「賃金は、行為あるいは分けたものに対して受け取る謝礼とも言える」

「次に行く前には、トリミングをしてみよう」

「残念だけど、からまっちゃったりすると大変だもんねぇ」

 しみじみとしたミャイの声に、彼女もあの悲惨な状態を思い出しているのだとわかった。

 まったくもって、あれはとんでもない状態だった。船の犬たちが指摘しなかったのが不思議なほどだ。私のしっぽ周辺の毛が特にひどかった。ホコリだけでなく木っ端や蜘蛛の巣など、いろいろなものをくっつけていたのだから。取り去るときに苦労したので、もう二度とあんなことにはなりたくない。

「トリミングも仕事だな。自分ではできない、前足などが届かない場所も整えてくれる」

「背中の毛とか、自分で切ったりできないもんね」

 言いながら、ミャイは彼女のそれよりも短い私の前足を確かめた。

「ミャイもトリミングをするのか」

「私は毛が短いから、あんまりお世話にならないけど、毛の長い人はちょくちょく来たりするみたい。すぐに伸びちゃって、モケモフさんとは違う感じだけど、毛玉みたいになっちゃうヒトもいるのよ」

「そうなのか」

 毛玉のようになる犬か猫のヒトがいるのか。見たこともない相手に、ほんのりと親近感がわいた。

「それで、仕事の話に戻るんだが」

「うん」

「金は必要なことをしてもらう、あるいは必要なものを分けてもらうために使うものだな」

「そっか。買うって言うことは、そういうことなんだ」

 ミャイのヒゲがピンッと伸びる。

「モケモフさん、すごい!」

「そうか?」

「そうよ。うんうん、すごいすごい」

 ミャイは「すごい」を連発しながら自分の中で確認し、続きをねだる目で私を見た。

「賃金は、行為あるいは分けたものに対して受け取る謝礼とも言える」

「そうね。そうだわ」

「その額は、誰が決めているんだ?」

 ミャイは笑顔を固めて、じょじょに真面目な顔になった。

「……誰だろう」

 ミャイの弾んだ声が重たくなった。

「お父さんかお母さんに聞いたら、わかるかも」

「ならば、その問題は後に置いておこう」

「うん」

「それで、その金という便利な物をたくさん持っていると、望むものを多く手に入れられる」

「それか、うんといいものね」

 おなじリボンでも値段がいろいろだったことを思い出し、私はうなずいた。

「だから犬たちは私に仕事をしないかと持ちかけた」

「でも、モケモフさんはいまのお金で足りないなって思ってないでしょう?」

「ああ」

「だから反対したの。……それとも、自由な時間を減らしても、もっとお金が欲しかった?」

 不安げに目を細めるミャイに首を振ってみせる。

「不足を感じたことはないし、ミャイの言葉を反芻し、労働時間を増やして得られるものよりも、失う物のほうが多いとわかった。よく考えもせずに受け入れかけた私を止めてくれて、ありがたく思っている」

「よかった」

 安堵に目じりととろかせたミャイに、私も目元を和ませる。

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