3.君のそばにいたい

夜が明けて、また朝が来る。沙由香と帰る場所が違えども2人とも生きて帰って来れたことだけで進は一晩よく眠れる。しかし、進の弱点は眠りが深過ぎることだった。


可憐道沙由香かれんどうさゆかの1日は幼馴染の玄内進げんないすすむこと凄腕だったらしい平安時代からなる封化師一族の25代目の朝ご飯を作り、持って行くことから始まる。沙由香と進の両親は10年前に亡くなった。その直後は、進は一切ゼリー飲料やら栄養補助食品で全食を終わらせていた。それを見かねて沙由香と可憐道家の式神たちが心配になって1日3食分作るようになったのが始まりだった。進も沙由香の作ったご飯を拒否するわけにもいかず、しぶしぶ食べていた。しかし、進にも考えていることがあり沙由香の家で沙由香と一緒に食べることで少しでも沙由香の気持ちが明るくなればと思い、たわいもない話や笑わせようとしたり2人は7歳からの残酷な現実に小さな手を取り合って受け入れようとしていた。

しかし、進が沙由香の家を行き来するのも11歳の時で止まったのだ。


放課後、沙由香の家の扉の前でメデゥーサに石にされたかごとく1人の少年が棒立ちになってそこから動けないでいた。


「・・・。」


大きな家の高校2年生で気難しい時期のお隣さん。進だった。今日、沙由香は学校を体調不調で休んだ。いや、毎晩多種多様な妖怪達を相手にしている封化師が風邪の菌ごときに負けるわけが無いのだが。


「風邪にしては流暢りゅうちょうに朝ご飯を作ってくれたもんだよ。」


進は1人呟くのだ。すると、背後から黒い着物を着たツインテールのよく似合う女が進の肩を叩いた。


「沙由香様に何かご用件でしょうか?」


あまりにも流暢な口調に進はかしこまった態度で振り返る。


「あっ、どうも。」


黒い着物には、淡い色の蝶が刺繍されている。その蝶は今にでも羽ばたいていきそうだ。


「お久しぶりですね。あなたがそこの仕切りをまたぐのは何年ぶりでしょうか。」


落ち着き払っている。その時、可憐道家のドアが開き可憐道家の女当主が顔を出した。


「ねぇー、黒蝶くろちょうー。おつかい済んだー?」


「可憐道家代々の式神を何ちゅう使い方してるんだよ!」


思わず進は口を出さずにはいられなくなった。


「玄内くん、何?」


あんたこそ何そこで突っ立ってんのという口ぶりである。


「いや、その、俺は…。」


「見舞いにまいったようですよ。」


予想にもしていなかった黒蝶からの助け舟だった。


「あんただって、私が体調不良なんかになるとでも思ってるわけ?」


「見舞いに来てくださった方に対する態度では無いですよ。」


黒蝶にしては珍しかった。可憐道家の式神は、仕える時間が長い者ほど玄内家をよく思わない。


「見舞いに参った方に見舞われずに門前払いするような可憐道家の女当主としてあるまじき・・・。」


進は黒蝶のナイスアシストに悶絶しながら一応見舞いということで持って来た、苺大福を渡した。

沙由香に直接渡したかったが目の前にいるのに進には5メートルほど距離があるように感じている。黒蝶に手渡して、そそくさ隣の自分の家に帰ろうとすると沙由香が突然進を引き止めた。


「入りなさいよ。」


一言、その一言に進はまた固まりそうになった。

そして、気づいたら沙由香の部屋の可愛らしいカーペットの上に座っていた。


進は沙由香に言われるがまま玄関に入り、丁寧に収納されている靴の並ぶ靴箱の1番下段にそっと靴を入れて可憐道家の久しぶりに玄内家とは全く違う現代的な造りの家に緊張している。いや、久しぶりに可憐道家の仕切りをまたいだ事に緊張しているのだ。進にとってそれはチャンスかもしれないと思い出したのは黒蝶が沙由香の部屋にお茶を持って来てからのことだった。


「お茶をお持ちしました。」


「あっ、ありがとうございます。」


「ごゆっくり。」


自分で進を招かせときながら、黒蝶はすぐに失せる。進は沙由香がなぜ自分に冷たくなったのか、避けるようになったのか、知るための最初で最後の機会かもしれないと思い緊張などしてられないと息を吸い込む。高校生男子には高校女子の部屋の香りは刺激が強すぎた。色々なものによって進は咳こそ出ないが咽せた。これがいわゆる、JKの部屋ってやつなのか!?と悶絶する。沙由香は難題をテトリスのように進の上へ落とすのだ。


「玄内くんは、甘いよね。いつかその甘さが自分の首を絞めていくんだよ。」


「玄内くん、私たちの親の仇、妖怪と馴れ合わないでよ。」


沙由香は決して進を直視しないで、薄いピンク色の棚の上の白イルカのぬいぐるみの方を向きながら呟く。沙由香の本心なのか、本心にしては気の抜け過ぎた声色である。


「沙由香、昔よりも案外女子高生らしい、可愛い部屋なんだな。」


「え?」


進は自分が何を考えていたのか分からなくなり混乱の渦の真ん中に1人立たされていた。質問の内容は理解していた。それについて考え、いざ言おうとした瞬間渦に飲み込まれたのだ。


「玄内くん、聞いてた?」


「うん、うん!」


「じゃあ、もう一度だけ答えてみようか。」


進は遠くを見据えて沙由香の想いを傷を憎しみに向かい合うため力を込めた。


「俺さぁ、沙由香の想いも分かっていたんだ。一緒にいて、もっと沙由香の事を内面からでも守ってあげられなかった自分が憎い。あの時、俺にもっと力があって退治に着いて行ってお前の両親を守っていられたらって。」


傲慢ごうまん。」


ただ一言沙由香は呟く。


「傲慢なんかじゃねーよ。」


「でも、俺は退治の遠征先で何があったのか気になる。俺と沙由香の親に何があったのか。」


「その為にも俺は、親父みたいに仲間から、封化師達から、そして妖怪達からも慕われるような封化師になりたいんだよ。」


「うん。」


首を上下にゆっくりと動かして沙由香は頷く。


「それに、いつか妖怪とも仲良くしてたら俺らの親に何があったのか知ってるやつに出会えるかも知れないんだぜ?」


「だから、また俺と一緒に戦ってくれないか?妖怪退治の時だけじゃなくて、人生の荒波ってやつともさ。」


恥ずかしそうに笑いながらも進の温もりに、沙由香は心が少し楽になった気がした。


「でも、、、進くんは、、、やっぱり甘いよ。」


下をうつむきながら想いのまま口を動かす。


「だから、私が進くんが甘くてもいいくらい強くなる。」


真剣に向けられた進への眼差しは、いつもの冷たいものではなかった。そして、綺麗に結ばれているポニーテールを解く。


「進くん、これからもよろしくね。」


久しぶりの沙由香の笑顔だ。進と沙由香はお互いの事をしっかり見て感じていた。


「あっ、ちょっとトイレ借りるわ。」


照れ隠しにしてはありふれた動作だが、ガチで我慢していたらしい。部屋を出てドアを閉めた横に黒蝶が、壁にかかり、真っ白なハンカチで涙を拭いていた。

その、ツインテール女に(以前、触角かと聞いたら、殺されそうになったのでもう絶対に言わないと心に決めている)進は目を合わして心から感謝した。だが、急いでトイレまで駆け足で走った。


その頃、沙由香はベットに座り倒れて頬に手を当てた。


「女子高生らしい可愛い部屋か。」


「やっぱり、進くん。変わってなかった。大好きだよ進・・・くん。」


沙由香自身もそこまで妖怪に対して物凄く嫌いというわけでは本当はなく、困っている子供の幽霊を成仏させたり路頭に迷っている付喪神の相談に乗ったりもする。勿論、人に害をなす魑魅魍魎の類には容赦なく斬りつける。沙由香が本当に気に入らないのは進が妖怪に振り回されることである。簡単に言えば焼きもちである。しかし、沙由香が妬いていることになど気づくわけもなく、進はとんでもない状況に沙由香が落ちいっているのではないかと感じとってしまっていたのだ。それに、沙由香も後に引けなくなってしまい幼馴染同士の痴話喧嘩は続いていた。いや、今をもって終わったのだ。


部屋のドアの横に寄せて立っていた黒蝶に沙由香が声をかけた。


「黒蝶、ありがとね。」


沙由香の満面の笑みに黒蝶はまだ真っ赤の目をこすりながら「良かったですね。」と返すのだった。


沙由香の部屋に戻った進は、そこそこ丁寧に手を拭くと沙由香の前に立つ。真剣な表情だ。


「進くん?」


そのもま、進は沙由香に迫る。そして、ベットのヘリまで迫る。勢いで沙由香も後ずさり、ベットに倒れこみ進は沙由香の肩の上に手を当て、そのまま押し倒す状況で沙由香の頭を優しく撫でた、、、妄想に沙由香は溺れていた。


しかし、あらぬ事に壁に押し付けられ頭を軽くポンポンと叩かれて進は距離をとって沙由香に言い放った。


「これじゃあ、当分俺より強くはなれないな。」


無邪気に笑う進に壁に背中をつける沙由香は頬を赤くしながら「バッカじゃないの!」と声をあらがえした。


その夜は、平和だった。夕飯を沙由香と黒蝶と進の3人でカレーを食べた。夜の見回りに行ったが道に迷っている一つ目小僧の道案内をして、酔ったつるべ落としを山まで運び、たまたま成仏できずに彷徨いていた霊を成仏させた。


「こういう、夜もあるんだな。」


「たまには、良いんじゃない?」


沙由香と進は静かな夜道を2人で歩きながら、関係修復に静かに喜んだ。


それと同じくして、女が1人。


緑色の着物を艶やかに回し、神社でスーツ姿の男達に囲まれていた。状況は多勢に無勢だ。しかし、女は余裕だ。日本傘を開き色目仕掛けにスーツの男たちを嘲笑う。


スーツの男たちが一斉に戦闘に入った瞬間、女は傘を閉じバサッと音を立てて閉めた。


数分後、進の自称親友の狐、光魔は自分の部下ののびた状況に顔を曇らせた。


「さすが、絵本百物語に語られる妖怪。飛縁魔ひのえんまだけはあるな。」


「厄介だぜ、進。」


8月末の夜はまだ暑い。

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