「何かようかい?」とか言うヤツちょっとそこ並べ

1.愛してると言える人がいる幸せ

玄内進げんない すすむというものありけり


高層マンションの一室で煙管キセルを吹きながら老人は、ニヤリと笑う。小さい鬼達が 雁首がんくびから出る煙を手でつかもうと無邪気に笑いながら飛び跳ねている。




玄内進には、時間が無かった…今日が夏休み明けであることは分かっていたもののどうしても済ませておきたかった義務があったのだ。義務というのが正しいかは不明確にしても彼にとって必要なことには変わりないだろう。


「おい!どうして起こしてくれなかったんだよ!」


「だって、とてもステキな寝顔でつい見惚れてしいたんだもん。」


白いだぼだぼのワイシャツをゆらゆらと揺らしながら年齢が2桁いかない様な風貌の少女は頬を赤らめる。


進は築30年の木の廊下を慌ただしく走る。住む家は大きかった。今や人、一人暮らしだが十年ほど前は多くの希望を見据えた若者やベテラン風を吹かせる男達が肩を揃えて鍛錬していたのだ。

しかし、今やそんな面影は全くもって皆無である。


「朝ご飯の準備は出来ているようですよ?」


少女は台所から叫ぶ。


「もう時間ないから…」


「食パンをくわえて走るんですねー?」


少女は元気過ぎるテンションでまた叫ぶ。


これほど朝から、はつらつと叫ばれたら時間通りに起きれなくとも鬱陶しい極まりない。

冷蔵庫から『10秒で一食分グット』と書かれたゼリー飲料を取ると進はお久しぶりにお世話になりますと一礼してパックを片手に玄関を飛び出した。

いってらっしゃーーいと幼げで太陽のような暖かさのある声に進は背中を向けつつ片手で応えて風をきるように坂道を駆け下りた。進は17歳、高校生であった。



教室のドアに走り込み意外と余裕のある時間に滑り込むと、まず最初に朝食を玄内進の家に無断で入り置いていったその人が不機嫌そうに口を開いた。

「玄内くん、今日朝ご飯抜いてきたでしょ?」


「寝坊したんだよ。」


「作った身にもなってほしいよ。本当に。」


さっきの太陽のような見送りに比べてしまうと、まるで氷の矢が無数に背中に突き刺ささったように冷たかった。

進はゼリー飲料をぐしゃりと手で潰す瞬間思い出す。ある日を境にその人に、玄内くんと呼ばれるようになった日のことを下の名前で呼ばれなくなった日のことを。

その人はポニーテールのよく似合うハッキリした顔立ちの沙由香さゆかという同級生だった。本名・可憐道沙由香かれんどう さゆかは進のデカイ和風な家の隣にある普通の二階建ての一軒家に住む。いわゆる、幼馴染という部類に入るが世間一般の思うそれでは無いのだ。長い間、一緒に夕飯を食べるわけでもなく恋愛のフラグが立っているわけでもない。理想の幼馴染像とはかけ離れていた。しかし、幼馴染というよりむしろ、それ以上の腐れ縁なのだと進は思いそれと同様に沙由香もそう思っている。

そして、朝のホームルームのチャイムが響く。


「おい、また何も昼飯買って無いのかよ。」


「うるせーよ。ってか、馴れ馴れしく話しかけてきてんじゃねーよ。」


「こんな、しけた顔するなよー。帰り、なんか奢ってやるよ。そうだなぁ~こんがり揚がった油揚げの上手いうどん屋があるから、混んでないらしいから行こうぜ。」


一般的な男子高校生の会話に聞こえるかもしれない。いや、実際そうなのだからなんとも言えないが。コンが多い。もう分かるだろう、珍しく進に話しかけてくるこの男子生徒は狐だった。

無駄に長い前髪と耳にかかる程のストレートヘアーを翻しながら熱弁する。


「ねえねえ、進くん。沙由香ちゃんがお弁当作ったっから食べてってさ。」


勢いよく2人の会話に入ってきたのは、沙由香の友人である樟葉真帆くずのは まほだ。そして、真帆に押されてしぶしぶ花柄の弁当箱を渡してきたのはもちろん沙由香である。


「どうせアレでしょ。お昼ご飯買ってないならこれ食べなさいよ。」


先ほどの幼馴染像とはかけ離れているというのは撤廃しよう。しかし、これはあくまで腐れ縁からのものだと考えているのは確実に1人いた。近くにいすぎて何も見えていない進である。近くにいすぎてというのは、ストレートヘアーの似合う男子生徒の愛弦光魔あいげん こうまの見解である。


「真帆ちゃーんは、僕にはないわけー?」


「ふっふっふ~、いつかね~。」


軽くあしらわれた。光魔のことをサラリと避けて沙由香をチラリと見た後、真帆は小声で『良かったね』と進に囁く。

進は『お、おう』とだけ応えると、沙由香を見る。目を合わせず、沙由香はいつものように進の方は見ない。進はなぜか分かっていた。しかし、絶対に言葉には出さない。話題にも出さない。出せないのではない。出せないのである。


下校時間、『じゃあな。』とだけ一言交わすと沙由香と進は別々の道で帰宅する。

沙由香の横にまた真帆が横でクスリとイタズラそうに笑う。


「素直じゃないよねー。」


「私のことなんてほっときなさい。」


沙由香はそう言うが何だかんだ学校で話す相手など真帆か進なのだが、とうの進ともあのぶっきらぼうな会話しか学校でしか出来てないのと進の家に夕飯を届けに行った時、出くわしても会釈程度しか出来ない。


なぜ、2人が本当の意味で腐れ縁だと互いを思うのかそれは夜になると分かる。


進は今日は夕飯を持って来なくていいとメールを打ちながら沙由香と真帆のように、狐の少年愛弦 光魔とうどん屋のテーブル席で向かい合っていた。


光魔の言った通り油揚げのいい匂いや醤油の効いた香りが鼻腔を抜けていく。


「なぁ、カウンター席にしなかった理由分かるよな。」


いつものチャラそうなストレートヘアー男子の像が一瞬、虚像と化した。いや、いつもの軽い話し方をする方が虚像なのかもしれない。


「まぁーな、別にお前と俺が妖怪退治の話をしてたってうどん屋の店主は何かのゲームの会話としか捉えないかもしれないけどな。」


「それに、お前はカウンター席の方が好みじゃねーかよ。」



大抵の時、光魔の座る場所を知るということは、それだけ良く一緒に外食する事を示すのかもしれないが一切、進は仲の良い関係だとは思ってはいない。一度も1対1で戦闘行為に走ったことがないからである。そして、昔の父の言葉、狐は頭の良い別の考え方で心を許しきってはいけない相手だ。


「最近、牛が夜道を歩いているって聞いたことあるか?」


「牛が?ホルスタインか?」


「確かに今の時代ホルスタインかもしれないけどさすがにホルスタインが道路歩いてたら不似合いだろ。」


なぜ、進がホルスタインと尋ねたのかはイマイチ理解に苦しむとこだが、近くに牧場があるわけでないのに牛が夜道を歩いているのは眉唾ものである。そして、進の脳裏には1人の妖怪が横切る。


「おい、光魔、鬼同丸じゃないよな?」


「冗談はよしてくれよ。鬼同丸きどうまるは昔、源頼光に殺されたぞ。」


平安時代中期かつて土蜘蛛と戦ったと言われている武将源頼光によって退治されたことになっている酒呑童子しゅてんどうしを父とし、牛の皮をまとい頼光を暗殺しようとした鬼である。


「そんな、有名どころじゃないとさ。」


光魔の言葉に進は安堵する。いや、安堵に近い溜息なのかもしれない。


「だとしたら光魔、お前はそのホルスタインは何だと思う?」


「だから、ホルスタインじゃねーってば!お前、わざとだろ!いつも、学校でクール装いやがって。」


「いや、いつも光魔が適当な感じに俺に話しかけてくるのに今、俺も真面目だったら場が持たねえだろ。」


「あっ、何かすまない。」


「俺のネットワークによればコン。牛鬼というのが確かみたいだコン。俺の使いの調査によれば被害が昨日の夜から一件、無惨に人が上半身から上が噛みちぎられてたらしいコン。」


光魔が進の顔を見て、ニヤリと笑いながら語尾にコンコン付け始めた。それに無反応で相手にするでもなく進はうどんをすする。


「おい、せめてなんか言えよ。」


「コンは耳障りだったが、それ以外の情報は全部聞いてたから安心しろよ。」


「被害が一件でも出てしまったのは、俺ら封化師の責任だし、わざわざ調べさせちまって面倒かけたな光魔。」


このやろーっとストレートヘアーをなびかせて進の髪をくしゃくしゃとする。意外とこの2人はバランスのとれた関係性なのかもしれない。

そして、今晩の戦闘のため進と狐の少年は油揚げをかじる。


夜、妖怪と戦う、封印する、和解する


3つ目をできる相手なら1つ目の戦闘行為には及ばないことがほとんどだ。玄内 進、彼は奈良時代から続く封化師の一族の1人だった。しかし、もう一族とやすやすとは呼べない。玄内家には進しかいない。進の両親は彼が10年前のある一件以降姿を進は見ていない。いや、2人とも亡くなった。そして、玄内家に直属する者たちも姿を消した。いや、亡くなったそうだ。昔は、進の家も賑やかだった。若者たちは笑い合い、進も可愛がられ、夜になると進の父が戦闘をきって残虐な妖怪を退治に家を出て行った。いつも進はその仲間たちと楽しそうに話し、時に眉間にしわを寄せて戦略を考えている父の横顔を尊敬して眺めていた。


光魔とうどんを食べに行ったその夜、道場で1人妖怪を封印する時に使う札の束を掴みそのまま台所に行き、出発前に喉を潤そうと冷蔵庫を開けて1リットルの牛乳を持つ、牛乳パックにはキュートな白と黒の牛がパッケージされている。


「ホルスタイン・・・。」


進は思い出した。ポニテ幼なじみの沙由香が勝手に進の家の牛乳をパック片手に高確率で直接飲んでいるのを。その姿が目に焼き付いているせいで、このパッケージイラストのホルスタインが牛と言われると思い出してしまう。そのせいだったのだ。呪縛のように進の口からホルスタインが光魔との会話で飛び出して野山を駆け回っていたのだ。牛乳を飲もうと持った手が止まる。ここは、男らしく気にせずにさすがにコップに入れるが喉に流し込むのか。それとも、飲まずに水道の水を飲むのか。意外とどうでもいいことで悩む進だ。


「もう、いっそのこと沙由香と間接キッスしちゃってくださいよ。そしたら、次はそれをワラシが飲むから。」


私と全く同じイントネーションでワラシと言う着物姿の少女が両手を広げて進にウインクしてくる。


「そんなこと出来るかー!」


第一に沙由香の神業が進には出来ない。沙由香はどれだけ牛乳が入っていてもデカイ牛乳パックを片手で持ち普通だったら口と注ぎ口の間から吹き出したり、重さでパックごとこぼしたりするはずなのに今まで一度たりとも進は目にしたことが無いのである。だから、進が叫んだ一言には両方の理由が込められていた。

一人称がワラシの少女は、座敷童子である。意外とポピュラーな妖怪で座敷童子のいる家は幸せだとか逆に去った家は不幸になるだとか諸説ある。そんな座敷童子に新たな選択肢をあげられ進は黙って、あ~あと横で残念そうに言う座敷童子を完全無視してコップ一杯の牛乳を飲み干す。

現代的なジーパンに白いTシャツと黒いベストという随分と妖怪退治には似つかない服装に着替えると静かに長い木製の縁側をミシミシときしませながら歩いて便所に入った。洋式トイレの蓋を開き脱ぐ物脱がずに便座に背筋を伸ばして腰掛けると、床からヌッと長髪の女が伸びるように出てきた。


「今回の妖怪に対して一番効果的な式神、何だと思いますか?」


その瞬間、女は腰まであろうかという髪を振り乱しニコリと笑って近づき進と女を漆黒の髪が不気味に包んだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る