第10話 商人と会話

 「小僧。ここの地について知りたいのだな」


 「ええ、そうです」


 「わかった。答えてやろう」


 意外なことに商人は殺気の様なすごい気を放っているものの俺の質問に関して素直に答えてくれるようだ。

 ただ、一言一言どうも威圧的というか目もぎろりとしてくるし怖い。そういったことを抜きにすればいい人そうなんだけどなあ。そんな風に思っている中、商人は話し始める。


 「ここは厩橋城近辺の名もなき小さな村だ。領主様は厩橋城城代であらせられる北条高広殿だ。そして北条殿の主君が上杉景勝殿になる」


 商人は城代のことを教えてくれた。ただ、商人が言った北条高広という人物については全く知らなかった。先ほどの話で戦国についての知識がそれほどない俺なりに分かったことは2つあった。

 1つ目。まずこの地域のことだ。先ほど商人は厩橋城と言った。厩橋城とは前橋城の旧称。すなわちこのあたりは未来で言うと前橋市あたりになるわけだ。これで自分が今どの位置にいるのかということを把握することができた。

 次いで2つ目。この地域が上杉氏の勢力下であるということがわかったことだ。上杉となるとこの時代にはすでに上杉謙信は死んでいるはずだから上杉景勝ならびに直江兼続の時代だろう。いや、でもこの時代の上杉って確か景勝が新たな当主になるまで争いがあったから景勝じゃないかもしれない。でも、誰だろうが関係ない。ここが上杉領であるということが分かればそれでいい。


 「ありがとうございます」


 思ったよりも丁寧な人で良かった。

 俺は素直に感謝の言葉を述べるとそのまま部屋を出ていこうとする。すると、そこで商人に声をかけられる。


 「お待ちになりなさい」


 「ん? どうしました?」


 俺はどうして商人に声をかけられたのかわからず疑問符を頭の上に浮かべる。何かまずいことをしただろうか。先ほど何か失礼な態度を取ったのだろうか。まあ、失礼な態度を取るなと言われても現代人であるためこの時代の左方を知らないので失礼をしていたのかもしれないので言い訳ができないというのがあるが。


 「実は気になることがあるのだが、聞いてもいいか?」


 「気になることですか?」


 俺は商人の言葉を反復する。


 「ええ、気になることだ。小僧貴様は何者だ?」


 「な、何者とはい、一体どういうことでしょうか?」


 商人のその言葉で急に背中から嫌な汗が流れ始めた。

 俺の正体がばれたのだろうか。

 急に心臓がバクバクと大きな音を鳴らし始めた。警告音をまるで出しているかのような危機感が俺の中に急に出てきた。やばいやばい。どういうことだ。何をたくらんでいるんだ。この商人のことを急に警戒するようになった。

 俺の目はかなり泳いでいた。


 「ですから、小僧は何者であるのか聞いている。私的には小僧からはこの農民の雰囲気も武士の雰囲気もそして商人の雰囲気も感じない。私は商売柄、人を見る才能を結構育ててきたつもりだ。だからこそ小僧がどういった種類の人間でもないと感じだ。だから、聞いている。小僧、貴様は何者だ」


 な、何者と聞かれてもこれはどう答えればいいのだろうか。素直に学生ですとでも言えというのか。そもそもこの時代に学生なんて言葉が存在しないだろうし、未来から来たと言っても信じてはもらえないだろうし、どう対応すればいいんだよおおおおおお。

 はあ、どうやって逃れようか。

 商人は俺を再び睨みつけている。言葉はきつくても丁寧に俺にこのあたりの情勢について教えてくれた一瞬前の出来事がまるで嘘みたいだ。

 この商人の威圧に完全に俺は負けている。だって、未来人だぜ。平和な世界から来たんだぜ。この戦国時代の殺伐として商人ならば他国のスパイとしてもしかしたら殺されてしまう危険があったのかもしれない。この商人もそういった危機から命からがら生き延びてきているのかもしれない。そんな貴重な経験をしている人に勝てると思うのか。いや、勝てないだろう。一般の高校生に何を期待しているんだよ。

 俺の頭の中はそのような恨みつらみ腹いせがたまっていた。うっぷんがたまっていた。


 「お、俺は……ただの旅人ですよ。はるか遠くから来ました。それだけです」


 はるか遠くというのはどこかとは言っていない。つまりは遠くの場所=未来でもある。未来から来たとは言えないのでこんな感じで誤魔化すのはいいだろう。うまくごまかすことができただろうか。自身はないが俺が今できる最大の努力をした気がする。

 商人の顔をおそるおそる見る。先ほどまで自分の言葉を勢いよく言っていたのでよく商人の顔を見ていなかった。

 自信を持って商人の顔を見る。

 商人の顔は相変わらず厳しかった。俺の目をよく、じっと見つめてくる。俺が嘘をついていないのか確認するために見ているようだ。俺の言葉を信じてはまだいないようだ。でも、ここで俺が不安や心配、自身な下げにしてしまった時に完全に嘘であるとばれてしまう。だったら、最後まで本当であると思ってもらうために無駄に自信ありげにしていよう。やはり人の態度を見て判断を決めるはずだ。堂々としていればいいんだ。

 俺は無駄に堂々とする。

 商人は黙っている。


 「……」


 「……」


 無言の時間が続く。


 「……」


 「……」


 商人からそろそろ目をそらしたい。男を見つめる趣味は俺にはない。この商人に衆道の趣味があればやばい。ほ、掘られる。そんな恐怖も新たに出てきたが、俺にも意地がある。商人を黙って見続ける。


 「……」


 「……」


 そろそろ諦めてくれないだろうか。俺はそんなことを思っていたその時、ようやく商人は重く閉じていた口を開くのだった。

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