第3話

馬車を見送ってから、さほどの時間を要したわけでもないだろう。朝と呼べるうちに城を出たのだが、陽光は未だ頭上辺りから降り注がれている。

 辿り着いたのはどうということもなく、単に一番近くの小さな村だった。

 さらに街道を進んだ先には大きな町があるはずなので、要するにここは城との中継点ということか。

 村の入り口をくぐる前から喧騒が聞こえてくるほど賑やかだが、魔王討伐に歓喜するものとは少し違う様子ではあった。そも、伝令はこの小さな村など無視して走り抜けていったはずだ。

 勇者と弟子は怪訝に顔を見合わせると、さりとて警戒することもなく村の中へ入っていく。

 そこに広がっていたのは、宿場と農作で生計を立てるいかにも穏やかな村の風景――ではなく。

「おらっ、大人しくしろ! 下手なまねしたらどうなるか、わかってんだろうな?」

「御頭が魔王アデライード直属の部下だってことを忘れるなよ! 逆らったら魔王の軍勢が村ごと踏み潰しに来るぞ!」

 騒いでいるのはおおむね、そんな声だった。村の中央に位置する広場に陣取り、哄笑をあげるいかつい男と、その取り巻き。

 ぼろきれ同然の服から生傷だらけの筋骨隆々とした手足を生やし、肩には刺青が施されている――実にわかりやすく、盗賊団だ。

 『御頭』らしき男が薄い頭髪を逆立て、それを守護する子分が丸刈りで片目に眼帯をしているのは、そういった決まりなのだろうか。どうでもいいが。

 ともかく彼らは手にした大型のナイフと棍棒で村人を脅し、この広場へ集わせてから、もう一人の仲間に金品を運び出させているようだった。

 背後には、見送ったはずの馬車がある。ヘイルは荷運びをしているのがその御者だと気付き、あの場で気付くことの出来なかった不甲斐なさを恥じたが――

 隣ではアデルが、全く別のことに驚愕しているようだった。

「あ、あいつら、魔王の部下とか言っていたぞ!」

「言ってたな」

 焦る弟子とは対照的に、淡々と頷く。

 そういった自称は、実のところよくあることだった。魔王による世界の混乱に乗じ、自ら悪名を馳せようとする輩はどこにでも存在する。

 噂では、それを商売に転換させている者までいるらしい。

 という話をアデルに聞かせてやったのだが、彼女は全く聞いた様子なく、変わらず驚愕に叫んでいた。

「私はいつの間にあんな部下を持ったんだ!?」

「……なにを言ってるんだ、お前は」

 その自称を誰よりも真に受けていたのは、他ならぬ彼女だったようだ。

「部下じゃないのなんて、お前が一番わかってるだろ」

「じゃあ嘘なのか!?」

「というか、どうしたら信じられるんだよ。今までずっと部屋に篭りきりだったのに」

 おかげで彼女は、人間の部下どころか魔物の部下もろくにいなかったらしい。

「だいたいお前、人間に近付くのだって怖がるくらいなんだから」

「むぅ……で、でも、私以外はそんなことわからないだろうし」

 アデルは納得しながらも、しかしなお危惧が拭えないようだった。

「他の、事情を知らない人間からすれば、結局は私が悪いということになって、やっぱり私が死ねば全て解決するんじゃないかと……!」

 もはや単なる死にたがりとも言える自暴自棄で頭を抱える少女。

 勇者はぽんぽんとそれを軽く叩いてから、未だこちらに気付いた様子もなく喚き続ける盗賊たちに向かって歩を進め、告げる。

「解決は俺がやるから、お前は死ぬな」

「ヘイルが、解決……?」

「ああ――要するにあの盗賊を捕まえるだけじゃなく、事実を白状させればいい。魔王の部下なんかじゃない、ってな」

 そんな彼らが、無造作に歩み寄るヘイルの存在に気付いたのは、集わされ恐怖に怯える村人たちが道を空けた時だった。

「あん? 誰だ、てめえは!」

 盗賊がそう叫んでくるのを無視して、村人たちを庇うように進み出たところで止まる。見れば丁度よく御者も揃い、二人の子分が御頭を守る陣形を取っていた。

 そのうちのどちらかが脅してくる。

「御頭は魔王直属の部下だぞ! 逆らえばどうなるのか、わかってんのか!」

「その自称のおかげで後ろ盾を気にしなくて済むっていうのは、いいことかもな」

 ヘイルは肩をすくめると、直後には地面を蹴った。

 子分たちが慌てて戦闘態勢を取ろうとするが、その頃には接近を終えている。一人の腕を掴み取ると、同時にもう一人がようやく構えた武器を叩き落とす。ヘイルはそのまま、無手になった二人の手を引き、転倒させた。

 その頃にようやく、御頭が攻撃の意志を見せる。

 倒れる子分たちの陰から飛び出し、体格通りの力強さで肉厚のナイフを振り下ろしてくる。

 ヘイルは――一瞬だけ、足元に倒れている子分たちへ視線を送ってから、避けようともせず刃を素手で受け止めた。

 肉が抉られ、血が滴る。盗賊の御頭は自ら傷めつけようとしていたにも関わらず、その異常な防御手段に驚愕したようだった。

 そのせいで力が弱まった瞬間を狙い、ヘイルは刃を握り込んだまま盗賊の腕をひねりあげると、そのまま子分たちの上に組み伏せる。

 盗賊の三人が折り重なって倒れ伏し……戦いはほんの一瞬のうちに終結した。

 御頭が身体を起こそうとするが、ヘイルは自らの血が付いたナイフを放り捨てると、彼の眼前にしゃがみ込んで脅しに告げる。

「人に剣を向けるつもりはない。しかしこれ以上やるなら、もう少し危害を加えないといけなくなる」

 盗賊はそれで、起き上がることをやめたようだった。

 しばし。勇者ヘイルが立ち上がるまでの僅かな間だけ、村は静寂し――直後、歓声が上がった。

 村の人々が一斉に駆け寄ってくる。ヘイルはそれを少しだけ制し、それよりも盗賊たちを拘束するように促した。

 ほどなくして彼らは縛り上げられ、ついでにヘイルから投げかけられた問いに対し、「魔王の部下を偽れば名が売れると思った」と白状する。

 ヘイルは、いつの間にやら隣にやって来ていた少女に視線を向けた。

「聞いての通り、あいつらは魔王を利用していただけだ」

「う、うん。そうみたいだな。その……助かった」

「そもそもお前は勇者の弟子なんだから、元より無関係なんだけどな」

 照れ臭そうにするアデルの頭を軽く撫でてから、勇者は肩をすくめた。

「怯えるなら、勇者の弟子の部下を名乗る盗賊が出てきた時だけにしろ」

「そんな回りくどい偽称がいるんだろうか……」

 と、軽口のように言い合う二人の前に、白い顎髭を蓄えた老人が進み出てくる。村人たちを背後に従えながら、彼は村長を名乗り、感謝に深々と頭を下げた。

「一時はどうなることかと思いました。あなたのような強く、勇敢な旅人がいてくれて助かりました」

「被害が大きくなる前に立ち寄ることが出来てよかった」

 見たところ、怪我をした村人はいないようだった。自分の手に付いた傷は、既に痕すら残っていない。

 ヘイルは何度も頭を下げる村長と村人たちを手で制し、先へ進むため彼らに背を向けようとした。

 そんな時――村の入り口から、声が聞こえてきた。

 伝令の兵士ではないが、似たようなものだろう。恐らくは城の方へ出かけていた村人が、喫驚に叫びながら駆けて来る。

「た、大変っ、大変だー!」

「何事じゃ? ま、まさか魔王の軍勢が攻めてきたのか!?」

 恐怖におののく村長。だが、ようやく目の前まで辿り着いた村人は膝に手を付き、息を喘がせながらも首を横に振った。

「いや、その逆だ! 魔王が……勇者様に退治されたそうだ!」

「なんじゃと!?」

「近く国王からも正式に発表があるって城の方で噂になってて――!」

 と、そんな彼らの話し声を聞きながら。

 ヘイルは弟子を連れ、そそくさと村の出口を抜けていった。

「……いいのか?」

 村人たちの声が聞こえなくなって、しばらくした頃。アデルは横を歩く勇者の顔を見上げてそう問いかける。

 彼は気取った様子もなく、実直な様子で頷いた。

「変に騒がれてもしょうがない」

 そう言ってから、さらに続ける。

「それに元々、長居するつもりもなかったんだ。出来る限り多くの人を助けたいからな」

「……ヘイルはなんだか、古いタイプの勇者だな」

「人を助けるのに古いも新しいもあるか」

 勇者はほんのりと拗ねた口ぶりで言い返しながら、ともかく街道を進み、その先にある町を目指した。

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