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一年ほどの間の小さな出来事としては、携帯をスマートフォンに変えたことである。加えて、ここ最近急速に普及してきたスマホ特化のSNSにリンクドゥがある。
琴美から間もなく駅に着くというメッセージが届いたので、「既読」をつけた。もう一つのこの一年の変化に、琴美から届くメッセージには、様々なバリエーションの顔文字が良く使われているようになった。前の携帯の時は使ってこなかったんだけど、元々スマートフォンだと顔文字を使う人だったのか、最近の彼女の何らかの変化が関係しているのかは分からない。また、彼女から送られてくる、
?(`・ω・´)?
が
どんなニュアンスを表してる顔文字なのかも実は今一つ分かってない。
「お待たせしました」
駅構内から出たペデストリアンデッキの所で、しばらく街並みを眺めていたら、後ろから声をかけられた。
振り向くと、変わらないブロンドの髪とカチューシャ。高貴なと形容される佇まいなのにどこか少女性を残している女が立っていた。琴美だ。白いコートを羽織っていて、その下はシックな黒の装飾。やはりまだ貴族の令嬢といった趣だが、表情は以前と比べてとても柔和になった。
「ご飯食べる?」
「その前に、少し歩きましょう」
「街の視察?」
「私、そーゆーの抜きで、真司さんとペデストリアンデッキから定禅寺通りまで歩きたいなんて思うことも、あるんですよ」
演出なのか、素なのか、ちょっと子供っぽく琴美は言う。ただ、レイディエントムーンの社長として忙しい日々を送っている琴美がリラックスして自分事を語っているのは微笑ましかったし、俺が少しでも憩の存在になれるなら本望だった。今日は、癒し系男子でいくか。
「ページェントも一緒に見れませんでしたしね」
「あれは、恋人同士で見ると別れてしまうっていう言い伝えがあるって彩可から聞いたからでな」
「本当? そこまで気を回して下さったなら嬉しいですけど。彩可さんはそーゆう地元の女子都市伝説みたいなの、どこから聞いてくるのでしょう?」
「さぁ?」
俺も七年地元を離れていたので、あんまりローカルネタには詳しくない。一方、琴美も彩可も同年代からすると浮世離れ気味で思考も大人な感じだが、二人はちょっとベクトルが違うとも感じるようになった。彩可の方は、意外と日常の隅々に詳しいのだ。まあ、庶民と貴族の違いとも言う。
手を繋いで歩き始める。甘い香りがする。二人で手が触れ合っているのにもまだ慣れない。キスも慣れない。色々慣れない。
アカリと活気を取り戻しつつある駅前から、北に向かって歩いてゆく。商業的な意味でも、服飾や装飾、書籍、音楽、キャラクターグッズなどなどと、ともすれば人間の生活にとって余剰と思われるものも戻って来ている。
そんな文化の
「私、こーゆう普通のデートみたいなの、憧れていたかも」
俺は、琴美の言葉に微細に含まれる戸惑いを察した。彼女は普段はこうした取り戻しつつあるありふれた日常を守る側だから、いざ、自分自身がその何気ない日常を享受する側に回った時に、受け取ることが下手なのだ。
「普通のデート、どんなのがイイ?」
「そうですね」
琴美はしばし想いを巡らせると。
「やはり、映画でしょうか。定番という気がします」
言われてみると、俺もしばらく映画館で映画なんて観ていない。
「イイね。行こうよ、映画」
「できるでしょうか。なんか私、今やバリバリ意識高い系みたいな状態なんですけど」
「いやいや、意識高い系も映画くらい観るでしょ」
「そこは否定して下さいな。私、意識高いけど、本体は弱々系女子ですよ」
「複雑な所ついてるな。そして、意識高いけど弱いって、けっこうダメな人じゃん」
「フフ。真司さんがいるから、弱いくらいでイイんです」
「どうせだったら、レトロなところで、昔の有名どころの映画とか観ようか。なんか、S市にもそういうの上映してるところ、あるらしいぞ」
「イイですね。
「また渋いところきたね」
琴美との何気ない会話が楽しい。街アカリの中、触れている手の温かさを感じた時である。ポケットの中に入れていた、彩可から貰ったチェーンが光っているのに気がついた。
淡い、ブルーの光を宿している。
「何だろう?」
チェーンを掌に乗せて、光を琴美と分かち合う。
「何らかの電飾的なものが構造に組み込まれているアクセサリ、でしょうか?」
「いや、これ、彩可が作ったんだけど、そんな話は聞いてないな」
結局その日、このチェーンが一時的に宿した光について、俺と琴美がこれといった解に達することはなかった。
ただ、この日は思いのほか充足した一日で、すっかり自分の悩み相談のことは忘れてしまっていたりもした。
忘れるくらい、満ち足りていた。思えばこの日感じていた気持ちを、幸せっていうんだと思う。
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