第2話

 

どこかで見たことあるような気がする。


なかなか思い出せなくて、つい彼の顔をじーっと見つめてしまう。


「なぁ、そろそろ自力で立ってくれないか?さすがに手が疲れてくるんだけど」


見たことある顔を思い出すのに必死でつい助けてもらった状態で凝視してしまっていた。


「それとも、男の腕の中が気持ちいいとか?」


「なっ、違っ、す・すぐどくよ。」


顔が暑くなっていくのを感じながら、慌てて彼から離れる。


彼の腕が危機一髪のところで私の体を救ってくれた為、私は彼に抱えられた状態でいたのだ。


こんな状態で他の生徒に目撃されたら、あっという間に誤解を受けた噂を広められてしまうだろう。

名前も知らない彼との噂が広まったら、彼だって迷惑以外の何でもない。


「助けてくれて、ありがとう。」


と、思い出せないことは申し訳ないが、このままだと気持ち悪いのでとりあえず聞いてみた。


「ねぇ、…私たちって同じ学年?」


学年でも人数が多くて、同じクラスでもないと顔と名前があまり一致しないが、見たことあるということは同学年なんじゃないだろうか。


「うわ、ひでぇ、覚えてないの?」


「う、うん、ごめん」


「葬式参列してくれてたのに。まぁこの学校人数多いし、同級生とはいえ、同じクラスになったことなきゃしょうがないか」


「やっぱり同じ学年だったんだ。どうりで顔に見覚えがあると思った。って葬式?」


「おう、葬式」


私の疑問に、彼はさらりと頷く。


私が、葬式に参列したことは、生まれてこの方まだ1度しかない。


高校2年生の夏休み直前、不慮の事故で同学年の男子生徒が亡くなってしまった。


確か、その子の名前は、池田…。池田 昂(イケダ コウ)という子だ。


なんでも、頭が痛くて薬を貰いに保健室へ来ていたところ、暴投した野球部のボールが胸に当たってしまい、そのボールを投げ返そうとした時にそのまま亡くなってしまったらしい。


最初その死因を聞いたとき、そんな嘘みたいなことがあるのかと思ったが、どうやら、心臓震盪という名前で日常生活においてあり得ることなのだそうだ。


そんな亡くなり方があるなんて、彼の事故を聞くまで知りもしなかった。



と、ここまで思い出し、自分の体の血が引いていくのを感じる。



そう、確かに私は池田昂の葬式に参列した。


同学年だったが、それまで全く関わったことがなく、それこそ廊下で見かけたことがあるとか、そんなレベルだった。


彼には申し訳ないけど、意識して彼の顔を見たのはその時が初めてだった位だ。


遺影を見て、男だけど綺麗な顔立ちの子だったんだな、なんてちょっと不謹慎なことも思ったりした。


彼にもまたファンもいたようで、後輩の女の子たちがかたまって泣いていたのも覚えている。


私たちに同級生が夏休み前に亡くなったという事実は衝撃的すぎて、誰しもが高校1年生の時のようにただ浮かれて夏休みに入ることはできなかった。


でも、まさかね。


自分の中に浮かんだ池田昂の顔と、おかしな思いを打ち消すために声を絞り出す。


「えっと、昂さんの兄弟ですか?」


この学校の生徒であれば確実に自分と同い年か、年下のはずだがつい敬語になってしまう。


「って、そっか、さっき、同級生って言ってましたよね。そっかそっか、昂さんって双子だったんですね。」


言いながらうっすら背中に汗が流れ出す。


「いや、俺兄弟いないけど」


「あー、そうなんだー、一人っ子なんだ~。」


会話しようとしながらも自分の頭が混乱してフリーズしていくのを感じる。


「まっ、まぁ、世界には似てる顔が3人はいるって言いますもんね。同じ顔の人が同じ学校にいるなんてビックリですね。あは、あはは。」


若干顔を引きつりさせながら無感情に笑っている自分がいた。


「お前さっきから何言ってるんだよ、俺昂だし」


「あっ、昂さんご本人でしたか。。。えっと。。。昂さん無事だったんですかね?」


「んな、わけねぇだろ、葬式まであげて、俺の体はもうどこにもないんだから」


「あは、あはは、そうですよねー。じゃあ私そろそろ部活があるんで戻りますね」


この状況も、淡々と答える昂にも、頭が全くおいつかず、とりあえず何をしに来たのか目的も忘れて、沙夜の元に戻ろうと昂から少しずつ距離をとるべく後ずさっていく


「待て待て待て。そのままじゃどっちにしろ帰れないから」


「えっ?」


「外見てみろよ。いつもと風景が違うだろ」


彼にそう促されて、目線を窓の外へと移す。


そこには部活の準備をしているのであろう人たちの人影がぼんやりと見えた。


そう、確かに、人はいるのであろうが、輪郭がはっきりとしない。

建物や木などの自然はいつもと変わらずはっきりと見えるのに、人の姿だけが、色彩を帯びた塊となって、まるでモザイクがかかっているのかのように、ぼんやりとしか認識できなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る