第4話

 早く村から離れようと急ぎ足になっていたためか、目的は日のある内に達せられた。

 大きな岩山の麓にある、大きな町。商業地として発展し、行商を含む多くの露店が立ち並ぶ大通りが町の象徴となっている。ヘイルも魔王討伐へ向かう旅の中、何度か訪れたことがある。

 しかし今は、当時と少し雰囲気が異なっているようだった。

 真っ先に見て取れたのは、行商の数が明らかに減っていることだが――そのせいばかりではない。町の各所では、家や商店の修理をする姿が多く見受けられた。

 それらの破損が人や自然災害によるものでないことは、一目で判別が付く。多くの石造りの壁には、尋常ならざる力をもって付けられた巨大な爪痕があった。

 町長に話を聞くと、やはり自然とは別の災害であるらしい。

 どうやら、この町の背後にそびえる岩山の中に、『魔物』が住み着くようになってしまったようだ。

 町の破壊はそれらによってもたらされ、当然の因果関係によって行商は減り、町の住民も震えながら家を修復するか、別の町に移り住むかを強いられている。

 ――ヘイルが町に到着して間もなく岩山を登り始めたのは、その解決のためだった。

「せ、せめて少し休んだ方がよかったんじゃないのか?」

「お前は休んでいていいぞって言っただろ?」

 山道は十分な幅こそあるが、山らしく急勾配な坂が続き、岩山らしくごつごつした地面が足の裏を痛め付けてくる。

 さらに一方は壁のような絶壁だが、反対側を見れば崖だった。剥き出しになった岩肌が急斜面を造りながらも、随所に生える鬱蒼とした木々によって地面が隠されている。

 そんな中を歩きながら、それでもアデルは意地なのか、ヘイルに気を遣っているのか、慣れない旅の疲労を見せながらも決して離れようとはしなかった。取り残されることを恐れていたのかもしれない。

 とはいえヘイルも、足を止めるわけにいかない。

「魔物はいつやって来るかわからないからな。まして巣があるなら、早い方がいい」

 何度目か、弟子に無理をさせる言い訳のようにそう告げて、彼女の手を引き山道を進んでいく。

 ――魔王の復活と共に現れる、奇怪で獰猛な『魔物』という存在。

 それらは主が消えたあとも弱体化しながら世に残る、というのは魔王に関する伝承の中でも語られており、それによって魔王の健在が疑われることはなかった。

 しかし主を失った今でも魔物が変わらぬ獰猛さを持っていることに、アデルはまた「自分が生きているからだ」とメソメソしていたが。

 ヘイルはその話を聞かせてくれた住民に対し「新たに呼び出す魔王がいないのだから心配ない」と告げ、不安がる住民と共にアデルを慰めていた。

 やがて、しばらく山を登った頃――崩れ落ちてきたのだろう、道を塞ぐ岩を乗り越えると、それは現れた。

 絶壁の中に不自然に空いた穴。人の手によるものでも、ましてや自然に生まれたものでもないだろう。人の背丈の倍はあろうかという空洞は、覗いても暗闇に包まれ先を見渡すことは出来なかったが――

 オオオォォォォォ……ッ!

 不意にその中から、おぞましい雄叫びが響いた。

 それは奥深くから聞こえる遠吠えのようなものだったが、それでも凄まじい威圧感を与えてくる。

 危険を察知し、アデルの手を引きそこから飛び退くと――魔物が現れたのは穴の中からではなく、森を湛える崖の下からだった。

 ルォォァアアア――!

 明らかに化け物じみた咆号をあげる、異形の怪物。

 獅子の顔に山羊の角を持ち、毒々しい色をした表皮は、よく見れば鱗のようなものに覆われているのだろう。肥大化した猿のような身体つきをしており二足歩行に見えるが、実際は四足歩行の方が近い。

 その前脚に生える分厚い爪が、岩山の固い地表を易々と抉っていた。崖を登ってきた来たのも、この強靭な爪によるものだろう。

 数体の魔物が崖下から飛び出し、ヘイルたちを巣穴に近付けまいと立ちはだかる。

 さらに少しの間を置いて、その巣からもぞろぞろと同じ姿をした魔物が姿を現した。

「数が多いな……アデル、お前は後ろの岩にでも隠れていろ!」

「えっ? いや、でも私のことなら……」

 少女を片手で庇い、背に隠すようにしながら僅かに後退するヘイル。当のアデルは困惑した様子だったが、

「俺のことなら心配するな、魔物退治は慣れてる方だ。だから早く!」

「えぇと……う、うん、わかった」

 押し切られるように頷くと、少女は渋々と勇者の背から離れ、山道を後退していった。

 彼女が安全な場所へ逃げるまでの時間を、視線の牽制で稼いでから――ヘイルは身を屈め、戦闘体勢を取った。

 魔物もそれに呼応し、吼える。

 グルァァアアアア――!

 それを合図として、両者は地を蹴った。

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