2.2話目にしてやっと戦闘らしいことしてるな

まだ、親が2人とも生きていた頃、玄内進げんない すすむが5歳の時。深夜2時をまわる頃、進は廊下に出た。自分の寝ている部屋から襖を開き、なぜ5歳の進が立ち上がったのか。理由はただ1つだった。便所に行きたくなったのだ。普通、両親を起こすのが一般的なのかもしれないがトイレよりも両親の寝ている部屋は遠かった。というのも、進の住む家は大きいのは確かなのだが平屋が増築とリフォームを繰り返され続けてどんどん大きくなっていったらしく、その証拠に畳があったりフローリングの部屋があったりとあげくのはてに平屋だったのに2階まであるなどと、とんでもない造りになっていた。その為、両親の寝ている部屋はなぜか二階であった。そして、進の部屋は襖を開けたら縁側が目の前にある。夜の為、外との境の障子は閉まっているのだが、やはり月明かりに照らされた縁側はとても長く5歳の進にとっては、ひたすら続く街灯の少ないアメリカの荒野に一本敷かれる道路に見えていたことだろう。


「漏らすわけにもいかないし、行くしかないよね。」


5歳の進は、呟くとゆっくりミシミシといわせる木製の廊下を一歩ずつ進んでいくのだった。

進が縁側を歩くとここぞとばかりに、出てくるヤツらがいた。障子の外が赤くなったのだ。そして、障子からババババッと無数の手が沢山破り飛び出してきた。進は半泣きになって、棒立ちになってしまった。そりゃそうだ。大人でも驚きそうな勢いで無数の手が突然飛び出すのだから、5歳の進には衝撃が凄かったはずだ。すると、1本の手が5歳のサラサラの髪が生える進の頭をポンポンと優しく叩くと他の手とスッと戻ると、面妖な事に破れた障子も元に戻り、影を作って動物の影絵を始めたのだ。犬やフクロウや鳥など沢山の動物の影絵に励まされ進の顔が笑顔になり小さい手で拍手をすると礼をして、歩き過ぎていった。


次は、障子が勢いよく開くと1人の女が井戸からスーッと伸びてきた。進の家には井戸など無いのに滑稽な話である。そして、女が進を意識しながら皿を数え始めた。お菊の皿である。


「1枚~。」


白装束の女を青い光が下から不気味に当たる。

進と目が合い完全に1対1である。口が裂ける勢いでV字になって笑う。


「2枚~。3枚~~。4枚~~。5枚~。」


若き進は最初は怖がっていたが、もうそろそろ飽きてきた。女もそれに気付き始め雑になってきた。


「6、7、8枚~~。」


すると、影からもうそろそろ!と声が聞こえてそれに反応したらしく女が9枚と言い終わった後、


「1枚足りなーーーーい。」


突如女の顔を下から照らすライトが真っ赤になった。そして、さっきよりも形相が怖くなるが、そこで打ち合わせでは皿をパリーーンと割る音を鳴らそうとしたのだろう。思いっきり闇から皿が地面に叩きつけられる。しかし、カツーンと間の抜けた音が鳴った。


「あれ?」


女の怖い顔が固まる。周りもザワザワし出した。

進は女の顔に脈絡もなく怖がるのでこれはこれでいいかと顔で怖がらせるようにかかる。

そして、進の目の前に一瞬で現れると女は何で割れないの~~~?と進に聞く。


「割れたら危ないから、少しのお皿がプラッチック製になったから落としても割れないんだって。」


素直に涙目で進は意外と真面目に語ると女は。


「何か近くで見たらまた背伸びたねぇ~。お姉さん怖かった?怖かった?」


2度も怖いと問われたので進も『うん…。」と答えた。


「そっか、そっか~、怖かったか~!」


上機嫌になったらしく、女は白装束をフリフリさせながらスキップして井戸に戻る。

進もトイレをガマンしていてさっさと行きたかったので、少し早めに走った。一生懸命、ゼンマイ人形のようにちょこちょこと走る姿に周りの色々な姿の半透明だったり浮いていたりする異形な者たちもニコニコして進を見つめたり少しふざけて驚かせたりしている。やっと小さい冒険者は目的地に着くと急いで扉を開いた。そして、トイレを済ますとギュッとさっきと違う薄い色の着物を着た腰まである髪の女がスッと出てきて磁石のように真っ先に、進は抱きついた。優しく女も進の背中を撫ぜる。


「怖かったよぉ。」


涙目で進は女の顔を見る。女、ミツは進の真っ赤な頬に軽くキスをすると優しく進に囁く。


「みんな、進のことが大好きなんだよ。でも、つい怖がらせちゃうだけなんだ。許してあげてね。」


「うん。許すぞ。ミツちゃんも同じお化けだし、ミツちゃんがお化けだから僕、お化け好きだもん。」


涙を拭いて自慢げに話す進にミツは優しくもう1度深く抱きしめた。


午後10時 8月の終わりにしては暑い夜、進はトイレで髪の長い女、ミツに問う。


進は昔の光景が幸せだったあの頃の光景を心の中で浮いてくるものをもう1度沈める。


「今回の妖怪に対して一番効果的な式神、何だと思いますか?」


「そうだなぁ、牛鬼は大きくて凶暴だから動きを止めたり鈍らせる系の式神がいいと思うよ。」


『ありがとうございます。』一言残して去ろうとする進をミツは引っ張り自分の体に抱き寄せる。


そして、進の頬に軽くキスをすると、あの時のように優しく囁く。


「生きて帰ってきてね。」


「当たり前だろ。」


便所の地縛霊なんてふざけてる。ただ、進は思うだけ思うのだ。思うだけで、なぜかとは問わない。便所の扉を開けると1人の少女が目を見開いてプンプンしていた。


「何やってんですか。おミツさんも。密室でいちゃつかないでください。もしかして…若さからのあやまちとかしてないですよね!」


「やってねーーよ!」


「そうよねー。激しいキスくらいよねー。」


ミツのねつ造である。


「激しくねーじゃん!チュッてしてきたくらいだろ。」


進は事実を述べる。


「私も行ってらっしゃいのチュー拒否られているのに、何でおミツさんとはするんですか!」


座敷童子は、ほっぺたを河豚など敵でもないぐらいに膨らました。これから、恐ろしい魑魅魍魎ちみもうりょうの類と戦うというのに能天気な修羅場である。2人の間をスルリと抜けて、玄関まで走る。


「頑張ってねーーー!」


2人は息を合わせて叫ぶ。その声に進は振り返り拳を空に振り上げて応えた。


午後11時進の幼なじみの可憐道沙由香かれんどう さゆかは、結界を張る。張るというより貼る。護符を周囲に貼るのである。沙由香も現代っぽい妖怪との戦闘には似つかぬ地味なパーカーに白の短パンという身なりだ。しかし、進は長い間夜の戦闘時くらいしか沙由香の制服以外の服装を見ない。その為、進は地味な格好を普段からしているのだと解釈していた。パーカーにおさまりきっていない胸の膨らみにも興味が無いようだ。綺麗な素足を晒しながら沙由香も戦闘に備えている。


「沙由香は本当に結界張るの早いよなー。」


「馴れ馴れしくしないでよ。」


相変わらずである。しかし、夜封化師としての義務を果たす時のみは2人はコミュニケーションをとるのだ。学校の何倍も会話を交わす。これが、進の考えるところの腐れ縁である。


しかし、2人の絆は腐ってなどいない。


封化師とは、かつてはその場の地域で担当が決まっていたりした。しかし、今や少子高齢化や10年前の一件により現役の封化師は減るところまで減ったせいで、1人の背負う負担も増えた。その為、善良な妖怪、例えるなら愛弦光魔あいげん こうまのような狐や天狗、物分かりのいいその他のお偉いさんが引き受けている。しかし、手が回りきっていないのが現実であった。そして、1人で複数の式神を操る猛者もいた。だが、それは別の地域の滅多にない話である。その為、進達は苦労が絶えない。


「今晩のうちには、何とかしなくちゃな。」


「二手に別れましょうよ。出現しそうな範囲内には結界張ってるし、いつでも牛鬼を見つけたら発光炎灯すから。」


沙由香が提案した発光炎とは、封化師が能力を使う時の最も微弱な力でも使える道具で自らの居場所を知らせる時などに使われる目印となる物で使ったら天まで届く位の高さまで細い火柱が一瞬上がるという物である。そして、可憐道家が昔発明した物である。


「分かった。気をつけろよ。」


電灯のまばらな暗い道を2人は走り始めた。暗闇での戦闘が背負うリスクが膨大だということがどれだけの物かというのは言うまでも無い話だが。人払いをして、真昼間に相手にするのもキツい部分がある。人払いはあらゆる手段があるが護符では限界があり、それ用の道具も高額で毎日など使ってられない。そして、なぜゆえか被害を加える妖怪は夜に行動を起こす。そして、今回の牛鬼もそうだった。牛鬼うしおには名前の通り頭が牛で体が鬼という訳でも無い。伝承は数多いが体が蜘蛛などの昆虫の形という場合が多いという。そして、今回狐の少年、愛弦 光魔の情報によればすでに一件被害が出ていて、しかも無残なことになっていたそうだ。進にとってはそれを知っている限り、すぐにでも解決しておかなければいけない。

牛鬼は、昔から人を喰らうのを好むためほっといていたら何が起きるか考えたくないところだ。


「沙由香よりは、先に見つけ出さねーと!」


進の足が速くなる。そして、一瞬で進の動きが止まった。音もなく、呼吸も薄くした。バリバリと骨ごと何かを喰らう茶色い巨体が道を塞いでいた。脚は大きな爪のように尖りむき出す。ツノは鬼のように天を向く。探していたそれである。

しかし、進も馬鹿ではない。見つけてすぐに攻撃などしない。もちろん、目の前で人が襲われていたらまだしも、今回は違う。血の香りが漂い太り過ぎた冬眠前の北海道の熊のように大きな背が軽く上下する。


「先に見つけてよかった。」


段取りでは見つけ次第、発光炎を使うはずだが進は使わなかった。逆に牛鬼が進に気づいていないのであれば、使わないのが得策であるというのと、もしも人が無残に喰われているのであれば沙由香に見せたくは無かった。

昨日の晩、書いた護符を拙み牛鬼の周囲にばらまく。護符は吸い込まれるかのように牛鬼の周囲に四方八方に飛ぶ。


「呪、印を結びしものより哀れな者の動きよ。」


進は力のこめた詠唱をした。それに、反応するかのように護符のある範囲が淡く光る。


「不意打ち、御免。」


牛鬼の動きが止まり進を黒い大きな目玉が進を強く見つめる。


「お主は、今の時代をどう見る。」


まだ、とどめを刺す前に牛鬼がその身に似合わず口を開き人の子の言葉を話した。


「和解が無理ならトドメを刺す前にテメーの知ってる事を話せ!」


「悪いな封化師の小僧、我々のような妖怪にはどうしようもない事なのかもな。」


「どういう意味だ。」


「一方的な情報開示は不公平ってところだ。小僧。」


別の少し大きな呪符を片手に持つと封印の印を結ぼうと片手を動かし封印にかかろうとしようとした刹那。


グブス。


鈍い音が暗闇に流れた。


そして、牛鬼の首がボタリと落ちた。


「玄内くん、君は本当に甘いんだよ。こんな人を喰らう妖怪を封印してどうするの?殺れるなら殺らないと、こんなどうしようも無いバケモノ。」


持ち手が少しのそれ以外が刃(やいば)の背のそこまで低くない彼女の身体と同じくらいの長さの分厚い片手剣に血がつたう。そして、牛鬼のしかばねがゆっくりと沈むように力なく地に着いた。牛鬼は人ではなく小動物を喰らっていた。野生の外来種だろうか。


「でも、こいつは何かを知っていて俺に何かを話したげだったんだぞ!」


「何で、見つけても教えてくれなかったの?」


くっと少し歯をくいしばってから進を見ると、素早く壁を蹴って塀に登るとさっさと家の方に走って行った。


「すぐにメールが送られてきた。」


『ゴメンね。明日は朝ごはん作れないから。』本文は勿論ただいま冷たい視線を送ってきた沙由香だ。ハァーと溜息をつくと牛鬼の屍を眺めてから手を合わせて『浄』と書かれた護符を3枚貼るとまた手を合わせた。すると、屍を優しい光を帯びてまた直ぐに消えた。


「溝がまた深くなっちゃったな。」


「うるせー。」


今更来たのかよと、進は思うが口には出さなかった。それを察したかのように光魔が何人かの連れを引き連れて陰陽師のような狩衣かりぎぬを着て何人かのしっかりしたスーツを着た男達とやって来た。


「後片付けの続きは、今夜は俺らがやっとくから進くーんはおねんねしてな。」


「当たり前だ。」


帰ろうとする進に光魔が一言だけ呟いた。


「俺らが言う事じゃねーが、沙由香ちゃんは極力お前達の両親のかたきである妖怪と仲良くして欲しくないって気持ちも尊重してやれよ。」


「悪い妖怪ばかりじゃないのも確かだろう。」


「俺らみたいに~?」


黒いスーツの男達と光魔が全員揃ってダブルピースをしてきた。何なんだよ。この、一体感。進は、軽く笑顔を見せてから家までの道のりをゆっくり歩き出した。進は沙由香の気持ちを分かっていた。しかし、進の気持ちも分からなくもない。沙由香の事が大事だと思うがあまり、進はどうするのが1番良いのか分からなかった。沙由香だって全ての妖怪が全てが敵だとは考えていないはずだ。沙由香にだって何か思うところがあるはずで、それは自分の責任であると進なりに考えていた。

そして、進は家の扉を開くのだ。かつて、両親や多くの封化師達が戦いの後に帰って来た時のように。すると、お帰りと声が聞こえるはずだ。昔ほど賑やかでなくても同じくらい暖かい声が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る