「なるほどな。私もこれからは貯蓄を意識してみるか」
「ということは、あの犬たちは求めるものに金が足りず、私に手伝いを申し出た、という解釈でよいのだろうか」
さあ、とミャイは首をかしげた。
「いますぐ欲しいものがなくっても、いつか欲しいものが出るとか、必要なときがくるかもしれないってときのために、集めておきたいだけかもしれないわよ」
「いつか……」
「そう、いつか。ケガしちゃったとか、病気になっちゃったとか、急になにか買わなきゃいけなくなっちゃったとか」
ふむ。
「つまり、有事の際の蓄えをしておきたいがゆえに、それができそうな機会とみて、私に声をかけたということか」
「そうかもしれないってだけよ。聞いたわけじゃないから」
「船が壊れて森に入れなくなったり、という場合もありそうだしな」
「そうね。船が壊れたら、きっとたくさんお金がいるわ。おかあさんたちも、お店のなにかが壊れたとき、すぐに修理できるようにってお金を置いているのよ」
「そうなのか」
金を置いておくという発想はなかったが、必要かもしれない。エサを貯めておくよりも金を貯めるほうが腐らないしさまざまな使い道があるから便利だろう。
「なるほどな。私もこれからは貯蓄を意識してみるか」
「いつも全部使っちゃうの?」
意外そうなミャイに、いいやと答える。
「毎日の賃金をすべて使ったことはないから、自然とすこしずつ増えている」
「じゃあ、それでいいんじゃない? モケモフさんがケガをしたり病死しちゃったら、……そんなことになるのはイヤだけど、でももしそんなことになっちゃったら、住むところとご飯は心配ないから」
「だが、それでは心苦しい。家賃や食費などを支払える程度には貯めておかねば」
「それって、いくら?」
「え」
「いくら貯めるの?」
「いくら…………」
いくらあれば、問題ないのだろう。
「いくらあれば、いいと思う?」
「わかんない」
あっさりとミャイは興味なさげに答えた。
「だって、モケモフさんが働けなくなるなんて想像もできないんだもん。だから、どのくらい働けなくなるかもわかんないから、わかんない。モケモフさんは?」
「私も……、そうだな。予測もつかん」
「だったら、いまのままでいいんじゃない? モケモフさんがお金を使うのって、家賃と食費と私とでかけるときだけでしょう? 貯めなくっちゃって意識して、使わないようにって気をつけるとしたら、私とのおでかけを削るってことになるわよね。べつに、なにか買ってもらおうとか、おごってもらおうとか、そういうんじゃないけど……、でも、おでかけができなくなるのはイヤだなぁ」
だんだんと声を落としてうつむいてしまったミャイの、うなだれた耳を見ながら考える。
ミャイと出かけなくなれば、私は部屋の中で仕事をするほかはなにもしなくなる。出かけることで知られるものがあり、考えることができる。そこから新たなものを知り、また考え、その繰り返しでさまざまなことを覚えていける。それを失ってまで金を貯めなければならない道理はない。むしろ金は、衣食住のほかにも使ってこその道具ではないのか。
切り詰めるほど無駄に使っているわけではない。ミャイにねだられ、無理やりに支払いをしたりリボンを買い与えたりなどしていない。むしろミャイは、自分のものは自分の小遣いの範囲で支払おうとする。
私は、私の経験のために金という道具を使用している。いまの生活で削り取るための余分な使い方はしていない。
だが、もしも歯が欠けて仕事ができなくなったら――。
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