別の瓦礫に爪を突き刺して直接殴りかかるメタルグリズリーに、パンドラはスペードブレイダーで彼の腕を直接斬りつけ、一時的に腕を奪った。
「グォォォオォォアッ!」
両腕を失い倒れこむメタルグリズリーへ、パンドラは更に攻撃をたたみ掛けようとする。
「!?」
『あっ!』
「チッ!」
『早い・・・・・・』
「見た目の割に俊敏性だけは高い奴だ」
「お褒めに預かり光栄だな!」
パンドラの追撃をギリギリでかわしたメタルグリズリーは、失った両腕を再生させると、次々と壁や床を攻撃し、その金属を吸収して自身を変容させた。
『瓦礫を吸収して鎧に!?』
「修復材料どころか、強化材料分まで十二分に補給出来る訳か。ホームグラウンドならではだな。それよりも・・・・・・」
パンドラは変容したメタルグリズリーの両手に、その関心を移す。
「(あの両手の平から生えた棘、突き刺しに来るだけならまだいいが・・・・・・)」
すると早速、メタルグリズリーはその棘をパンドラへ向けて撃ち放った。
「!」
突然出現した新たな武装が、想像よりも強い勢いで迫ったものの、パンドラはサイドステップで何事も無かったかの様にこれを回避する。
メタルグリズリーが更に続けて棘を発射していくも、パンドラはそれらをスペードブレイダーから斬撃波を放ち、全て迎え撃ってみせた。
加えてパンドラはスペードブレイダーに更なる魔力を込め、メタルグリズリーを直接斬りつけにかかる。
「スペードスラッシュ!」
「グゥゥゥオッ・・・・・・このッ!」
吸収した金属で作り上げた鎧を破壊されたメタルグリズリーは、そこから直立のまま地面に沈んでいく様に姿を消した。
『逃げた!?』
「いや、違う」
一瞬、劣勢と見て退却したのかと感じたアリスだったが、生態波導を感じ取れるパンドラがそれを否定する。
『じゃあ、まだここに?』
「いる。だがこれは・・・・・・」
生態波導から、メタルグリズリーがまだそこに潜んでいるのは感知出来たが、その生態波導がまるで、この遺跡全体に溶け込んでいく様な感覚に、パンドラは戸惑いを覚えた。だが次の瞬間――
「!?」
『ヒャッ!』
「何だ?」
空間全体に大きな異変を感じ取ったパンドラは、崩しそうになった体勢を整えるため、フォースウィングを展開し空中に浮遊する。
『これは!』
「遺跡の内部地形そのものが変動している? 奴め、遺跡と融合したのか!」
先の溶け込んでいく様な感覚の正体に気付いたパンドラに、遺跡と融合を果たしたメタルグリズリーの巨大な爪が襲いかかった。
パンドラから見て左の壁だった筈の場所から生えてくるかの如く現れる巨大な爪に、パンドラはフォースバリアで受け止める。
そしてその直後、背後の壁から現れたもう片方の爪に対し、パンドラがこれを回避した事で、メタルグリズリーの左爪が右手に突き刺さる結果となった。
「ガァァァァァァァァ!」
このメタルグリズリーの動きが止まった一瞬の隙を見逃す程、パンドラはポンコツではなく、スペードブレイダーをしまうと、すかさず波導エネルギーを胸部中央へとチャージする。
貯蓄されてく波導エネルギーが三日月の紋章を満月へと変化させ、そこから放たれた山吹色の粒子ビームが、遺跡を内部から焼き斬った。
「貰ったァァッ!」
遺跡が崩れ始める中、融合を解いてその中から飛びかかったメタルグリズリーは、そのままパンドラの首元に喰らい付く。
「グゥゥゥッ!」
『パンドラさん!』
「ドレスチェンジィッ!」
パンドラの身体を深紅の焔が包み込み、噛み付いているメタルグリズリーをも巻き込むものの、当のメタルグリズリーは執念ともいえる意地でパンドラに喰らい続ける。
そしてその中から現れた、紫色の焔による髪と手を持つ深紅のパンドラが姿を現すと、その両手から生み出した焔属性のフォースボールを合体させ、大型の焔属性フォースボールをメタルグリズリーの懐に直接叩き込んだ。
「!? グルォアァァァァァァァァッ!!」
その超高温の灼熱の玉は、メタルグリズリーの身体を一瞬にして融解し、再生そのものを封じながら、終には蒸発させたのである。
《金太郎編――第3部へ続く――》
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