第5話

* * *


私たちは裏口から校舎を脱出し、裏庭にある用務員ようの小屋へ逃げ込んだ。


校舎には校庭側に生徒用の昇降口が東西に分かれて2つあり、教職員用の玄関口が真ん中に存在した。

裏口は主に用務員の為の扉であり、昇降口や玄関口と違い、人が1人やっと通れるくらいの大きさになっている。

裏口から外へ出ると、数メートル先の右手側に用務員の小屋があった。


逃げている途中、おそらく現実世界では生徒なのであろう、鮮やかな靄にいくつもすれ違った。

もしかしたら、その中に知り合いもいたのかもしれないが、私にはどれが誰なんだかさっぱり見分けがつかない。


「ふぅ」


昂は一息つくと用務員室の1段高くなっている畳に上がり腰を下ろした。

用務員室は、入って2・3歩分くらいはコンクリートになっており、すぐに1段高い場所に6畳ほどの畳のスペースがあった。

角には座布団が何枚か重ねて置いてあり、真ん中には茶色のちゃぶ台がある。

また座布団と反対側の角には布団が綺麗に畳んで置いてあった。

知らなかったけど、ここで寝泊まりすることもあるということだろうか。


コンクリート側のスペースには、ちょっとした流し台と一口コンロがついており、お茶の用意などできそうだ。

反対側には校舎美化用の道具などが置かれている。


「あいつはまず校内を探すだろうから、ここが気づかれるまでに多少の時間は稼げると思う。とはいえ、あのスピードの持ち主だからな、あまり期待はできないが」


「ねぇ。さっきの子、いったい、なんだったの」


私も畳の上に上がりつつ、走ったせいと、それ以上に恐ろしい思いで、息も絶え絶えに昂に聞く。


「よく言う悪霊だよ」


「悪霊?」


「そう人の生気を喰って存在し続けてるやつ。って、お前靴脱ぐなよ」


「えっ?」


「靴だよ。いつ来てもすぐ逃げられるように履いておけ」


靴、と言っても上履きだが、外を走ってきたのにそのまま畳に上がるのはなんだか申し訳なくて、なんとなく脱ごうとしていたのを昂に止められる。


「…わかった、履いておく。それにしても、悪霊ね。。。あんなに可愛いかったのに」


さっきまでの出来事を思い出して改めてぞっとする。

様子が変わるまでは、本当にかわいい小学生という感じだったのに。


「見た目に騙されるな。この世界なんて、だいたいはそんなもんだ」


「この世界って、いったいなんなの?私、生きてるんだよね?」


「あぁ、生きてるよ。ここは美咲たちが生きてる世界と、成仏する奴らがいく世界の間にある中間地点って感じかな。よくデパートであるだろ?1階と2階の間にあるM2階みたいな。生きてる世界が1階で、成仏する奴らがいるのが2階なら、ここはM2階だ」


「ふうん、分かるような、分からないような。ってか、私の名前、よく知ってたわね。私言ってないのに」


説明中に突然名前を呼ばれてちょっとドキッとする


「今そこに引っかかるか?こんな時に、意外と根性あるのかもな。名前は、美人の友達とよく部活に出てただろ?」


「意外とって。美人の友達って沙夜のこと?あんたも隠れ沙夜ファンだったのね。通りで」


沙夜のファンという事で私の名前を知っている事にもすぐに納得できた。

同じクラスになったことのない同学年の子でも、沙夜ファンの間では、ついでに私のことも覚えている人が多い。


バトミントン部に入ったあと、沙夜とはすぐに仲良くなった。

あんなにも美人なのに、全く自分を飾ることなくありのままに生きてる姿に親しみを覚えたのだ。

沙夜の前なら自分も飾らずにいられて、居心地がいい。


そんな頃からだろうか、私が今まで生きてた中で、経験がないくらい男子から話掛けられるようになったのは。

初め、何事かと戸惑いながらも、これが噂の高校デビューなの?と勘違いもしたが、それが自分の力じゃないっていうことを理解するのに、さほど時間は掛からなかった。

一言目は私に話しかけてくるのに、あとは、だいたい横にいる沙夜に視線が固定され、沙夜と会話しようと必死になっているのだ。

当の沙夜ときたら、全然興味がないらしく、あからさまに不快そうな表情をし、応答すらしないことの方が多かった。

そんな全く響かない沙夜に以前「男子に興味ないの?」と聞いてみたが「めんどい」と一蹴していた。

ちょうどその時にも話しかけようとしていた男子生徒がいたが、それが聞こえてしまったらしく、しばし固まったあと、諦めて教室を出ていっていたのを覚えてる。

その時の背中がなんと悲しそうだったことか。


「と、そんな事より今の状況をどうにかしないとだな」


昂が改めて神妙な顔つきで話を元に戻した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る