4.百鬼夜行

暗闇の中を一歩一歩、純白な狩衣姿の人ならぬ者が列をなして歩みを進めるは高山寺。


紅葉が進む頃は有料となり、多くの観光客が出向く。しかし、今宵の夜は人っ子一人として見つけることが出来ない。


人ならぬ者の、その列は決して乱れず。周囲を神妙不可思議な空気が包み込んでいた。


***



「とおおおおおおーーーーう!」


相変わらずテンションが高い声と同時に、狐火が進に対して撃たれてくる。


「ウザい」


「サッカーやろうぜ!」


火球を蹴り、進に向けてシュート。オールバックにした髪を撫でて、耳の前から垂れるストレートヘアーはそのままの狐の少年は火球の行く末を見る。


沙由香がその火球をバッティング!普段から愛用している持ち手が短く、刃が長い片手剣が見事に火球の中心を捉えて、今回の集合場所である進たちの担当する区域の隣の地域の豪邸に飛散する。


「「「あっっっっ」」」


その豪邸に届く前、全て旋風つむじかぜによって掻き消された。


「もうっ、私の家に恨みでもあるのかしら。それとも若気の至りってヤツ?」


いかにも冷静沈着な口調で一人の女性が現れた。短めの半袖のTシャツが結ばれて、へそを露わにし、ショートパンツからは程よい肉付きの太ももが、その筋を破廉恥に演出する。


この25(そこそこ)の軽いウェーブのかかった金髪の女が、隣の地域を一人で担当している封化師。朱馬熊あかまぐま鳥籠とりかご。高校生。言う所のガキの三人と違い、成人済みで日本封化師連盟の副会長を勤めている。


「あれ?進達って、今年で何年生だっけ?」


「二年生です。ってか、寒くないんですか?」


今は九月だ。ましてや、進や沙由香、光魔の守る地域は関東に存在する為ショートパンツはさすがに寒い。


「別に寒くないわ」


即答された。即答されてしまった。進はこの女性が苦手だ。


***


「隣の地区の担当の進と可憐道ちゃん。おまけにチャラぎつねを私の担当陣地に呼び出したのは他でもない。知っていると思うけど。封化師としては厄介な出来事が起きる」


西洋風の豪邸の内部。封化師連盟東本部兼朱馬熊鳥籠の住宅。その応接室に高級そうな彫刻の掘られ緩やかなカーブの美しいソファーに三人は座らせられていた。目の前の鳥籠は、ショートパンツにも関わらず片脚を自身の胸元に向けて折り曲げて、もう片方を垂らす。


「知ってると思うけど、起きるというよりも・・・迫り寄ってくるんだなーー。これが」


「朱馬熊さんが、私たちみたいな格下の封化師を呼び出すということはとても厄介な大規模案件なんでしょう?」


他人行儀な呼び方で、沙由香は朱馬熊 鳥籠に応答する。出されたティーカップの中身には、誰も手を出さない。


「あれ?知らなかったのか。不思議だねぇ、私は確かに私の式神に伝えるように言っておいたはずなんだけど。私の式神と・・・仲悪かったりする?」


「そんな事は無いですよ。何が迫り寄って来るんですか?」


進は冷静でいる。


「勿体ぶらないで、教えてくれませんか?ヘソ出しモモ出しおねーさんさー」


「はっ・・・?」


言うまでもなくこの冒涜を吐いたのは、光魔である。光魔と鳥籠の間で謎の火花が散らされている。


「あら、あらあらあらあらあらあらあら?そうね、勿体ぶってたわけじゃないんだけど。そこの馬鹿ぎつねが私の鞄の付属パーツに変えてから答えましょうか」


「いいじゃねーか。俺はヘソやら、そのいやらしい脚よりも胸派なんだよ。全裸にでもなって出直して来いや」


ーーー何を言い合ってるんだよ!こいつらは!


冷静を軽く乱されて叫ぶ進の心の声に反して、沙由香が普通に質問する。


「で、結局のところ何が迫ってくるんですか?」


「ああ、そうだった。そうだった。可憐道家現当主。百鬼夜行って知ってるか?百の鬼が夜の行進と書く、あの百鬼夜行さ。」


「鬼?」


サラリと言い放たれた、鬼という言葉に沙由香の顔の表情が一変する。


「勿論。全部が全部、鬼というわけじゃ無い。むしろ鬼なんて含まれていないかもしれない。昔の魑魅魍魎。怪奇の象徴だからね。鬼は」


進は気づいた。鳥籠があえて、沙由香の前で鬼という単語を強調して出したのを。悪趣味。底のしれない思考。全てにおいて、進は鳥籠の事と話すのが得意ではなかった。


「しかし、アレだね。可憐道家現当主さんは、未だに鬼という言葉に対して異常な反応を示すみたいじゃないか。鬼を見つけたとして、感情的になって突っ走ってみなさいよ。・・・確実にあんたの実力じゃあ死ぬわよ」



「・・・はい。分かってます」


敬語を突き通すのが辛そうな表情を隠すように、沙由香は伏せながら同意した。その心情を察してか、進は話の進行を求める。


「で、俺たちを読んだ理由は結局、何ですか?」


「言うようになったじゃないの・・・進」


「いえ、俺たちはまだまだガキなものでして。目的はハッキリ言っていただけないと理解出来ませんので」


進は鳥籠の一言一言に心を乱されないように冷静を保とうとする。


「・・・百鬼夜行が確実に。百パーセントで国道4号に沿って私らの担当地域へ進行してくる」


国道4号。東京都中央区日本橋を起点として青森県青森市青い森公園前までの一般国道で八百五十四キロメートルと日本最長の一般国道である。


「久しぶりの日本封化師連盟の大仕事が始まっちゃうわけだ。ここまで大掛かりな作戦は十年振りってヤツ?」


ーーー何なのだろう。この人は。壮大に煽ってくる。


進からすると、目の前の女性が封化師連盟の副会長の地位に君臨できるだけの力があるのだろうと考えると、安易に売り文句を買うような真似はできない。出来ることなら生涯、彼女には敵にはしたくないものだ。


「十年前の大掛かりな作戦に参加しなかった貴女あなたが十年前の事を軽い口で叩いて欲しくはないんですけど」


進に似た冷静で死体のような顔つきで沙由香が鳥籠に訴えるが、決して鳥籠は精神的ダメージを受けていない様に三人を見つめるが、その視線に怒りのような感情は感じられない。


背筋が凍るような沈黙が流れる。


「俺はただのチャラぎつねだからさぁ~、知らねーんだけど、百鬼夜行ってただ歩いてくるんじゃないのか?」


「久々にいい質問するじゃないの」


「あんたに会う事自体が何年振りか分からねーからな」


光魔は見事に場の雰囲気を無視して直球で鳥籠に問いかけた。


「さっきも言ったように、魑魅魍魎の類が長い列を成して移動する。勿論、夜中にね。アレは朝日とともにどっかに消えちゃうから。そして、ここからが大事な事だ。身体中の穴を開いて聞きなさい。そんな妖気の行列がぞろぞろと動き始めたら、その近辺はどうなる?」


「多大な影響を受けます」


「その通りだ進。勿論人払いの結界は張る。しかし、直接的な列に対するアクションはしてはならない。しかし、その妖気に干渉して周囲に湧いて出る妖やら、そうでない悪いモノの対処は封化師としての義務だ。違うかい?可憐道 家当主」


「はい」


「鬼が出たら勿論、好きなようにしてもいい」


「はい・・・言われなくてもそうします」


「よろしい」


「もっと、具体的な詳細についてはお前達が修学旅行で一線を超えてからにするとして、作戦は一ヶ月後だ。だから、存分に修学旅行を楽しんでくればいい」


ーーーセクハラとパワハラのダブルパンチだよな。


一ヶ月後。その明確な日にちも、どうやって分かったのかと進は日本封化師連盟の組織的力に素朴な疑問を持ったが、一刻も早くここから出て我が家に帰って、座敷童子やミツに会いたいと思った。そして、いつも通りの沙由香と笑いあいたいと。



***


「そう。百鬼夜行は困ったわねーすーすむ。す~す~む~~。ススムゥ~。スムスムゥ~」


(あぁーーウザい)


「どう思いますか?・・・ミツちゃん。」


こちらでもパワハラとセクハラのダブルパンチだろうか。いや、それよりも厄介かもしれない。トイレの便座に座りながら背後からミツによって両腕で肩から上を、完全にホールドされており白装束からハダけた胸がおもむろにくっ付いている。


耳元で息を吹きかけながらミツは笑う。


「百鬼夜行はぁ~、私は今まで4回経験してるけどぉ~~、慌ただしかった事ぐらいしか・・・ワカンニャイ!」


「あっ、分からないならいいです。それじゃあ」


そそくさと退散しようとする。


「待って待って待ってよぉ~」


「ぐほっ!」


立ち上がろうとした進の首をホールドしている腕が引っ張り、締まりかかる。


「それじゃ・・・あっ!・・・立てないっ!」


「何で何で??何で立てないのかな?」


進は顔の隣にあるミツの顔を横目で見る。


「ミツ・・・ちゃん。怖かったよぉー」


あくまで棒読み。進の幼少期の言葉で当時のミツのトレンドワードだ。


「へ!やだ!進~!懐かしいぃ!」


今だ!と言わんばかりにミツの両腕からスルリと抜けて、一度胸で引っかかり後頭部がバウンドするが心頭滅却でスルーしトイレの床をペンギンのように滑りドア勢いよく開いて脱出成功する。


が、内にはモスラだけではなく、キングギドラもいたのだった。


扉の前ではキングギドラ・・・座敷童子が待ち受けている。勢いよく扉から飛び出して勢いそのまま、座敷童子にぶつかりかかる。そのタイミングで封化師の身体能力の無駄遣い。身体を捻り、座敷童子を抱きかかえる形で廊下に倒れる。ぶつかり座敷童子を下敷きにしてしまうと座敷童子の華奢な身体はどうなるか分からない。そんな心配をよそに進に覆い被されだ形の座敷童子は頬を赤らめる。


「これが・・・床ドン?」


「・・・違うっ!」


しかし、この安定感。安心する。


数時間前まで、あれ程の威圧感のある相手と対峙していたのだ。進は尋常じゃない疲れが溜まっていた。そのまま、座敷童子を抱きかかえて天井を見た。十年前は周囲に沢山の封化師が居て、慌ただしかった廊下の張り板に背を任せる。


「あの冷酷な目つきの朱馬熊 鳥籠だって、十年前は親父たちと、この縁側で雑談に花を咲かせていたのか」


幼い頃の記憶など詳細には覚えていないが、進は常に両親の周りで笑い合う仲間達を端で眺めたり、時々遊んでもらったり。そういう断片的な記憶を思い出そうとしても、だんだんと薄くなることに寂しさを感じていた。


しかし、どんなに楽しい記憶がフラッシュバックされなくても、障子の外、今いる廊下をあの日にバタバタと走り回っていた式神達の足音と横にいる沙由香の泣いた声だけは嫌なくらい鮮明に思い出せた。


最近までは一年あれば、封化師としての仕事が出来る資格が得られたのにと、当時に例の闘いへ参加できなかったことへの後悔が前に出ていた。しかし、十年前、要するに七歳の進が戦力になったのか。それは、考えるまでも無かった。自意識過剰だ。後悔している理由は闘いに参加できなかったという、それだけではない。親の死に際に会えなかった。なぜか、どういった死に方をしたのかすら分からないでいるのが何よりも辛かったのだ。当時、行ってきますと言った両親が数時間しても帰って来なかった現実はあの頃、あまりにも酷だった。


スマホの着信音で自らが座敷童子を抱いたまま寝ていた事に気付き座敷童子が自身の頬にチューーっと言いながら唇を近づけているのに気付き、そっと頬を掌で押し返して応答のボタンを押した。着信相手は沙由香だった。


「もしもし?」


『あっ、進くん?こんばんは。明後日って修学旅行でしょ?しっかり、準備済ませてる?』


「あっ、」


『私は一応、黒蝶に任せっきりだったけど何とか済ませちゃってるけど黒蝶が進くんは忘れているんじゃないかって言ってきたから、じゃあ、確認だけでもって・・・』


「ありがと。沙由香。完全に頭に無かったわ。こっちにも黒蝶みたいなのが居れば良かったんだけど・・・そういうわけにもいきそうにないから、ちゃっちゃと済ませるな。心配してくれて、ありがとな。今日は色々あったしゆっくり休もう。お互い。」


『うっ・・・うん!そうだね!ゆっくり休も!おやすみなさい』


数時間前までの雰囲気とは一変した声。隣に住んでるのになぜ電話を?っと、沙由香の女心を一切汲み取らないで、完全に高校生活のビッグイベントであるところの修学旅行の存在を忘れていた進は、そういえば、鳥籠も言ってたっけと苦笑した。


「進さん!私もトランクケースに入ります!」


「断る!」


座敷童子の提案・・・欲望を完全否定し、進は修学旅行の準備に取り掛かるのだった。



「次回は私とおミツさんが何故、玄内家に来る事になったのかを特別投稿!」


座敷童子が進の横で叫びだした。


「するなっ!ってか、そんな長い話を唐突にぶつけるな!」


「だってぇ~~!私たちの出番がぁ~!」


「少しくらい我慢しろっ!」



二章「百鬼夜行?あの、カーニバルみたいなやつだよね?」完

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