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「それは真面目な相談かね? それとも、真司くんなりの、『若者の悩みあるある』みたいな高度な文脈がある、身体を張ったギャグかね?」

「ギャグじゃないだろ。前から思ってたが、理華は俺に面白キャラを求め過ぎだって」


 あくる日。祝韻旋律の集会所にて、聖女・中谷なかたに理華りかにも最近の仕事に関する迷いを語ってみたところ、このやり取りである。理華は、この一年で少し髪を伸ばした。


「だったら真面目に応えるけれど。さすがの真司君でも年相応のパトスが抑えられなくて、何か壮大なことを求める欲求がちょっと溢れてるだけじゃないのか。その欲求に比すると、現在の自分は矮小に感じられる。そんなことはあるものさ」


 理華は一般の人達には宗教的な存在だと思われることもあるが、何か大いなる存在の言葉を媒介者として喋っているという感じはなく、いつも自分自身のコアから言葉を発してる感じがする。


「だから壮大な話をしてみるけれど。今の真司君の仕事は、『橋』屋さんみたいな側面がある」

「橋? えーと英語だとブリッジの方?」


 理華は短く首肯する。


「今、世界は過渡期だよ。世界史上はイギリスの産業革命とか、日本の話なら明治維新とか、そういうクラスの大きな変化が進行形の中に、私達はいるんだ。おそらくは、真司君が想像してるよりも、もっと劇的な、ね」


 琴美も、宇宙開発が関わる仕事をしていたりする。iPS細胞の研究がニュースになり、ビットコインは経済の土台そのものを揺るがすなんて話が飛び交う頃だ。そして、もっともっとまだ一般人が知らないようなことも、きっと動き始めているのだろう。そんな感覚は、俺にもある。


「歴史上、そういう時期には、古い世界から新しい世界に上手く渡って行けない人たちが沢山出るものだ。次の世界に渡れなかった人達は、心を壊してしまったりしてね」

「じゃあ、『橋』っていうのは、古い世界と新しい世界を繋ぐ橋っていうことか。もうちょっと具体的に言ってくれ」


 もちろん、俺自身はそんな壮大なことをやってるつもりはない。


「パン工場で働いてる人が、宇宙開発の職業を目指して転職するケースを考えてみよう」

「けっこう、アグレッシブな転職だな」

「宇宙開発の方が、まあ新しい世界側の職業と言えるだろう。その人にとっては、上手くそっちに渡って行けるってことは、自分の心を守ることにもなる。でも、ここに一つ問題があるんだ」

「そう簡単に宇宙開発の職業にはつけないってことだよな」

「それもある。でも、それは本人の努力による所も大きいし、けっこう、新しい世界の職業に向かって頑張ることは、充実してたりもするものだ。私の視点はもう一つの方で、この人が宇宙開発に向かって進んで行ってしまったら、パン工場の仕事の方に欠落が出てしまうということだ」

「ちょっと、言いたいことが分かってきたかもだ」

「真司君が今やってる仕事は、その間、『助っ人』としてパン工場の仕事の方を手伝ってるって類のものだろう。本当に新しい世界が訪れたら、パン工場の仕事は全部ロボットがやってくれて人で欠落を埋める必要もなくなるのかもしれないけれど、今は過渡期だ。そんな新しい世界が訪れるまでは、宇宙開発に向かって行った人の分、欠落してしまったパン工場の仕事を『代役』してあげるポジションの人間が必要だろう。そういうポジションの人がいるから、宇宙開発をやりたい人も心穏やかに新しい世界への『橋』を渡って行けるんだ。そういう意味で、真司君は『橋』に貢献してると言えるし、間接的にそういう人の心を守ってるとも言える」


 なるほど、俺の心情としてしっくりくるかはともかく、壮大な話に繋がった。


「ギャグで言ってるんじゃないんだな?」

「ギャグじゃないよ。前から思っていたけど、真司君も、私のこと、過剰にギャグを求める人間だと思い過ぎだ」

「そうか。ん。サンキュ。広く浅く色々やってる俺みたいな人間を、ポジティブに捉える視点はなかった」

「君は何ていうかレベルが高い器用貧乏で、そういうのけっこうカッコいいと思うよ」


 そこまで話したところで、集会所の中にポツポツと人が集まってきていたのに気がついた。


「悪い。どこか行くところだったか?」


 時刻は夕方に差し掛かった所で、集まってきた人たちは何やら食材を持ち寄っている。


「駅前のホールで夕食会だよ。仕事帰りでぶっちゃけ自炊とかする余裕がない人は食が潤う。家に引きこもりがちなお年寄りには交流の場になる。子育てお母さんも一人で作るより楽だ。鍋をみんなで囲む。同じ釜の飯を食う。少なくなってきた昨今だけど、私がきっかけになると、そういうのやりやすいらしくてね」


 理華は駆け寄ってきたまだ未就学くらいの女の子を抱き上げた。その子供に向けられた理華の眼差しが、聖女のものというよりも、一人の人間として、幼い存在への慈しみに満ちていたと気付いた時だ。


 また、ポケットの中にしまっていたチェーンが反応した。取り出してみると、今度は緑色に光っている。


「ソレ」


 理華も俺の手の中の輝きに気付いて、そっと見やる。


「何か知ってるのか?」

「いや、そうだな。君は、そういう縁がある人だと思う」

「なんだ?」

「なんでもないよ」


 そう言って、理華は抱きかかえていた女の子をそっと下した。


「というわけで、私はこれから夕食会に向かうのだけど、真司君、時間があるなら一つ頼まれてくれるかな」

「なんだ?」

「仮設住宅地区へのお届け物。リヤカー二台分あるんだけど、一台引手が足りないんだ」

「了解、引き受けるよ」

「どの住宅に何を届けるとかは、彼が知ってるから」


 そうして、もう一台の引手なのだろう。ある程度年下と思われる少年が紹介された。


悠未ユーミ君だ」


 理華の横に立ったその少年は、奥に燃える強い意志の光を宿していた。幼さが残る顔立ちに、絹の質感の黒髪を軽く乱している。春の始まりというよりはまだ冬の服装で、茶色のジャケットを羽織って首にはマフラーを巻いている。着こんでいても、内側に宿っている殺気を隠し切れてないような印象の少年だ。


「よろしくお願いします」

「よろしく」


 礼儀正しく挨拶する悠未君の服の下は、鍛え抜かれているのが分かった。一般の人間ならともかく、俺のような人種には分かることがある。この少年、ただ者じゃない。

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