10 遺失物2
「夏樹? どうかしたのか?」
「――いや、何でもない」
夏樹と修一、それに山下の三人で飲みに行ってから数日。
あれから夏樹は昼食を件の三人で過ごすようになった。
今日も修一と一緒に山下の待つ社員食堂へ向かっていると、夏樹は廊下で誰かからの視線を感じ後ろを振り向いた。
だが、振り向いた先には誰もおらず、真っ直ぐ延びた廊下には壁際に等間隔で置かれた観葉植物があるだけだ。
「ほら、行くぞ。もう腹へって死にそう」
「あ、うん」
寝坊して朝食を食べ損ねた修一がお腹を擦りながら情けない声を出す。
視線の正体は気になったが、夏樹はもう一度、背後を振り返ると、社員食堂へと急ぐ修一の後を追いかけた。
昼の混雑のピークを過ぎたのか、食堂内はちらほらと空席が目立っている。夏樹と修一の二人が山下の姿を探していると、窓際の一角で山下がこちらに手を振っているのが見えた。
「よう」
山下に気づいた修一が笑顔を見せながら手を振り返し、山下の所へ向かう。
先日の飲み会で山下が自分と同じ食玩などのミニチュア玩具の収集が趣味だと分かってからというもの、二人はこまめに連絡を取り合っているらしい。修一いわく、山下のコレクションはかなりのものだそうだ。
「悪い。遅くなった」
「いや、僕も昼休み直前に武井事務所から電話があったんだ。だからさっき来たところ」
「ああ、武井事務所ね……去年、俺が担当だったんだけど、あそこいっつも昼時に電話してくるんだよな。なんかいつも電話のタイミングが絶妙すぎるから、どこかにカメラでも仕込んでるんじゃないかって本気で探したことがある」
「あはは。まさか」
「いやまじで。俺の机が見える角度とか考えながら、観葉植物の鉢の中まで探したって。結局何も出てこなかったけど」
「――そうなんだ」
夏樹は二人の会話を聞き流しながら、黙々とオムライスを口に運んだ。
山下は人当たりもいいし、修一とも気が合っている。なのに夏樹はどうしても山下のことが苦手で、向こうから話しかけられたら答えるが自分からすすんで話しかけようとはしない。
話題は豊富だし、山下と喋っていると夏樹もそれなりに楽しい。だが、心の中のどこかで、山下とはこれ以上は親しくならない方がいいと夏樹は無意識のうちに自分でストップをかけてしまっている。
人の機微に聡いらしい山下も、そんな夏樹の心情にに気付いているのかいないのか、夏樹がちょっと口を閉ざすとそれ以上は踏み込んでこない。
「ほら、これ夏樹の」
修一が夏樹のコップの縁に何かを引っ掻けた。
見るとOL姿の小さな女性の人形が夏樹のコップの縁をよじ登っている。
「何これ」
「夏樹、知らないの? コップの彼女。可愛いだろ」
修一と山下のコップにもそれぞれ違った衣装とポーズの人形がくっついていて、修一は自分のコップの縁に座った黄色のビキニ姿の人形をうっとりと眺める。
「……修一……彼女と別れたのいつだったっけ。最近、女の子の話をしないと思ったらそっちに走ったのか……」
「――えっ!? いや、夏樹、違うって……これはだな俺の理想の彼女像というか……」
「修一はビキニ姿でコップの縁に座っているような女の子がタイプなんだ」
「そうそう、このお尻が乗った所が……って、だから違うんだって!」
ふざけ合う夏樹と修一のことを山下が楽しそうに眺めていたが、突然表情が硬くなる。
「これは?」
夏樹のコップによじ登ろうとしている人形が、形のよい指先にひょいと摘み上げられた。
「あ、専務。お疲れ様です」
「紺野さん?」
修一の声に夏樹が振り向くと、夏樹が座っている椅子のすぐ後ろに久志が立っており、夏樹のことを不機嫌そうに見下ろしている。どうやら夏樹から名字で呼ばれたことが気に入らないらしい。
「あの、これはコップの彼女といって最近流行っているんですよ」
「コップの……なるほど、こうやってコップに引っ掛けるんだな」
すっかりコップの彼女に興味をもった久志が、摘んだ人形を夏樹のコップに引っ掛け、コップごと手に取って色んな方向から眺めている。
「芹澤」
「はい」
側に控えていた芹澤に久志が何事か指示を出し、芹澤が内ポケットから取り出した手帳に久志からの指示を書き込む。
「なあ、夏樹。やっぱり専務って凄いよな」
「何が?」
「だって、こんなちょっとしたアイデアもすぐに仕事に結びつけて考えるんだぜ。俺たちとは考え方から違うよな」
久志と芹澤のやり取りを見ながら、修一が夏樹の耳許でこっそりと言った。
確かに、ただ可愛いとか面白いとかで終わってしまう夏樹たちとは違い、久志はそこから更にどうすれば仕事に活かせるかと考えている。
夏樹は、自分のことを夏樹の彼氏だと言うふざけた所ばかりではない、仕事に対する久志の真面目な一面を垣間見た気がして、芹澤に指示を出す久志のことを見つめた。
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