花澤さんとケンジくん
高木カズマ
第1話
「やーいヘナ澤~。ここまできてみろ~」
「ねぇ、ふでばこ返してよ、ケンジくんのバカァ!」
「へっ、やーだーねー。悔しかったら捕まえてみろー」
「まてーっ! このバカァーーーーーッ!!」
「待てって言われて待つバカはいないんだよーバーカ」
☆ ☆ ☆ ☆
「もうなんなのほんとうに信じらんないっ!」
家に着くなりただいまも言わずにそんな言葉がわたしの口から飛び出します。
ランドセルをリビングに放り投げ、そのままソファの上にダイブ、
身体の力全てを抜いてぐだーっとしながらわたしは学校での出来事を思い出していました。
思い出したくない事にかぎって『せんめい』に思い出してしまうのはどうしてなんでしょうか、昨日みた楽しい夢とかはすぐ忘れちゃうのに。
『せんめい』に頭の中で今日の出来事が再生されます。それだけで頭がカァーッと熱くなって、また怒りがわきあがってきました。
思い出しわらいじゃなくて、思い出し怒り。
へんなの、そんな言葉ないか。
「あーもうっ、ケンジくんなんて大っきらい!」
とにかくわたしは怒ってるのです。
そして、わたしはそれをアピールしないといけないのです。
わたしがアピールしなかったら、きっと地球はわたしを置いてけぼりにしてクルクル回り続けてしまうでしょう。
まるでメリーゴーランドみたいに、……ハッ! メリーゴーランド!!
遊園地行きた──と言いかけて私はあわてて口をおさえます。
いっつもお母さんから話しをする時は『すじみち』を立てて話しなさい、と怒られるのです。
話がきゅうに関係ない所に飛ぶから分からないって、
わたしの中ではいちおう話はつながっているのですが、大人にはそれが分からないみたいなのです。
大人は分からないことをイヤがります、自分が納得したことじゃないとイヤなのです。
相手が子どもだと言うのなら『なおさら』なのです。
どんなに一生懸命話しても子どもの言うことなんか半分も聞いちゃくれません。
大人ってズルい。
でもわたしも最近は話があまり脱線することなく『すじみち』立てて話す事ができているので、これはきっと成長したという事なんでしょう。
身長だってクラスで真ん中の方になったし間違いありません。
でも、成長したわたしにだってガマンできない事もあるのです。
「あーもう、ムカつくムカつくムカつくぅー」
そうやってソファの上で手足をバタバタさせて、打ち上げられたクジラみたいになっていると、二階から洗濯物を抱えたお母さんが降りてきました。
「あら
「……いまー」
お母さんはわたしのあいさつが気に入らないのか、少しムスッとしたような顔をし、すぐにすまし顔に戻ります。
「いつからウチの優花はいつから挨拶もできない子になったのかしらねー」
お母さんの小言は無視します。
わたしにだって返事をしたくない理由くらいあるのです。
そんなどこか機嫌斜めな様子のわたしを見て、お母さんも何かを感じたのか、
「なに優花、そんな顔して、何か嫌な事でもあったの?」
と尋ねてきました。
それを待ってたんだよ、お母さん。
私は早口にまくし立てます。
「そうなの、お母さん。ケンジくんがまたゆかにいじわるしてくるんだよ。もう、ほんとうにサイアク」
「ほー。またケンジくんかー」
ケンジくんというのはわたしのいる四年四組の男子の事です。
ウチのクラスの『ガキだいしょう』的な立位置にいます。
活発で運動が得意、あと授業中にとてもうるさいです。
ようするにふまじめな子なのです。
そのケンジくんと席が隣になってから、毎日イタズラされて困っています。
「ケンジくんてば、またゆかの机に落書きするし、消しゴムもふでばこも取るし、それにゆかのことヘナ澤って呼んでからかってくるんだよ? 何回注意しても聞いてくれないしほんとうサイアク!」
ヘナ澤と言うのはケンジくんが付けたわたしのあだ名です。
『やーい、ヘナチョコ花澤、りゃくしてヘナ澤~』と言っていつもわたしの事をからかってくるのです。
やめてと言っても聞いてくれないし、わたしはどうすればいいのかもう分かりません。
「なるほどね~、ケンジくんかぁ。うんうん、優花も大変ね~。何というか若いわね」
「もう、お母さんてばちゃんと聞いてる?」
わたしがケンジくんの話しをすると、お母さんは決まってこうゆうよく分からないたいどを取ります。
ムカつくな、話しくらいちゃんと聞いてよ、こっちは本当に困ってるんだから。
「まあ、ケンジくんの事はとりあえず置いておいて、宿題でもやっちゃえば? お菓子持ってきてあげるから」
全くこの人はデリカシーが無いんだから、女の子が食べ物なんかに釣られると思ったら大間違いです。
ここはビシッと言ってやり──
「あっ、今日のおやつはショートケーキですからねー」
「はいっ! 宿題やるぅーっ!」
ソファから飛び起き、テーブルの上に出された苺のショートケーキに飛びつきます。
つやつや輝く苺とふわっとした綿雲みたいな生クリーム。甘い匂いがどうしようもなく漂っています。
白と赤の『みわく』の宝石です。宝石箱なのです。
こんな風に『ワタシを食べて』と言われたら食べるしかありません。
いやぁ、やっぱり苺のショートケーキは最高!
ん? 何かおかしい?
きっと気のせいです。
わたしがフォークを片手に苺のショートケーキに食らいつこうとしたその時です。
「こーら、優花。宿題からやっちゃいなさい」
ひょいと横から伸びてきた手によって、ショートケーキのお皿がわたしの目の前から消えてしまいました。
わたしのフォークは何もない空間を泳ぎ、いきおい余ってテーブルに突き立ててしまいました。
反動が手首に返ってきてビリビリします。
「うぅー。そんなぁー」
わたしは『こうぎ』の視線をお母さんに向けますが、お母さんはわたしをからかうような顔で、
「このケーキは、お・あ・ず・け・でーす。はいさっさと宿題やる!」
「お母さんのいじわる」
「はっはー、何とでも言いなされ」
「ふん、別にいいもん。宿題なんて簡単だし」
わたしはプンすか怒りながらもリビングの床に放ってあるランドセルに手を伸ばします。
ゴソゴソ中を漁って、今日の宿題の漢字ドリルを取り出します。
後はふでばこを出して──
と、そこでわたしは重大な事実に気が付きました。
「あれ? あれ、あれあれ? ふでばこがない!」
そうです、ランドセルの中にわたしがいつも使っている、自分でぬって作ったクマのぬいぐるみのキーホルダーがついたお気に入りのふでばこが入ってなかったのです。
どこかに落としたのかも……
わたしは自分のきおくをたどります。
あっ、そういえばケンジくんがふでばこを取った時は帰りの会の真っ最中でした。
号令と同時に返してもらって、わたしはそれを机の上にいったんおいて、それからケンジくんを追いかけたのです。
けっきょくケンジくんには逃げられ、わたしはそのまま家に帰ったのでした。
つまり、ふでばこはまだ教室の机の上。
自作のクマのぬいぐるみのキーホルダーもそこにあります。
「あー、もう! サイアク!」
こうしてわたしは忘れ物を取りに学校へ行かなければならなくなってしまったのです。
それもこれもケンジくんが悪い、全部ケンジくんのせいです。
苺のショートケーキもケンジくんのせいでおあずけです。
☆ ☆ ☆ ☆
わたしの家から小学校までは自転車で十分くらいかかります。
自転車に乗っている間もわたしの頭の中はケンジくんへの文句でいっぱいです。
そもそもなんでケンジくんはわたしにばっかりいじわるをするんだろう? わたしはふとそのことが気になってきました。
ケンジくんは確かにヤンチャな子ですが、別にいじめっ子という訳ではありません。『ガキだいしょう』ポジションといってもジャイアンみたいな『らんぼうもの』ではないのです。
四年生の中で一番足が速いのはケンジくんだし、勉強もできます。おもしろくてスポーツができるので男子の中のリーダー的存在だし、クラスでも人気者です。
イタズラもよくするほうですが、特定のだれかにしつこくイタズラや、いやがらせをするような人じゃありません。
なのに何でわたしばっかり……、もしかしてキラワレてるのかな。
わたしはケンジくんへの怒りと、キラワレてるのかもしれないという不安とで心の中がごっちゃごちゃになってきました。
ケンジくんはムカつくやつだけど、それでもクラスメイトからキラワレるというのはこたえます。
そんなことを考えている内に学校が見えてきました。
わたしは校門の前に自転車を止めると、門の前の『けいびいん』さんにあいさつをして、自分のクラスへ走って向かいます。
いつもは『けいびいん』さんと校門の前でジャンケンをして、勝てたら中に入れる、というゲームをやったりするのですが、今日はパスです。
イチゴのケーキがわたしを待っているからしょうがないのです。
四年生のクラスがあるのは三階と四階、四年四組は四階です。
わたしはいそいでクラスへ向かいます。
こういうめんどうな事は早くすませるのが一番なのです。
宿題だってキライな物から片付けていくわたしです。
でもピーマンだけはさすがに無理です、かないません。いっつものこしてお母さんに怒られてしまいます。
なんであんなにマズイのかな?
階段を一段とばしでかけあがります、かけ声をあげつつ四階までのぼりきったころには息もすっかり上がっていました。
さぁ、さっさと忘れ物を取って家に帰ろうと、四組の教室の前まできた時です。
教室の中から誰かと誰かが争うような声が聞こえてきました。
「……!!」
びっくりしたわたしは教室のドアに忍者のごとくしのびより、おそるおそる、そうっとドアのすき間から中のようすをのぞきこみました。
まず目に入ったのはいかにも悪そうな顔をした身体つきの大きな男子が三人。
そしてもう一人、ここからだと後ろ姿しか見えないけど、あれは……ケンジくんです。
毎日見あきるほどその背中を追いかけてるわたしが言うんだから間違いありません。
ケンジくんと、なんと上級生が三人!
一人はヒョロ長のもやしかゴボウみたいなやつ。
もうひとりはジャイアンみたいなお腹の大きな男子。
そしてその二人を『したがえる』ようにして立っている、かみの毛をニワトリみたいにさか立てた男子。三人はまるでヤンキードラマのようにケンジくんのことを取りかこんでいました。
たぶん六年生です。
うわさだけは聞いたことがあります。
たぶんあれが学校一の問題児石山と、その『こしぎんちゃく』の長橋、芋中トリオです。
石山はどこかおもしろそうに、ニヤニヤした顔でケンジくんを見ています。
「おい、そこのガキ。どけよ」
「……」
「おい、こいつ四年生だろ。なまいきな奴だな、ぶっ飛ばしちまうべか」
三人の六年生につめよられているのにケンジくんはいっこうにひく気配がありません。
真正面からぶつかる気です。
なにやってるのケンジくん! 早くにげないとあぶないよ、ケガしちゃう!
どうしよう、どうしよう、何とかしないと……!
早くこのじょうきょうを何とかしないといけないのに、わたしの脳みそは一向にいいアイデアを出してはくれません。
計算問題の答えなんてスラスラ出てくるのに、どうしてでしょう。
役立たずです。
答えの紙もどこにも見当たりません。
そうやってわたしがオロオロしているウチに、真正面から六年生をにらめつけているケンジくんに石山がズイズイ近づいてきます。
「なぁガキんちょ、俺たちはよぉ、ちょっと火ぃつけて遊ぶものさがしてただけなんだよ。せっかくライター持ってきたのに燃やす物が無いんじゃつまんねぇだろ? 最初は別に紙でもよかったんだがワンパターンじゃつまんないからさ、イイモノ無いか探してたんだよねぇ。それでこのクマのぬいぐるみ(?)みたいなの見つけたんだよぉ」
そうだ! 先生をよぼう! なんでもっと早く思いつかなかったんだよわたしのバカ。
わたしがそう思いついたとたんの出来事でした。
『こしぎんちゃく』二人が石山の言葉に合わせるように笑いながら、クマのぬいぐるみを取り出したのです。
それを見た瞬間わたしは思わずアッ、と叫んでしまいそうになりました。
そう、そのぬいぐるみはわたしが『いっしょうけんめい』ぬって作ったクマのぬいぐるみのキーホルダーだったのです。
「へったくそだろコレ。誰のだかしんないけど別にコレだったら燃やしてもかまわないよなぁ? そう思わねぇか? だって見ろよこのブッサイクな顔、赤ん坊だってもうちょいマシな物つくれるぜ」
石山の言葉に同意しつつ爆笑する『こしぎんちゃく』二人。
わたしが『いっしょうけんめい』作ったぬいぐるみをバカにしないで! そう言って飛び出したいのに体は動いてくれません。
まるで足のうらに『せっちゃくざい』でもついているみたい、とかそんなことを考えている『よゆう』もありません。
動かない体とは『うらはら』にわたしのヒザはガクガクとわらいだします。
あれ? とその時わたしは気が付きます。
……? 足元のろうかに水滴が落ちてる。おかしいな、学校の中は雨なんてふるはずが無いのに。
もちろんそれは、雨なんかではありません。
ナミダ。
ぬいぐるみをバカにされて悔しいのと悲しいのと怖いのと、色々な感情がごちゃ混ぜになって、気づいたときにはナミダが両目からあふれていました。
ハッとして止めようと何度もぬぐいます。
目元をゴシゴシこすります。
でも、止まりません。
だってヒドイよ、わたしがいっしょうけんめんお母さんに教わって作ったのに、なんでそんな風に言われて燃やされなきゃならないの? ヒドイよ……。
「あ、分かった! オマエも仲間にまぜてほしいんだろ? でもダメだぜ、これは大人の遊びなんだ。オマエみたいなガキはお家に帰ってママに子守唄でも歌ってもらいな」
クマのぬいぐるみをその手に持ったまま、ごぼうみたいな長橋がケンジくんの肩に手を置いてキーキー声でそう言いました。
長橋の言葉に後の二人もおかしそうに下品にゲラゲラ笑っています。
わたしはどうしようもなく悔しくて、悲しくて、どうにかなってしまいそうでした。
助けを求めようにも、のどに何かがはりついたみたいに声が出ません。
だれか……助けてよ、こんな……イヤだ。
そんなことを心の中で言ってみても、だれにとどくわけでもありません。
わたしの声に答えてくれるヒーローなんていないし、『つごう』良く助けが来るわけでもありません。ドラマやマンガじゃあるまいし、声を出していないのだからとうぜんです。
わたしみたいな無力な子どもには年上の男の子にたいこうする力なんてありません。
ケンジくんに助けをもとめても『むだ』でしょう。ケンジくんはわたしのことをキラッているみたいだし、助けてくれるわけがありません。
そもそも、ケンジくん一人で六年生三人を相手に何ができると言うのでしょうか。
もう、わたしにのこされた道は『ぜつぼう』しかありません。
きっとクマのぬいぐるみはもう助かりません。
石山たちに燃やされてしまうのでしょう。
石山たちの耳ざわりな笑い声が、ヒビキわたります。わたしはそれをただただダマッて聞いていることしかできませんでした。
もうイヤだ。
帰りたい。
でも、いまのわたしにはこの場からにげ出すだけの勇気もありません。
いつかのテレビで聞いた『じゃくにくきょうしょく』という言葉を思い出します。
弱いわたしには、何をする事もできません。
石山たちの『ちょうしょう』を聞きながらナミダを流すことくらいしかでき無いのです。
これが現実というものなのでしょうか。
きっとそうなのでしょう。
現実はきびしい物だと、テレビの中のだれかはいつも言っています。
わたしは今までそのことに気が付かずに生きてきただけだったのです。
現実には救いなんて、ヒーローなんて──
そう、全てを投げ出しかけたその時、
耳ざわりな笑い声が、『とうとつ』に止まりました。
長橋のヒョロ長い体がくの字に曲がり、その手からクマのぬいぐるみのキーホルダーがこぼれ落ちます。
わたしは何が起きた分かりませんでした。
いえ、分からなかったと言うより、目の前で起こった出来事をじじつとして『とらえる』ことができませんでした。
ズドンッ、とケンジくんのパンチが長橋の『みぞうち』に食いこんでいたのです。
助けを呼んだってドラマやマンガみたいにだれかが『つごう』良く助けてくれるわけなんて無い。
ヒーローなんていないし、わたしの声なんてだれにもとどいてはいない。
そのはずなのに、
そうじゃなきゃおかしいのに。
なのに、わたしの前には今、『まぎれもなく』一人のヒーローが立っていました。
「うっおぇっ。い、痛いよぉー」と、しぼり出すように言いながらたおれた長橋を石山も芋中も『あぜん』としたような顔で見ています。
テ、テクニカルノックアウトだ……。
まるでお父さんの見ているボクシングの試合みたい。
あまりのおどろきに何も声が出ないらしく、石山と芋中が池の中のコイみたいに口を半開きにしているその様子はとても『こっけい』でした。
「ぬいぐるみ」
「あ、あぁ?」
かえす石山の声は少しうわずっています。
「そのぬいぐるみはな、花澤が作ったんだよ」
「だ、だったら何だってんだよ」
「器用でもないくせに、俺が言ったことにムキになって……、いっしょうけんめい作ったんだ」
ケンジくんの顔はこちらからは見えません。
それでも石山の顔を見ていれば分かります。
「それをお前が」
ケンジくんは。
「お前みたいなやつが」
まるで自分のことのように、
「バカにすんなぁぁぁぁあああ!!」
怒っていたのです。
ケンジくんは『どごう』と共に石山と芋中にとびかかっていきます。
わたしはそのすがたをぽかーんと口を開けて見ていることしかできませんでした。
☆ ☆ ☆ ☆
意味がわかりません。
たしかにあのぬいぐるみを作ろうと思ったのは図工の時間に、「ヘナ澤って不器用そうだよなー。ぷぷっぷ」とケンジくんにバカにされたことがきっかけでした。
でも、だからって。
ケンジくんがこんなに怒る必要も、こんなにボロボロになる必要もないのに。
そもそもケンジくんはわたしのことをキラッているはずなのに、わたしだってケンジくんなんてムカつくやつだし、キライなのに……、
なのになんで、こんなにもふしぎな気持ちになるんでしょう。
教室の中ではボロボロになったケンジくんが大の字になって、ねっ転がっています。
傷だらけの顔に『まんぞく』そうなえがおをうかべて。
石山とその『こしぎんちゃく』二人は、もういません。三人して泣きながらどこかに逃げて行ってしまいました。
ぬいぐるみも無事です。
もう危機はさりました。
なのにどうして、こんなにも苦しくてうれしいのでしょうか?
まるで『じきゅうそう』の後みたいに『しんぞう』の音は鳴りひびき、自分の顔が赤くそまっているのが分かります。
ケンジくんのケガの手当をしないと、なんであんなバカなことをしたのか、とりあえず大けがは無さそうでよかった、と不安と心配と怒りと『あんど』が一気に海の波のようにおしよせます。
ぬいぐるみが無事だった。その事実以上に、ある一つの出来事がわたしの心をうめつくしています。
わたしは自分で自分の心のありかが分かりません。
さまざまな気持ちが『ばくはつ』して何が何だかひっちゃかめっちゃかです。迷子になってしまったみたいです。
わたしは今このしゅんかん大声でさけびたい気持ちをおさえ、ケンジくんにバレないようその場からかけだしました。
階段をかけおり、とちゅう通った保健室の前でケンジくんのケガのことを保険の先生に分かるように大声でさけびます。
これでとりあえずケンジくんのケガはだいじょうぶでしょう。
……え、何で直せつ保険室の先生に話さないのかって? それはアレです。こういうのはヒミツにしておいた方がなんかいいような気がするでしょ? ようするに何となくです。
ただの気まぐれ。別にそれ以上の何かなんてありません。
深読みのしすぎです。
わたしは今にもスキップしそうないきおいで、そのまま校門をくぐりぬけ家へ向かいます。
すでにわたしの頭の中からイチゴのケーキはポッカリとぬけ落ちていました。
花澤さんとケンジくん 高木カズマ @4toaru
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