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 今日も、雪か。店から出ると、身体がシンと冷えた。それはそうと。


 この少女とは、初対面のはずだが。


 そんなことを思いながら、呼び出しに応じて後をついていく。少女は凛としているが、どこか余裕がない感じもする。例えるなら出会った頃の琴美。あるいは、全てを失っていた頃の俺自身。


 少女に連れてこられたのは、以前彩可と早朝トレーニングをやってたりもした、商店街の神社に併設されている広い駐車場だった。人気ひとけは、ない。


「それでは、この辺りで」


 少女は俺に背を向けたままそう告げると、次の瞬間には目の前から消えていた。


 いや、消えたのではない。高速で上体を沈ませて、そのまま低い体勢から俺にめがけて下段の後ろ回し蹴りを放ってきたのだ。


 そう理解したのは、反射的に跳躍して少女の蹴りを避けてからだ。少女の動きは熟練者のそれだった。スポーツの範囲で上位の人間でも、果たして今の蹴りを避けることができただろうか。


「その身のこなし。やっぱりあなた、普通の人間じゃない」

「いやいや、こっちの台詞だよ」


 少女はキっと俺を睨み直すと、ポケットからマッチを取り出してそのうちの数本を慣れた手つきで擦った。少女の瞳にあるのは、警戒心。やがて、マッチから上がった火が、人魂のように浮遊しはじめる。


「率直に聞きます。あなたは、存在変動者そんざいへんどうしゃですか?」

「言ってる意味が、分からない」

「誤魔化してる? でも、さっきの存在変動律は?」


 少女はしばし自問するように言葉を紡ぐと、何か、別の可能性に気付いたようだ。


「最近。何か不思議な出来事を体験しましたか?」

「今、目の前で起こってる君の火の芸とは別にか?」


 今度の問いには、少し思うところがある。


「それは、ちょっとしたかもしれない。でも、生きてると、そんなちょっと不思議なことにって出会うよね。あるある。の範疇な気もする」

本質能力エッセンテティアに目覚め始めてる? ああ。分からない。なんか、中途半端」


 こちらからも質問してみる。


「仮に、俺が何か不思議な出来事を体験するような人だったとして、君はどうするんだ?」


 少女は、迷いなく応えた。


「場合によっては、私はあなたを守らないとなりません」


 「守る」。その言葉を少女が口にした時である。チェーンが再び煌めいた。今度は、紅蓮の赤色である。これで、七色。すると、輝き方が今までと変化した。何かが完成に至ったというように、これまでに集まった七色が重なり合いながら、何重にも光の輪を作り上げ始める。



――橋姫様が天に昇る前に地上に残した『七つの色』を集めると、願い事が叶うって言われてるんだよ。



 だったか。


 宙に浮遊しはじめた七色のチェーンを前に、少女は困惑の表情を浮かべている。一方俺は。


「何となく分かった」


 願い事か。子供の頃に読んだ漫画だとドラゴンとか出てくるんだけど、そういうのはないのか。今、言えばいいのかな。


 正直なところ、自分は既に十分貰っていると感じていた所だった。そりゃ、仕事がめんどうだと思う時はこれからもあるだろうけれど、それは奇跡に何とかしてもらう類の悩みじゃない。愛する人がいて。家族がいて。友達がいる。そんな人たちと過ごす日常があった。


「保留はできないのかな。じゃあ」


 こんな綺麗事を言えるのは、既に自分が色んな人たちに助けられているからなのだけど。


「俺が幸せだと感じている『日常』から、取りこぼされる存在がいるとしたら、『奇跡』は、そういう人たちのために、とっておいてくれ」


 すると、明滅する永遠とわ色のチェーンは、何故なのだろう。目の前の少女の胸に吸い込まれていった。


 光は徐々に収束し、やがて何事もなかったように、場には静寂のみが残った。


「大丈夫?」


 光は害になる類のものではないと感じていたが、目の前の少女に尋ねてみる。


「わ、分からない。今の、あなたの本質能力エッセンテティアってこと? でも、もう何の存在変動律も感じない。何?」


 何って言われても。俺もまったくよく分からないのだが。


「アスミさん、真司君はちょっと変な人だけど、存在変動者じゃないよ」


 また、天から舞い降りて、靴音だけが場に響くかのように。聖女・中谷理華はふいにその場に現れた。


「理華? あなたの知り合いだったの?」

「理華の知り合いだったのか?」


 微妙に、アスミと呼ばれた少女とハモる。


「強い存在変動律を感じたから来てみたけどね。アスミさんと真司君。この組み合わせは、予想してなかった」

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