三章「あっ、修学旅行とか眼中に無かったわ」

1.九州美少女遭遇奇譚

ただひたすらに、進は安心していた。


ーーミツが・・・地縛霊で良かったな。


進は狭い機内で少し騒々しいクラスメイト達をよそに窓から、すぐ目の前に広がる雲の田園風景に目を向ける。


福岡空港行きの飛行機で、約二時間のフライト時間をのんびり過ごすつもりでいた。


「たったったったったったーー!」


「光魔・・・さっきから、俺の横でたを連呼しないでくれないか?もう、一時間半乗っているんだから。そろそろ慣れてもいい頃だろう」


「高いぃぃ!」


進の隣の席で、愛弦 光魔は高度と同時にテンションも上昇し続けさせる。


「だってよ~!雲が目の前にあるんだぜ!ヤバいぜ!窓開けて手を伸ばしたら掴めそうな距離に・・・」


「ぜっっっっっっったいに辞めてくれ。気圧の差で、大事故だから!」


光魔は飛行機が初めてなのだという。その飛び火が全て進に影響を及ぼしていた。


「もしかしたら、光魔、お前、靴脱いで乗るって言ったら信じていたかもしれないな」


「え?靴脱ぐのか?」


「信じるんかーーい!」


何だかんだで、光魔の隣の席に座った為にフライト中、進はそれ程ゆっくり休めなかった。


***


「皆さーーん、今日一日時間を守って羽目を外しすぎないで過ごして下さぁーい・・・一日目の飛行機。皆さんに何の事故がなくて良かったです!」


しみじみとハンカチを片目に添えるクラス担任に対し、クラス全員が極端だなぁと満場一致で思った。


そんな、修学旅行の全日数を終えてしまったら感動のあまり号泣するのではないかと進が予測するクラス担任から、各グループでの自由時間が告げられた。自由時間が夕方まであり、そのまま旅館に直行するとのこと。


生徒たちは各々、予定にしていた観光地に向けて散らばり始めた。


「進~~。二人っきりだなぁー」


進の両肩に手を置き、ポンポンと人でない少年、光魔はニヤニヤと笑う。


「触るな。気色悪い!」


進と光魔はグループ二人という、何とも乏しい人数だった。横からクラスメイトの女子から、二人とも学校でもそうだけど仲良しだよねー。と、言われ「違う!」と完膚なきに否定する。


しかし、進と他のクラスメイトとの関係など話しかけられたら答える程度の関係。結果、誰からも誘われずにクラス内でのグループ決めにおいて省かれてしまったのだ。


そこで、颯爽と目の前に現れたのが何を隠そう、同様に『ザ・ぼっち』を満喫していた光魔であった。


余りということがグループ決めの後半にクラス内で露見する直前に、半強制的に、半ば投げやりに二人は手を組んだ。


「まさか、光魔が俺同様にグループ決めで孤立するとはな・・・」


そう言って、進は意外そうに光魔を横目で見る。


「いや、極端に話せる面子メンツが進くらいだからな」


「それに・・・」


「それに?」


進は、光魔のその言葉の続きを予想する。「俺ら、腐れ縁だけど、信頼できる仲間じゃねーか!キラリーーン」進の想像の中で爽やかに笑う光魔に対して想像の中の進自身が「おう!」と熱い握手を交わし、一瞬でも、それも悪くないかもしれないと考えた自分を数秒後に撲殺する事になった。


「俺って、女子にモテるから男のクラスメイトから良く思われてないんだよな」


「・・・あっ、うん。そうだよな。狐なだけあって、お前は・・・うん。イケメンだと思うぞ」


「おい!どうした進!頭の上に川の字が降り注いでるぞ!」


***


何やかんやで、二人は福岡市中央区にある元は入り江であった大きな池を囲んだ大濠公園の・・・その池の中心にいた。


「一つ聞いてもいいか?」


進がひたすら足を動かしながら、すぐ隣の光魔にたずねた。


「なんだい?進くん!」


「何で男二人で頭が一般的なものよりやや大きめで、目のクリクリしたスワンボートに乗ってるのか質問しても?」


「アレだ。あまりにも、俺らが乗っている。この白鳥ちゃんの瞳が無垢だったからだろ」


何の答えにもなっていない光魔の答えに、遠い目をして進も頷く。


「あーー、そうだった。そうだった。って、乗ったは良いものの勢いよく漕ぎすぎて中心に来たところで二人同時にバテちゃったんじゃん!」


二人が何だかんだ言い合っているのを、可憐道 沙由香と樟葉 真帆と女子二人が泉の周辺をスタバで買った飲み物片手に散歩しながら眺めていた。


「何やってんだろう。あの二人」


「二人ペアになるくらいだもん。あの二人仲良しだよねー」


単なる仲良しなクラスメイトとしか思っていない。事情の知らない女子二人が話す。


沙由香は進が互いに両親を失って、いつも自分を気にかけてくれたこと。


封化師として生活していく中で光魔と今の関係くされえんに至った。


封化師としての仕事の中で高校の友人よりも、光魔のような妖怪との友情が自然と培われていく事に対して沙由香は少しでも嫌悪感を感じてしまう。


その事が理由で距離を置いたも時期もあった。それでも、大半を隣で見て来た為に仲良しという単純な関係ではない二人の関係をはたから、そんなふうにして言われるのに引っかかる部分があった。


しかし、その気持ちを大切に心の奥にしまって「ホントだよね~~」と愛想よく笑った。


それを樟葉真帆は少し複雑そうに見つめた。沙由香の親友。真帆は軽い溜息をつく。


二人はお土産を買う為に博多駅へ到着し、そのまま、夕食は鶏ガラベースで艶やかな色をした豚骨ラーメンを博多駅で夕飯として食した。


あっさりベースだった為に替え玉を二度もした光魔に、天晴れ《あっぱれ》と進はオーバーリアクションで拍手した。


指定のホテルに時間通りに到着した二人は、ロビーでの班員確認を行う。


担任教師に「二人で寂しくなったら、いつでも言うんだよ」とハンカチを目元に当てながら言われ、身体の水分涙でほぼ無くなるんじゃね?と廊下を会話しながら部屋の扉を開いた。


立派な洋式な部屋から見える博多の街におお~っと喝采した。


備え付けられたシャワーを浴び、光魔は修学旅行のしおりをベットにうつ伏せになりながら見ている。


「備品チェックと健康カードは、もう済ませた?」


「カンペキ子!」


グーサインを進に向けながら、見知らぬ女の名前を出す光魔を無視して進は大きめのバッグの中身を整理する。


班長、副班長の役職を二人で担おうとしたが全て光魔が一手に引き受けた。


現代の妖狐の御曹司だけあり、こういった仕事の末端を光魔は得意としていた。それは有難いと進は背筋を伸ばしてフカフカのベッドに背面ダイブした。


「なぁーー、進きゅーーん」


不意の隣のベッドから、しおりを叩きながら光魔が叫ぶ。


「気色悪い!」


「明日と三日目の夜!温泉がある!」


「で?」


「女の子のお風呂上がりの姿がぁぁぁ見られるっ!」


「うるせーぞー、発情狐!」


少し考えて、進はテレビのニュースに出演するコメンテーターを行うような適切な質疑応答を光魔に始める。


「変態ぎつねの光魔さん。覗くの間違いではないのですか?」


突如、冷静に光魔も答える。


「違いますね。進さん。確かに私のような立ち位置の狐は、世間一般では覗きをするのが修学旅行に対する立ち位置ですが、お風呂上がりの部屋着かつ少し濡れた髪を拭きながら、その艶やかな肌を演出する彼女達の気の抜けた表情にこそ私は一種の好感を覚えます」


「半分ほど何を言っているか理解に苦しみますが、光魔さんは変態ぎつねである事は分かりました」


「はい。ありがとうございます」


進は最初、男女両方に化けられる光魔に女に化けてしまえば良いじゃんと指摘しようとしたが、沙由香にバレると光魔の命に関わると思い、咄嗟に口を閉じた。


「あぁ、女に化ければいいと思ったか?」


見透かされたように光魔に言われて進は驚嘆する。


「俺の心、読んだろ!」


「別に出来なくもないんだけど、あまりにも社会的モラルに反するかなと」


「光魔・・・お前からモラルという言葉が聞けるとはな・・・」


夜景をバックに進を見つめて、光魔は聞く。


「なぁ、俺の女体化見るか?」


「・・・え?」


あまりにも唐突な申し出に一瞬固まる。確かに、今まで一度も見た事が無かった。


「女体化って、随分生々しい物言いだな」


光魔は、時々見せるイタズラ顔をして目を光らせる。


「いや、まぁーーーー、別に。どっちでもいいかなぁー」


光魔は妖狐の為、女の姿になったら美人だろう。しかし、進は頭をやや傾けた。


「見たい気も・・・しなくはないんだが、何だろうな。すごく嫌なフラグが見える」


「じゃあ、一瞬だけ。見せてやろう」


半ば強引に、光魔は小声で何やら唱えると、薄い煙が光魔を包んだ。


「これで、俺らのBL的な薄い本じゃなくて。俺がこの姿になったものがコミケに並ぶわけだ!」


薄い煙は一瞬で霧消する。


「何が言いたい!・・・って!」


進が顔を真っ赤にする。


それもそのはず目の前には、狐耳の生やした、かなりの美少女がベッドの上で両膝を外側に曲げて座っている。


しかし、問題はそこでない。その美少女が光魔であるという事。そして一糸纏わぬ姿で、恥じらい顔をしている事であった。何たる破壊力。


「進コン、進コン!」


「呪!ぶつ。空間を超えよ!」


そんな事に術を使うなよぉ~。と光魔(女)に指摘されても御構い無しに、進の手前の薄い掛け布団を光魔の頭上に転移させ落下させた。


「別に・・・進コンになら、見せてもぉ」


くねくねと恥じらいながらゆっくり、布団をめくり出す光魔(美少女)に進は喝をいれる。


「いいから戻れ!・・・あと、何だ!進コンって!」


そう!これで、薄い本の為の二次創作対策もバッチリになったわけだが。


さっさと光魔を元の姿に戻した。


「おい、これで、誰か部屋に来たらどうするつもりだったんだよ!」


進は想像するだけで身の毛がよだった。


「いやぁー、進の反応見てたら、楽しくなっちゃってなぁ~」


「確かに、さすが美人だったけども。何で全裸だったんだよ」


「あっ、アレは俺の演出・・・」


「はーー?お前を封化師の本業として、封印してやろうか!」


進の反応を見て、我ながら上手くいったと感心する光魔であった。


妖狐は昔から美女に化けては人を代々騙し、バレては騙しを繰り返していたという。代々の天狐、空狐、野狐を見習って偶には、妖狐としての本望を果たそうとした光魔であった。


完全に進は被害者である。この状況を沙由香に見られたら、それこそ一貫の終わり。可憐道家と愛弦狐一族の全面戦争が起こりかねない。


明日は長崎。光魔に同じ班としての約束。修学旅行初日は早く寝る事を決めていた。寝る前に、進はとある事を思い出す。


黄色く光る間接照明のスイッチを押すと、スマホで『ごめん!写メ撮るの忘れた!』と留守番ナウの同居妖怪二人にメッセージを送った。


すると、『すすす進さん今の写真求む』と返事が返ってきた。


「どうした?進」


寝ていた光魔が、進のベッドに飛び移り、スマホを確認する。


「お前んとこの座敷童子ちゃん、ハイカラだな」


進と出会った当初は、地味な着物のよく似合う少女だったのが現代の衣服に進の目が慣れてしまったせいか、白のワイシャツ一枚でも違和感すら、感じなくなっていた。


いや、そこは違和感、感じろよ!と、ツッコミを入れてやりたい。


「今、写メ送れって聞かないんだが」


「いいじゃん、撮ってやれよ。何なら、俺も一緒に写ってやるから」


スマホを光魔の簡易照明に立てかけ、タイマー機能を駆使し、カシャリと写真を撮った。


巡回の教師が近くの部屋の扉を開ける音を感じ取った二人は早々に電気を消し、光魔は自身のベッドに戻ると、

先ほど撮った写真を送信した。


次の日の朝。進の頬にフワフワした狐耳が当たって進は目を覚ました。そこには光魔(全裸の美少女)が上向きに眠る進の上にまたがりそのまま、うつ伏せになってスヤスヤと眠っていた。


光魔だと分かっていても、進は自制心を必死に押え付けながら脱出する。


あくまで、何を前提にしても、愛弦 光魔が雄である事は周知の事実である。


スマホを見ると、スタンプの数が4桁に及んでいた。


ーー狂気を・・・感じる。


昨日送った写真を確認すると、案の定。進の隣にいるのは光魔(してやったり顔の美少女)だった。


その日のバスの中では、玄内家在住プラスαの妖怪達への説明に多大な時間を要し、誤解が解けたかは置いといて、ほとぼりを冷ます事には成功した。



その日から、残りの修学旅行の班内での約束が一つ。女体化禁止が追加された。

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1年遅れの封化師 未旅kay(みたび けー) @keiron

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