4.男を食い物にしてきた女

金曜のチャイムが、学生達の1週間最後の授業の終わりを告げる。


「終わった~~!」


玄内 げんない すすむも大きく伸びをした。

すると、狐の少年愛弦 光魔あいげん こうまと樟葉 真帆くずのは まほが進を光の速さで冷やかし出した。


「ねぇねぇ、進くん。沙由香と仲直りできたんだね。」


「進きゅ~ん!進きゅ~ん!どうしちゃったの~?大好きな沙由香ちゃんとラブラブできて良かったでちゅね~!」


「樟葉さん、まぁ、仲直りってほどのことじゃないですよー。そして、光魔!お前はくたばれ!」


可憐道 沙由香(かれんどう さゆか)は進の妖怪への甘さを受け入れ、そして、自分のことも昔と変わらず考えてくれている事を確認することに成功したのだ。進も関係修復に安堵し、また昔のように仲良く出来る事に嬉しさを覚えていた。


「進くん、今夜も頑張ろうね。」


そんな、バカをやっている3人の前に元気よく沙由香が進にラブコールを唱える。


微かに、周囲の何人かがざわめき出した。「あの2人って…。」「え、何言ってんの。」周りに軽蔑の眼差しによって串刺しにされながら、進は必死に誤解を解くべき否定の声をあげるが沙由香によって無効化される。


「あっ、ごめん。皆んなの前でこんな事言っちゃダメだよね!ごめん進くん!」


さらに周囲が、ざわめき出し終いには天を仰ぐ男子生徒まで現れるしまつだ。


「あっ、進、今日もちょっと帰り寄りたいんだけどいいよな?」


この状況に一切足を取られず冷静沈着に光魔は進に質問してきた。


「分かったけど、この状況で言うことかそれは!」


平和なクラスだとしみじみ思う、クラス担任が涙をほろり。



進と光魔は2人ともどこの部活にも、所属はしていない。っていうか、そんな暇は普段ない。進は放課後、大抵どっかの飲食店で悪い妖怪退治の情報を光魔から仕入れたり、金に余裕が無くなってきたら光魔と進の片方の家で話し合ったりする。本当に仲の慎ましい男子高校生どもだ。進の家は、現在保護者のいない事になるためトイレのミツの名前を適当に文字って、役所には身元引き受け人として出してある。

金銭は国からの負担と父親の親戚から、月々振り込まれるようになっており約10年間それは継続されている。


「今日は、いつもの麺類の店じゃないんだな。」


進は意外そうに光魔に聞く。


「ここの、パンケーキは美味しいだぜ。進く~ん。」


「随分、お洒落な雰囲気だけどお前もこう言うところ来るんだな。」


「まぁまぁ、入れよ。」


進は木製のドアを開けると、カランカラーンと気持ちの良いベルの音が明るい店内を鳴り響いた。とても静かで居心地の良い店だ。すると、可愛らしいフリフリのスカートに緑色のエプロンを身にまとったショートが軽いウェーブのかかった髪に可愛い衣装がよく似合う進たちとそれほど年齢の変わらないガーールに愛想よく迎えられた。


進と光魔は角の席に座ると、光魔は進に顔を近づけてこう一言言い放った。



「あの店員さん。ナイスバディでチョー可愛くね?」


「確かに綺麗だとは思うけどお前って、ああいう人がタイプだったっけ?」


「すいませ~ん、アイスコーヒー2つと美妃ちゃんのオススメのパンケーキ2つお願いしまーす!」


光魔は進の問いをガン無視する。


「はぁ~~い。少々、お待ちくださぁーい。」


その美妃ちゃんとやらは、ニコリと微笑むと店のカウンターの中にある暖簾のれんをくぐって中に入って行った。


「お前はあの可愛らしい格好をした胸の大きい美妃ちゃんに会いたいが為だけに、俺をこの喫茶店に連れてきたわけですか。」


「美乳と言ってくれ!」


「黙れ発情期キツネ、マジでお前を封印してやろうか。」


「本当に可愛いと思う!」


光魔の様子に進は意外と感じていた。


「光魔は、樟葉さんが好きなんだとばかり俺は思っていたんだが。」


「進って本当に鈍いよな。」


「は?」


「真帆は、他のクラスに好きなやつがいるぜ。」


その時、暖簾から美妃がコーヒーとパンケーキをせっせと持って出てきた。


「光魔さん。いつもご利用ありがとうございますね。」


「名前覚えてくれたんだ~。ありがと~。」


光魔は上機嫌に美妃と会話する。


「いつものアイスコーヒーと、オススメのパンケーキです。」


美妃の持ってきたパンケーキは、バニラアイスがセンターを陣取りキラキラ光るキャラメルソースが自由に交差されている。


「確かにオススメだけあって美味いね。」


「だろう、美味しいよな!進きゅん!」


美妃が嬉しそうにクスリと微笑む。進はパンケーキを頬張る。


カランカランと入ってきた時と同じ音を鳴らしてドアを閉めた。進と光魔は巨乳改めて美乳の、いや、そういうのは良くない、可愛いメイドの美妃のいる喫茶店を後にした。


その帰り道、光魔は進にいつものように悪い妖怪や成仏できていない幽霊に関する調査報告をした。


「今回、得た情報は1つしか無い。俺の部下がこの町の中央にある神社の鳥居の前で全滅していたってことだけだ。」


「全滅?光魔のとこの部下って黒スーツの化け狐どもだよな、あいつらが全員やられるってどういう事だよ。」


「全治3ヶ月ってトコらしい。」


「まぁ、生きてて良かったというべきかもしれないけど。」


「進、お前も気をつけろよ。」


「おう、分かった。」


そういうと、光魔は突然走りだして塀の上に跳ぶとアクロバットに家の屋根へと移って颯爽さっそうと走って行った。


「ああいうの見たら、あいつも人じゃないんだよな。」


分かっているが、たまに分からなくなる。狐に化かされているかのように、実際は化かされているというのも間違いとは言いきれない部分もある。


すると、雨が降ってきた。


「天気予報じゃ、晴れだって言ってたのに…。」


前から突如、着物姿の傘を差した女が姿を現し進を自分の傘に進の体を入れてきた。


「良かったら、近くまでご一緒にどうですか?」


「あっ、えっと…はい。」


女は髪に雫を垂らしながら艶やかに微笑むと、進の肩に頭を当ててきた。雨音の中に女の息遣いと歩く靴の音のみが進の耳を支配した。いつの時代の映画だよ!

進は普段多く、家でも外でも女の子が周りに存在しているというのに、雨に髪を濡らして着物の胸の部分が少し空いた大人の色気には完敗した。トイレの地縛霊ミツも負けず劣らずの色気を持っているのかもしれないが、幼少期からの慣れというやつで、進にとってはそれほど色気を感じなくなってしまったため新鮮な女の妖艶さに圧倒されてしまっている。


「私、あなたみたいな雰囲気の男の子に弱いのよね。」


色々な意味でヤバそうな言葉だ。男なら誰しもが至近距離で言われたい言葉のベスト50には入っているだろう、その言葉に進は直でダメージを負った。


「私の家、この近く何だけど寄って行きませんか?」


なんなんだ、この女は。平常心であれば進はそう思うはずだ。しかし、今は平常心とはかけ離れている。むしろ、さっきまで光魔のデレデレを見ていて軽く呆れていた心の進にとって光魔を小馬鹿には出来そうにも無くなりつつある。多くの甘い何かに身体の芯まで突き刺ささっている。このままでは色んな意味でヤバイと思い進は逃げに出ようとした。が、無駄だった。


「俺の家、すぐ近くなんで。」


「じゃあ、送らせてください。」


「いや、そんな、いけませんよ。そんな。」


なんだかんだ言っている間に、進のデカイ家に着く。木製かコンクリートか何度も壊れているせいで、イマイチあべこべに分からなくなっている塀が進の家と庭をグルリと囲むように建っている。ザ・日本家屋といった感じだ。


「素敵なお家ですね。進さん。」


「いや、デカイだけの家ですよ。」


「今度、きっとお邪魔させて下さいね。」


「傘のお礼もしたいし、ぜひ、来て下さい。」


見た目よりもずっと軽いドアを開けて進は、妖艶な女と別れを告げた。そして、家の玄関のドアを開けた。


ドアを閉めた瞬間、進の動きが止まった。それは、欲情しているわけではない。


そして、冷静に1人呟くのだ。太陽の光が窓から射す。


「雨なんか、降ってない。俺は、名前を言ってない。あの、着物の内側に包み込まれた濃密な妖気は。」


進は、そこそこ上手い敬語を駆使しながら、表情に出さないように心がけつつ真剣に脳に血液を送っていた。


「まぁ、悪い妖怪じゃなさそうだし、美人だったから、まぁ、心配ないな。」


そこが進の抜けている部分なのかもしれない。妖怪と人を区別する事なく接する進の甘さ。甘さを抜く事のできない甘さ。美人に弱いという男のサガ。妖怪で美人なのは多いし、要注意すべき点なのだ。


「進さん!誰ですか?さっきの美人さんは!!」


「あーー、あれはーー、そのぉー、傘に入れてくれて・・・。」


「怪しいですよ。あの美人に言い寄られたんですか?そうなんですか?」


座敷童子が頬を少し膨らませて進に迫る。


「私という妹がいながらー!」


「いやいやいや、誤解だから。ってか、いつ妹設定追加したんだよ!」


あの長い廊下に出た。座敷童子が小さい手をブンブンしながら進を追いやる。すると、トイレが1人でに開く。ミツが手招きをしている。進はとっさにトイレに逃げ込んだ。進はトイレの地縛霊ミツに珍しく礼を言う。


「はぁはぁ、助かったよミツ。」


しかし、ミツは進の希望を良いように裏切った。


「美人ならここにいますけど?」


***


その次の日の早朝、知らない妖怪と安易に仲良くし過ぎるなと珍しく息があったように座敷童子とミツにあの後、こっ酷くお説教をされた進は人が変わったように縁側の前で木刀を振るっていた。それを見て座敷童子は目をキラキラさせている。


「昨日、怒っちゃったけどやっぱり、たくましいです!進さん!」


進は何回も木刀を振り、息を切らしながらその手を止めない。戦闘特訓用に動く刀の相手をしてくれるブリキ人形と、50分近く休まず木刀を打ち合っている。その眼光はいつもより鋭い。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」


進の木刀がブリキ人形の頭部をクリティカルヒットしたのだ。

その瞬間、進も体力に限界を迎え地面に倒れこんだ。訓練用ブリキ人形は、進が動かしている。というのも、進が常に封化師の力をブリキ人形に送っているのだ。その為、進には刀を動かすのと2つの力を同時に使う。結果とんでもないくらい疲れる。

座敷童子は、あっ!と何かに気がついたようにタオルを持って立ち上がると、進に駆け寄る。


「進先輩、今日もお疲れ様です。いつもかっこいいですね。」


「あっ、ありがとう。」


進は不覚にも、ときめいている。帰宅部の進にとって、先輩と呼ばれるのは新鮮で弱かった。座敷童子の可愛い後輩作戦が功を奏した。


すると、トイレのドアがひとりでに開く。いや、ひとりでになど開くわけがない。


「進く~ん顧問のミツがご褒美あ・げ・る。」


昨日、歳上の女に言い寄られたと聞き、それを意識したせいか何かよく分からない感じになっている。


「そんな顧問いねーよ!それに、ハツラツとしている所がミツの良いところじゃないのか?」


ミツはキャッと言って顔を赤くしてドアをバタンと閉めた。


「あっはっはっ。」


座敷童子と進は2人真顔で苦笑いする。


進が縁側に座るとぴょんと進の膝に何食わぬ顔で座敷童子が座った。


「おい、汗かいてるから。」


進が言うが今回の座敷童子は積極的だ。


「そんなの関係ないよ。セーンパイ。あっ、お兄ちゃんの方が良いのかな?」


進は座敷童子よ、あざと過ぎるぞと思った。


「そうか!母さんの少女漫画読んだんだな。」


「本当にアレ、役に立ったよー。」


進の母は、若い頃から少女漫画にハマっていて今も親の2人の寝室に置きっぱなしになっていた。


「じゃあ、俺戻るわ。」


そう言って、座敷童子を縁側に座らせると頭を撫でてからまた木刀を握って神経を集中させた。


『俺はもう何も失いたくない。全部俺が守ってみせる。』


進はさっきよりも早く、木刀を雷の如く走らせた。


3本打ってからブリキ人形は塀まで飛んでいき倒れこんだ。


はぁー、と進が息を漏らした瞬間、空から女が降ってきた。決して学園ラブコメ的な例のアレではない。女は殺気を引き連れてとんでもない速さで進の目の前に着地し、玄内 進の木刀の上に和傘の先をぶつけてきた。


「進さん、お邪魔に参りましたよ。」


とっさに瞬発的に進は木刀を横振りしたが、進の木刀は空気を切った。


宙返りして綺麗に着地すると女は言い放った。


「さすが、進さん。封化師として玄内家は呪符を用いた戦闘を得意としているなか、近距離戦闘が弱い部分があります。それを思わせないくらい近距離戦闘が得意だなんて。」


昨日の相合傘女は地面を蹴ってグワッと進に近づく。進は傘の先端が丸くなっていることに気づき、両手で守りの態勢に入るがその両手ごと進は軽く飛ばされた。進は両手の手首から肘にかけてに苦痛を感じて顔を曇らせた。


「ぐっ。」


「痛いですか?当たり前です。私の傘の先には鉄球が付いてるのだから。」


「あなたは、進さんに言い寄ってきた、破廉恥女はれんちおんな!」


戦闘の空気をよく分からなくした座敷童子の大きな一言だった。




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