第2話 あたしはだいじょうぶ


ふと、気がついたら学校だった。

よく気もそぞろでたどり着いたものだと思う。


旭は毎日教室には行かずに一階の隅にある保健室に向かう。


独特の消毒液の臭いにはもう慣れた。

保健室の先生も、旭が来るとおはようと笑顔で挨拶をしてくれる。

そして、ぽつんと置いてある机に手招きしてくれるのだ。


旭は、いわゆる保健室登校だ。

別にクラスでいじめられているわけではない。

むしろ男女の仲も先生との関係も良い素晴らしいクラスだ。

しかし、だからこそもう教室には行けなかった。


手の空いている女の先生が、傍に来て勉強をマンツーマンで教えてくれる。どうしても、空いている先生がいなければ自習として課題が出る。

一人の為に至れり尽くせりだ。

旭はいつも、申し訳なくて何とも言えない気持ちになる。


しかし、これが旭の今の日常で今の普段の生活なのだ。



でも、今日からは違う。

家に帰ったら、あの子がいる。

そう思うと、凄く憂鬱で、恐ろしかった。


「溜息?幸せ逃げちゃうよ。旭ちゃん」


「え、溜息吐いてました…?」


「うん、思いっきりね!どうしたの、何かあった?」


保健室の先生に、話しかけられて初めて自分が少し意識を違うところに飛ばしていた事に気づいた。

普段から迷惑をかけていて、更に心配させてはいけないとは思うのに誰かに聞いてもらいたくて思わず言葉が出た。


「…あの、あたし、弟が出来たんです」


そう言って今朝の出来事をぽつりぽつりと話した。

父は、イズミはまだ詳しくは話してくれなかったけれど、

きっと何かの事情でどこからか引き取った男の子の事を。


「……そう。家族が増えたのね。……私は羨ましいな」



「羨ましい、ですか?」


「私、ひとりっ子だからね。もうこの歳になると、望めないでしょー?お母さん、弟をください!なんて言えないし」


カラッとした笑顔で本当に羨ましいそうに喋る先生を、見ると何も言えなくなる。


「……あのね、旭ちゃん。『弟』である以前に『家族』が出来たと思わなくちゃね。きっと弟さんも、新しい環境でまだ不安がいっぱいでしょう?旭ちゃんも急にお姉さんになるわけだから、不安があると思う。だからこそ、二人で不安を分け合いっこしなきゃね」



「……近づけもしないのに、分け合いっこって出来るものですか」


「すぐで無くても大丈夫だから少しずつ、ね」


私が姉になる事を憂いているのではないと

先生も分かっていて、話を逸らしている。

でも、先生は無意識のうちに

私がいい子を演じなくてはいけないと少しずつ強いているのに気づいていない。


それは確かに正解の一つなのだろう。

私が、大丈夫だと言えばいいのだ。


自分を誤魔化して

逃げればいい


それは私だけが救われる答えだ。



偽りの瞳で彼を見る事は、恐らく彼を傷つけるに違いない。


それでも

あたしは、大丈夫だと言うのだろう。


他でもない『家族』の為に。





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