9 遺失物1
「何やってんの?」
修一が自分の席に戻ると、隣の席の夏樹が机の下に潜り込んでなにやらゴソゴソやっている。
「おい、夏樹?」
「ん? 修一? …………あいたっ」
ゴツンという鈍い音が机の下から聞こえたかと思うと、痛そうに顔を顰めた夏樹が頭を擦りながら机の下から出てきた。
「――ったあ……」
「大丈夫か? てか夏樹、そんなところで何やってんの」
「うん。ボールペンがなくなったんだ。机の上に置いといたんだけど、トイレに行って戻ってきたらなくなってた」
「どこかに転がったんじゃないのか?」
「そう思って机の周りを探したけどないんだよね。あれ書きやすくて気に入ってたのに」
そう言いながら、諦めきれないのか夏樹は机の上の書類を持ち上げてその下を覗き込んでいる。
「俺の貸してやるよ」
「ありがと……」
「松本くん、これ松本くんのじゃない?」
修一が胸ポケットから取り出したボールペンを夏樹が受け取ろうとしたとき、夏樹の目の前にボールペンが差し出された。
夏樹が顔を上げると、すぐ隣に同じ営業課の社員が立っていた。彼はひと月前に途中入社した社員だ。
「――え? ああ、これだ……あれ? でも俺のはこんなに新しくなかったような……」
「僕の机の側に転がっていたんだけど。他には落ちてないみたいだし、松本くんのじゃないのかな」
「いいじゃん。夏樹、貰っとけよ」
「……うん。えっと、山……」
「山下。
そう言って、山下が首から提げた社員証を夏樹に見せる。
「おい、夏樹。いい加減、山下くんの名前くらい覚えろよ」
「ごめん……山下。お互い外回りで顔を合わせることが少ないから……」
「いいよ。今度、飲みにでも行こうよ。そしたら嫌でも覚えるんじゃない?」
山下はにっこりと人好きのする笑顔を見せると、夏樹にボールペンを渡して自分の席に戻って行った。
「山下っていいやつだな。マジで今度あいつと飲みに行かないか? 夏樹」
「……うん」
山下は親戚に「KONNO」の役員と懇意にしている人物がおり、その関係で引き抜かれてきたらしい。
仕事ぶりは真面目で与えられた業務もきっちりとこなす。
営業課に配属されてひと月足らずだが、その温和で明るい人柄からすっかり課の中に馴染んでいた。
だが、なぜだか分からないが、夏樹はこの山下のことを少し苦手に思っていた。
昼休み。ここひと月あまり社内で昼食をとる際に、必ず夏樹と同席していた久志が今日は現れない。役員である彼も忙しいのだろう。
いい年をした大人のくせに、昼食時は自分の膝の上に乗せるなど、やたらと久志は夏樹に構いたがる。
久志と夏樹とのやり取りが周囲に浸透しつつあるとはいえ、やはり他人の目は気になる。正直どう対応すればいいのか困っていたため、夏樹は今日、久しぶりにゆっくりと昼食をとることができた。
だが、いないならいないで夏樹は何となく物足りなさも感じていた。
「――それで、今日とかどうかな」
「うん、いいんじゃないか? 俺は大丈夫。夏樹は?」
「…………っえ? 何?」
「何ぼけっとしてるんだよ。今日、山下くんと飲みに行こうって話だよ」
「ああ、特に予定もないし大丈夫だよ。こら、修一やめろって」
食後にコンビニで買ったコーヒーゼリーを食べていた夏樹の髪を修一がくしゃくしゃと掻き回した。
いつもの修一のスキンシップに夏樹が苦笑いをしながら、頭に乗った修一の手を払い除ける。
「二人は仲が良いんだね」
夏樹と修一の向かい側に座っている山下がからかうように言った。
「夏樹とは高校の時から一緒なんだ。こいつって色々と危なっかしいから、お兄さんは目が離せないんだよね」
「何がお兄さんだよ! 同じ歳じゃないか」
「俺はお前のことが、可愛い妹にしか見えないけど」
「うるさい!」
目の前でじゃれる夏樹と修一の二人を山下がテーブル越しに眺めている。
「そうなんだ。親友って感じなんだね」
「まあね。それじゃあ、俺も夏樹もOKだし、店は本当に山下に任せてよかったのか?」
「うん、いいよ。おすすめの店があるんだ」
「よし、決まりだな」
久しぶりに仕事抜きで飲みに行けると修一が張り切っている。
「松本くん、それ食べ終わった? 僕もゴミがあるからついでに捨ててくるよ」
「あ、悪い。ありがと」
山下が夏樹から空のコーヒーゼリーの容器を受け取る。
「先に戻ってていいよ。僕は後から行くから」
「わかった。じゃあ、後でなー。山下」
ゴミ箱の前に立った山下がコーヒーゼリーの空き容器を捨てる。
だが、夏樹が使ったプラスチックのスプーンはゴミ箱には捨てず、山下は何食わぬ顔でズボンのポケットにそれを仕舞い込んだ。
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