第3話やさしいうそはいたい

旭が憂鬱な気分で中学から帰ると、イズミと母がリビングで待ち構えていた。

二人とも仕事を休んでいたようだ。


ダイニングテーブルのいつもの席にいつものように座っている。


「お帰りなさい、旭」

「おかえりー。あーちゃん」


2人とも笑顔だ。

ショートボブの髪は1度も染めたことがないというくらいおしゃれに無頓着な母とロングの金髪に近い茶髪で毎日その自慢の髪の手入れを欠かさないイズミは一見、全くの正反対に見えるが、

本当にそっくりの素敵な笑顔をくれる。


ちゃんと惹かれあって結ばれたんだろうなとひしひしとこちらに伝わってきて、胸が温かくなる。

愛ってそういう事なんだろうなと中学生ながら旭は毎回2人の笑顔を見て感じていた。



「うん、ただいま。イズミちゃん、お母さん」


旭は、少し安心して体の力が抜けた。

リビングには2人しかいなかった。


彼が、弟がこの場にいない。


そして母に促されて、イズミと母の向かいに座る。


「…いきなり、驚いたでしょう?ごめんなさいね、相談も無しに」


イズミは眉を垂らし旭に話しかけた。


「…ううん。いいよ、大丈夫。イズミちゃん、そんな顔しないで。お母さんも私、大丈夫だから」


そういうとイズミと母は一瞬、眉を顰めながらも少しホッしたといった顔をした。


「ありがとう、旭。あの子を引き取った経緯を話すわ」


母が静かに話を始めた。




母から聞いた話はこうだ。

母の友達が経済苦で、借金と共に一人息子である瑞希を置いて夜逃げした。


息子すらも置いていく位、苦しかったのだろうかと旭は疑問に思ったが、その後の話を聞いて納得した。


借金取りが借金の返済の足しに瑞希を売ろうとしたらしいのだ。

この豊かな時代に、人身売買なんてあるのかと思ったが自分の知らない世界の話なのだろう。


そして恐らく、母親はわざと置いていったのだ。


しかし、良心の呵責が母親にもあったのか友達である母に泣きながら電話があったようだ。


間違いを犯してしまった、息子を助けて欲しいと。


そして、母とイズミちゃんが瑞希を救出をしたらしい。

中学1年の旭にわかるように、色々端折りながら説明を受けたので

詳しい所や難しい話は旭にはわからなかった。

だが、


「…イズミちゃん、お母さん。そのお友達さんの借金ってどうなったの?」


イズミと母は顔を見合わせた。


「…大丈夫よ、あーちゃん。貴女が何も心配することはないわ」


笑ってイズミは答えた。

恐らく本当は大丈夫ではないのだろう。

「大丈夫」なんて皆大体が嘘なのだ。


旭が身をもって知っている。

でも、だからといって旭に出来ることはないことも分かっていた。

お荷物でしかない旭に出来る事などないと。

俯き、唇を噛む。

痛みが自分を戒める。

駄目な自分。いつだって、目をそらして逃げ続ける自分。


そして、何事も無かったように顔を上げた。

表情には何も映さないように。

悲しみも悔しさも、今は必要の無いものだ。


あたしは、大丈夫。

笑えるよ。


「…そっか、良かった。……私、着替えてくるね」


そう言ってそっと、リビングを出た。

無事に空気を読めただろうか。



そのまま階段を上り、自分の部屋に向かうとタイミングを図っていたかのように、その手前の部屋が開いた。


「あ、旭さん、お帰りなさい」


隣は空き部屋兼物置だったはずだが、彼の部屋になったらしい。


びくりと固まった体を頑張って動かし、旭はペコリと頭を下げ、そのまま自分の部屋に入った。いつの間にか口の中はパサパサだった。


制服を脱ぎ、部屋着に着替えベッドにダイブする。


先程、部屋に入る寸前にちらりと見た男の子の、瑞希の顔を思い出した。

少し、悲しそうでいて諦めたような顔。

旭が彼にそんな顔をさせたと思うと、罪悪感で胸が痛んだ。

きっと彼は自分よりも悲しく寂しい思いをしているはずなのに。


だが、きっとイズミから色々、自分に関してのルールを教わっているはずだ。

だから、大丈夫。

大丈夫。




疲労感が体を襲う。肉体的ではなく精神的な疲労感。



そのまま旭は眠りについた。

明日もきっと、うまく笑える。


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歪で正しいかたち すばる @tama11

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