3.深き因縁?

ピンポーン。


状況とは不相応なサウンドだ。


膠着こうちゃく状態が二人と一体の中で続く。


「なぁ、進、このままだったらお前のとこの座敷童子ちゃんが出てくるんじゃねーの?」


あの図体が座敷童子に攻撃でもしたら、あの小さく幼い身体は軽くねじ曲がることだろう。


「はっ・・・!」


扉が開くのと同じタイミングで進の身体が動いていた。


しかし、幼馴染の可憐道家の一人娘である沙由香のように武術に特化していない。そのため、武器の一切ない接近戦で戦闘力の計り知れぬ相手とやり合うのは避けておくべきだ。その思考が今の進に適応されればの話だが。


扉が開いた、そこには座敷童子が丁寧にお辞儀をする。


進が護符をカバンから取り出し、詠唱しながら巨体に走る。


「呪、印を結びしものより哀れな者の動きよ」


護符が天空を滑り、巨体の周囲に配置される前に首なしの妖怪がその図体に似合わぬ速さで太い脚を折り曲げる。バネのように跳躍した。


巨体は軽く塀を越えて、庭に降りる。


玄内家は可憐道家と塀を挟んでも、すぐ近くに建てられているが反対側には幅の広い庭がある。

基本的には儀式や鍛錬で使用されていた。現在は雑草は生えぬもガラリとしていて、蔵だけが一棟、庭の角に構えてあるだけだった。


ドスリと巨大な胴から伸びた無骨な両脚で着地する音が響く。


座敷童子の前を駆け抜け、庭に出る。


ーーー速い!


脚力、腕力、共に今まで進が相手をしてきた妖怪達とは比にならない。


頭がブツ切れた首が周囲を見渡すように回る。


進は覚悟を決めて巨体の前に立ちはだかる。


「俺が第25代目玄内家当主だ!お前の目的は何だ!」


進の問いに一瞬だけ、動きを止めるが再び庭を上から見渡す。


「おい!」


進がもう一度だけ意思疎通を図るが次は、沈黙では無かった。


進に向かって勢いよく、拳を打たれた。


巨体のその全身から煙が湧いて出る。


一人、電柱の影に置いていかれていた光魔が進に追いついて叫ぶ。


「そいつが身に纏う煙は・・・妖気だ!それだけの妖力を持つ相手だ!手抜くとーーー死ぬぞ!」


進に自称狐とはやし立てられる光魔も、妖狐らしく青白い狐火が口から漏れだしている。


進の寸分の狂いもない拳の一撃をギリギリで避ける。


「光魔!反撃の余地も無いぞ!」


「進、大口叩いてたくせに、一発も食らわせられねーのかよ!」


光魔が 不敵な笑みで、片手には炎の塊を手の上に浮かばせ、勢いをつけて大きな的に当てる。


激しい爆発音が響くが爆煙を突っ切り、大きな腕が光魔を薙ぎ払う。


「ぐはっ」


光魔がビー玉のように弾け飛ばされる。


「何だよ!口だけなのはお前もじゃんか!」


「呪、我が力を持って目の前に立ちはだかろう脅威に敵意を持って相殺する」


詠唱を唱えると、進の周囲を十数枚の護符が舞い、進の身体がその巨体を越えれる程の高さまで弾んだ。


「うおおおおおおぉ!」


その内の三枚が進の右腕に張り付くと、重力のままに進の掌が巨体の片腕を押した。


四方八方から光の板が巨体の片腕に突き刺さる。


光魔も、再び最大火力で火の塊をぶつける。


片腕が固定され、光魔の火の塊が命中したことによって巨体は音をたてて尻もちをつく。


しかし、多数刺さっていた光の板もガラスが割れる如く砕け散り、光魔の炎すら、まるで効いていない。


再び、溢れ出すばかりの煙が巨体を覆い、立ち上がると妖気の煙が噴出し進と光魔に浴びさせられて視界が塞がれた。


「マジかよ」


進が半分、絶望を予感する。


「こりゃあ、力不足か」


光魔は先ほどの傷が痛むのか、口元から血が滲んでいる。


妖気の煙から巨体の腕が伸びて、目で追えぬ速さで進が掴み上げられる。


進はなすすべの無い遣るせ無さで息が詰まる。


すると、何処からともなく座敷童子が本人と同じ位のサイズの箱を頭上に持ち上げながら一生懸命走ってくる。重たいのか少々左右に揺れている。


「来るなーーーー!」


進は我が身より座敷童子を心配した。


それでも、座敷童子は頬を真っ赤にして走って来る。


ーーー何でだよ!座敷童子・・・近寄るな!


座敷童子が進を持ち上げる巨大な妖怪の前にその箱を置く。


箱に反応でもしたかのように、進を地面に落とし、箱に興味を示したように箱によく近づいて、正八角形の木製の箱の上部のみを二本の指で砕き破壊する。


箱の中から護符まみれの塊がゴロリと出てきた。


その護符が風に吹かれて灰になり、謎の塊だけが残った。


その塊を鷲掴み、持ち上げ、首から上が妖気の煙を再び噴射されて巨体を包み込んだ。


進が今の隙にと、座敷童子を傍らに抱えて急いで距離を置いた。


巨大な妖怪から連続してSLの吹き出す蒸気の勢いを思わせるような、妖気の煙が庭一帯を埋め尽くした。


進は座敷童子を庇って上に被さった。


光魔はてのひらから炎を噴射させて周囲を囲っていた煙を払う。


煙が徐々に引いていくと、そこには進と頭一個分大きい人影が浮かび上がった。


今まで戦闘行為をしていた相手をずっと見上げていたせいか、ほぼ等身大にもなると妖怪っぽさが多少欠ける。


煙が全て遠のく。


そこには、僧の着る黒小袖に草鞋わらじを履いた鬼が立っていた。


「鬼?」


鬼とおぼしき姿を一目見るだけで、進から殺気が溢れる。


「鬼とは失敬なガキではないか。しかし、先ほどお主は何と言った?二十五代目などと言いおったな」


「そうだ。さっきも言ったが、俺は第二十五代目玄内家当主の玄内 進だ」


それを聞いて、少し考える素振りを見せると鬼ではない黒小袖を着た妖怪は、軽い溜息をついた。


「ガキはもう良い、私は500年を経て旧友ーーー玄内 虎千代から首を奪回しに参ったのだ」


「玄内・・・虎千代?」


進の知らない名前だ。しかし、状況から判断するに座敷童子が先ほど運んできた箱の中からゴロリと落ちたのは黒小袖の妖怪の頭部らしい。それは何代目かは知らないが、歴代玄内家当主である玄内虎千代という者に奪われ、返しに貰いにきたのだと進は解釈した。


ーーーしかし、五百年前の約束となると・・・どうしたものか。


すると、人が居ないトイレが唐突にバタリと勢いよく開いた。


「誰も居ないのに扉が開くとは、面妖な!」


お前が言うか。と進が面妖な存在に言葉を発さずにツッコミをいれると、待っていましたと言わんばかりにトイレの地縛霊こと、ミツが数分前まで殺伐とした雰囲気だった場所に対する態度とは思えないウインクをした後に、前に指を立てて注目をあおった。


「進~~!五百年前、それは大体、玄内家十八代目当主玄内虎千代の時代よーー」


相変わらずの態度に光魔すら苦笑いをする。


「お前のとこの妖怪って、本当に個性煌きらめくよな」


「光魔・・・お前がそれを言うか」


便所の女、お前は虎千代を知っているのか」


「見越し入道、あんたも見た目に似合わず純粋ね」


口調を進に向ける甘々な声を、真面目な平坦なものに変えてミツは見越し入道を見る。


「寝すぎて人の寿命、忘れたのかしら?」


「私を侮辱するのか、格下幽霊。四十から六十程度であろう!」


「そうか、見越し入道さんが玄内虎千代と何かの約束した頃の人の平均寿命は今よりも短いから」


「待て小僧!虎千代と約束した頃はそうであったのだ。今は知らん。興味も無いわ!だが、彼奴あやつはお前と同じ封化師であったのだろう。封化師の寿命は普通の人の子よりも長いはずだろう。何より、彼奴は我との約束を守らなかったことなど無いぞ!」


黒小袖の妖怪ーーー見越し入道は驚いたように、現実を信じたく無いかのようにミツに視線を向けた。


「見越し入道、残念だけど虎千代は私が玄内家ここに来る以前の当主だから、私が何か言伝ことずてを預かっているわけではないのよ」


「しかし、それは、しょうがない事象であろう。彼奴が私の首を奪って、五百年経ったら返すと言っていたのを私は記憶している。今でも昨日のことのように鮮明に覚えているのだ」


冷静に訴える見越し入道に向かって光魔が訊く。


「黒小袖のおっさん、あんた、途中から分かっていたんじゃないのか?虎千代がもう、死んでると」


光魔は見越し入道に更に問うた。


「頭が無くとも、それ以外の情報で認識は出来たはずだ。それでも、進を、掴み上げたのはなぜだ?」


一瞬、間をあけて見越し入道は答えた。


「懐かしい封化師の力だったのだ。何百年経ても覚えている、頭が無くとも気配で理解ができる。彼奴の発する封化師の力。それに合致しなくとも、そこの小僧の力が似ていた。とぼけてしまいたかったが、こうもハッキリと死んだと理解させられてしまうと、あまりにも悲しすぎるではないか」


気づくと座敷童子が姿を消していた。


その座敷童子がまたもや、何かを持って来た。庭の角にある蔵から持って来たのだろう。無駄に広い庭から何百年も、姿を変えずに建ててある蔵には、あらゆる資料がしまい込まれていた。


「見越し入道様の首が入っていた箱の横に、しっかりと置かれておりました!」


その手には、古ぼけた巻物がある。


見越し入道が丁寧にありがとうと礼をすると、小さくて華奢な手から、一筋の希望を抱いて、その巻物を頂戴した。


「宜しければ、俺たちにも見せてくれませんか?」


光魔が、やるせない表情の進の代わりに言ってくれた。


「二十五代目よ。虎千代を知らないのであったな。よかろう、お前の立派な遠き先代の事を知れる良き機会だろう」


***


見越し入道は日が落ちる前には帰って行った。


「なんかさぁー、先代の当主って、みんな凄いよなぁ。五百年経っても妖怪と強固な友情が続いているんだもんな」


畳に仰向けになり進は天井を仰いだ。


「進さんがそんな事を口にするなんて珍しいですね。いつも、夜回りの事と鬼に対する復讐心でメラメラしている風なのに」


畳をグルグルと回って進の腕の上に頭を置いて座敷童子も同じ天井を見つめる。


「座敷童子、俺って、そんな感じ?」


進は首を傾げる。その質問に答えないで座敷童子は徐々に進に密着する。


「でも、私たちは五百年だろうと、数千年だろうと、進さんの事が大好きですよ!」


腕の上を転がって進にハグしようと座敷童子が半回転しかけた瞬間、進のスマホがブーブーと鳴り響き、進が姿勢を変えた為に座敷童子のハグが阻止された。


「あわっわ~~」


画面を見るとあからさまに、市外局番も無い四が連続する番号から電話が来た。


「うわ~~、出たくねー」


進は苦笑いしてから着信拒否の画面上の赤いボタンを押そうとした瞬間、声がスピーカーモードに切り替わってミツの声が聞こえて来た。


「進、私の電話に着信拒否しようとしたでしょ?折角、いい事呟いてあげようと思ったのに!」


スピーカーモードが切り替わり進は耳元にスマホを近づけた。


「何だよ?」


『フーーーーッ。アイラブユー』


進はミツの唐突の立体音響にビクンと体を震わせた。


「切るぞ」


「あーー、そうじゃ無いの!そうじゃ無いの!あのね、私、虎千代って当主の事、知らないの。」


進はミツが言いたい事がイマイチ理解できなかった。


「それって、ミツが来る前の代だったから知らないのは当たり前って事じゃなかったのか?」


「いいえ、私は毎当主から全ての代の当主について話を聞かされています。でも、毎回聞くから全当主の話を飽きる程に聞かされて嫌でも記憶に残るの。でも、虎千代なんてあまり印象に無いのよね」


「要するに?」


「虎千代って人は大した事が無いってこと。でも、進はそれ以下ってことよ」


それを聞いて座敷童子と進は二人で吹いた。


「でも、私たちは毎日進が頑張っている事を知っている。事件が起こって名が残る方法も無きにしもあらずだけど。無いに越した事はない。ただ、このままじゃダメだって事。私は何代も玄内家に仕えて来たから分かるの」


進はミツの言うことも一理あると考えた。確かに、それなりの出来事があれば名声も高くなる。しかし、昔と違って人と妖怪の類との距離は近くはない。そんな時代で事件でも起これば死者多数の大虐殺が起こりかねない。しかし、進自身も現在の実力では、このままではいけないと思っていた。



しかし、九月は爽やかな風と共に、彼に難題を突きつける。




『敬具。見越し入道殿、このふみをその目で見ているということは、五百年経ってしまったのだな。もっと言えば、玄内家はまだ五百年の時を何とか乗り越える事が出来たのだな。それは、何よりも喜ばしいことだ。直接、頭をお返し出来なかったことは誠に申し訳ない。しかし、五百年だぞ。さすがのわしも生きちゃいないさ。お主にとっては、五百年なんぞあっという間だっただろう。見越し入道、案外、首のない生活も一興だったであろう。見越されたら、巨大化するのであれば首なんぞ取ってしまえと、お主にかけた儂の術が五百年保ってくれて良かった。日々のお主との術比べ、楽しかったぞ。しかし、儂はこれから人の子に殺される。お主がいる間にこの場所が攻められたら、巻き込んでしまうと思ったのだが、約束を守る性格のお主のことだ。山かどこかに身を潜め、のんびりしてくれる事だろうと心配はしていない。玄内家の現当主に何かあった時は、手を貸してやってくれ。ー五百年経っても敬愛するお主の親友より』

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