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「国宮さん、でしたか」

「真司でいいよ」


 悠未君とリアカーを引きながら、再開発地区を抜けて、仮設住宅地区へ向かって歩いて行く。リアカーに積まれているのは、様々な生活用品である。例の「相互報酬」という祝韻旋律の考え方に基づいて、交換され、届けられる所なのだろう。周囲が薄闇に包まれ始める頃である。


「では、真司さん。理華さんとあんなにフランクに話せるの、けっこう凄い人です」

「そうか? わりと、あいつは面白人間だと思うけど」

「理華さんの方からは気さくな人として振る舞っているし、実際愉快な面もある人ですが、こちらからグイグイいけるかというと、また別な話です」

「そうか。そう言われるとあつかましい感じかな」


 理華と、こういう素で対等に話せる関係になったのには、それなりに物語があった。でも、そういう背景を知らない人間からは、空気が読めない人間に映ったりするかもしれない。


「いえ。非難する気は全然なくて。むしろ逆で。あーいう、友達みたいな関係ってイイなって」

「そうだな。説明すると長くなるんだけど、俺、理華とは友達なんだよ」


 今でも、友達という言葉がしっくりくる。


 悠未君は目を細めて、「友達」とつぶやいた。遠方に見え始めた仮設住宅地区を見やりつつ、しばし俺の言葉を反芻してるようだった。


「そういう関係は羨ましいです。俺、実はこれから仲間を作ろうと思ってるんですよ」

「へぇ、それはどういった感じの」

「復興関係です。今でも少しずつできることはやってるんですが、もっと部活動的な? そこに、陽気さもある感じがイイ」


 悠未君は少し自分のことを語ってくれた。


「震災の頃に、俺、少し後悔が残ってて。その後、ずっとどうしたらいいか考えていて」

「それで、仲間、だと」

「『居場所』のようなものです。それが作れたなら、その子に報いられる気がする」


 その「後悔」の内容は、あえて問わなかった。あの日以降沢山の人が抱えているものであろうし、往々にしてそれは聞かれてすぐに告白できる類のものでもないから。それは俺にもある。例えば、当時離れた場所にいた俺は、困っていた彩可や母さんに全然助力できなかったこととか。


「君なら、スポーツとか、そういう分野を目指してみれば相当上にも行けると思うけど。でも、復興関係なんだ」


 エライと思う。ただ一方で、俺よりけっこう年下のこんな少年までが色々と背負って自分の将来を選択しているということは、重い事にも思われた。


「長く。きっと俺らが大人になる頃になっても、復興は続いている話でしょう。だったら、今のうちからやれることは準備しておこうかなと」


 そしてそれはおそらく、悠未君の大切な人間のためであるのだろう。悠未君が「その子」のことを思い出して、慈しむような表情を見せた時。また、チェーンが光った。今度は紫色である。


「ライト、ですか」

「あ、ああ。暗くなってきたからな」


 誤魔化すことではないのだが、悠未君には、ちょっと不思議現象の話をするのが躊躇われた。今は、現実の中で積み重ね続けることに集中して欲しいというか。


 さて、と悠未君はリアカーを引く手を握り直すと、こう述べた。


「少し喋り過ぎましたね。真司さんには、何か俺と似たものを感じたので。俺としては、そんなに強い真司さんが、何故に街の助っ人をやっているかに興味もありますが」


 悠未君にも、俺が剣術家であることはバレているようだ。こちらがあちらの技量を察せたなら、あちらもこちらを理解してるのは驚くことではなかった。


「いつか、何かが交わる日も来るかもしれません。その時は、よろしくです」

「ああ。こちらこそ」


 とりあえず戦う力は横に置いておいて、その後俺達二人は、夕暮れの中を並んで仮設住宅地区に向かって歩いて行った。リアカーに乗せた、もう一度生活を作っていくための力を引っ張りながら。

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