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「それぞれの仕事に格別具体的な不満があるわけでもないんだが、何か、このままでイイのかなって。時々立ち止まっちまう。色々ぐちゃぐちゃと考え始めると、パワーが出てこないことがあるんだ」


 現在の俺は何でも屋である。街に帰ってきた時は早朝の新聞配達と日中のホテルのベッドメイクの仕事から始めたが、現在はそれらへの従事時間は減っている。


 その分、トモさんのバイク屋で中古バイクの回収の際に呼び出されることもあれば、月子さん経由の謎の科学的実験のバイトをすることもある。小野さんも教えてる学生向けの塾で同僚の講師が急用の時は、急遽中学生の英語を教えることもある。泉谷いずみだにが作ってるゲームのデバッグに呼び出されて報酬を貰うこともある。


 気付いたのは、この街を生態系のように廻している「仕事」には時々欠落が生じるということだ。その、急な欠落に穴埋めとして入ると、喜ばれることが多いと学んだ。対価として、そのつどお金も貰えたりする。


 泉谷がお前は「助っ人」なんだとテンションを上げて、Webページも作ってくれた。お困りの際はお声掛け下さい、できることなら助っ人します。その代わり、お金下さいというシンプルな趣旨のものだが、これが、意外にもこの一年Webページ経由での仕事も来るようになった。


 お年寄りの送迎、引きこもりの息子の説得、家事代行、用心棒、エトセトラ。本当に、色々なことをやってきた。


「なんでもやるけど、何にもなってないっていうかさ。やっぱり、一つの専門に打ち込んで、一つの会社に所属して社会的信用を得て、この人はこういう人だってみんなに認められる。そんな感じに憧れがあるのかもしれない」

「真司のやってることって、何気に凄いことだと思うんだけど?」


 さらっと彩可は俺のことを肯定してくれるが、彩可が俺のことを評する時は、身内びいきを超えて、何か重い信頼が土台にあることをこの一年で学んだ。ありがたいことだが、今抱えてるモヤモヤは、彩可のような無償の優しさで俺に接してくれる人とは、また違う人たちからも認めて貰いたいという欲に基づいてる気もする。


 そう、彩可だ。


 彩可は結局、受験勉強の末、地元で、少なくとも偏差値上は一番難しい大学に進学を決めた。由緒ある名門女子高からT北大学。そこだけ見れば、明らかに学歴社会の中の勝者であった。


「彩可が大学行くこと決まってさ。けっこう世間的にも分かりやすい評価をゲットしてるから、羨ましいのかもなー」


 この一年で、妹とはさらに気兼ねなく話せるようになった。


「でも学歴なんて。分からないよ。また大きい災害も来るかもしれないし。生きていくためのテクニックだと思ったから、一応受験は頑張ったけどね」


 それはまあ、そうだ。大地震に津波。他にも介護、病気、会社の倒産。などなど。高い学歴でそれまでスタンダードな道を歩いていた人が、急にそう順調には行かなくなったなんて話、最近はいくらでも聞いていた。


「そういう悩みはさ、彼女さんに聞いてもらいなよ」


 彩可は別に俺のボヤきを鬱陶しがってるわけではなく、本当にその手の悩みの相談相手としては、その人が人選として適切だと考えているようだ。


「彼女さんかぁ」


 去年の暮れにやんわりと告白されて、やんわりとOKし、やんわりとお付き合いが始まり、続いている。今の所、良好な関係と言えそうな気がする。


 ただ。


――俺の彼女さん。麗源れいげん琴美ことみは、一社の社長でもあるので忙しい人なのだ。

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