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「やっぱり、理華は、ちょっと不思議な人だったんだな」


 初めて出会った時から、何となく感じていたことだったけれど。彼女は何か、人の認識の外側に入る術を持っているのだと思う。


「理華、どういうことなの? 私、あなたとは互恵関係にあると思ってるけれど。時々真意が見えない」


 理華はまずアスミさんに向かって話した。


「この世界には、まだ秘密があるってことかな。どうしてS市からは独創的なクリエイターが産まれるのか。S市のオントロジカは何故豊かで質がイイのか。私の目的は、アスミさんと重なる部分もあるし。ちょっと違う部分もあるんだ」


 俺としても先ほどから聴き慣れない単語が飛び交っているが、当のアスミさんも理解できていない部分があるらしい。アスミさんの理華への態度は、親しさも感じられるが、同時に心を許しきってないような部分も感じられる。


 続いて、理華は俺に向き直った。


「彼女はアスミさん。この地の『守人もりびと』だ。察してる通り、ちょっと不思議な事柄に対処することをやっている。日常の幸せは、日常を保とうとする頑張りと、セットだ」

「理華やアスミさん。あるいはさっきの出来事みたいな不思議な事柄は、今後普通の人達にも知られていくのか?」

「いくつかの道筋があると思う。仮に、日常と非日常が今後交わっていくとしたら、その時は、その流れから零れ落ちる人も多く出るだろうね。その時、そんな人たちをサポートできる準備を今からしておきたい。それが、私が祝韻旋律を作った裏側の理由だったりする」

「そうなると、やがて俺達にも関わってくる話なんだな」


 祝韻旋律という場が、理華という人間が、現に日常の世界に関わっている以上、いずれ日常と非日常には繋がりが生まれるように思われた。


「いついつからとか、明確な期限がある話ではないけれどね。でも、密やかにそういう時のために、準備をうながしてはきたつもりだ」

「助力が必要か?」

「普通の人である真司君に、直接的に非日常の世界でこの街を守るために戦う類の出来ることは今の所ないよ。そっちは、今はアスミさんに任せるしかないと思う」

「そうか」


 だとするならば。


「アスミさんは、俺のことを守ってくれるって?」

「どうやら、本当にあなたは存在変動者ではないみたいなので真近な危機はないかと思いますが、いずれにせよ大事な街の人です。理華の言う非日常的事柄があなたやあなたの大事な人に危害を及ぼしそうな時は、私が守ります」


 悠未君といい、このアスミさんといい、自分より年下の人間がどうやら俺の知らないところでとても頑張ってくれているらしい。それはとてもありがたいことだけれど。一方で、アスミさんから感じられる強い気持ちは、同時に危うさを含んでもいる。俺も一度ぞんざいに扱いかけたから分かる。


(その守る範囲に、君自身も入ってないとな)


 俺はスマートフォンを取り出した。


「不思議能力で、通信とかもできたりするのか?」


 理華に聞いてみる。


「今後、そういう能力の存在変動者も現れるかもしれないけれど、今の所はないよ。アスミさんは、仲間とリンクドゥで連絡を取ってる」

「そこは、普通なんだ。じゃあ、『友だち』登録しておこう」


 アスミさんはピクりと眉を動かした。


「何かあったら、連絡するからさ」

「まあ、そういうことでしたら」


 アスミさんもスマートフォンを取り出して、リンクドゥのアプリを立ち上げた。アカウントを教え合って、「友だち」登録する。さて、できるだけさりげなく言おう。


「非日常的事柄の中で、アスミさんがそちらに注力しなくちゃならなくて、日常側のピンチまでは守れない。もしそういう時が来たら、一言連絡をくれ」

「はぁ」

「俺は、器用貧乏にしてはレベルが高い方らしいから、ヒーローの代役くらいはできるかもしれない」

「今思ったんですけど、これ、ナンパの類ですか?」


 なるほど、最近はナンパも、メールアドレスじゃなくて、リンクドゥを聞いたりするんだった。


「俺、彼女さんいるんだよ」

「意外です」

「そ。だから気兼ねなく、思いついた面白ネタ投稿とかしてきてイイよ」


 この後、アスミさんは律儀に、友だち登録がちゃんとできたかの確認に、丁寧な文面のメッセージを送ってきた。その文面がとても硬い感じだったので、大変なことは多いけれど、張り詰めてばかりじゃもたないよ、時々はもうちょっとリラックスしていこうぜみたいな気持ちも込めて、琴美から借り受けた顔文字でこう返信しておいた。



 ?(`・ω・´)?



 さて。


 実はこの後、いわば非日常にいるアスミさんと、日常にいる俺は、S市を舞台に何かと交差していくことになるのだけれど。それはもう少し、先の物語である。

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