第5話


 という危機的状況に陥ったところで下半身ギンギンの状態で俺は目を覚ました。


 目を覚ますとそこはいつも見慣れた大学の学生マンションの一室だった。

 一人暮らしを始めて、ようやく手に入れた自分だけの世界。異世界ファンタジーのあの世界ではなく、現実の俺が大学生として生活する空間だ。


「夢、だったのか」


 どうやら俺はわけのわからない夢を見ていたらしい。夢を見たのは、もしかしたら書きかけのWEB小説を放棄していた事を、物語の登場人物たちが訴えかけてきたのだろうか。


 自分たちの事を見捨てないで、自分たちの事を忘れないでと。

 そう考えると何だかとてもやるせない気分に俺はなった。


「夢落ちかよ。夢落ちとか最悪だよ……」


 しかし不思議なものだ。


 妄想上の妹、魔王のクフィルちゃんに呼び出されるまでは毎日寝ていたはずのベッドだったのに、妙にその寝心地は久しぶりな感じだった。


 ベッドの脇に置いてあったデジタル時計を見た。時刻は朝の八時過ぎ。

 そろそろ講義に出かける準備をしないと、教授にまた遅刻かと言われてしまうなあ。そんな事を考えながらふと時計を見ると、時計の日付が狂っているのを発見した。


「あれ、確か異世界に召喚された日は月曜日だったような……」


 ところがそのデジタル時計の日付が金曜日になっている。しかも日にちが少し進んでずれているではないか。


「?」


 俺は小首をかしげながら、下半身ビンビンの状態でベッドを立ち上がった。

 別に一人暮らしのマンションの一室なんだから、情けない恰好ではあるけれど恥ずかしがる必要なんかない。

 そんな風に考えて、とりあえず眠気覚ましにシャワーでも浴びようと、服を脱ぐ。


「あ、照人さま起きられましたか。今日の朝ご飯はわたくしめが腕によりをかけて作っておりますからねっ。献立は麦とろごはんと大根のお味噌汁、それにサバの塩焼きです!」


 小さなキッチンに立つエプロン姿の大天使ネシェルさんがそこにいた。

 しかも何だかお腹がふっくらしている。


「ネシェルさん?」

「はいっ……」

「ちょっと太ったりした?」

「そ、そうかもしれませんねっ。もうすぐややこが生まれる時期だと思って、しっかりご飯を食べておりますから。きっと照人さまに似たイケメンベイビーが生まれてくることでしょうっ」


 俺の言葉の何を勘違いしたのか、嬉しそうにネシェルさんがそう言った。

 えっ、てかベイビーってどういう事?


「それにしても朝からお元気な事で。神様ともあろうお方が、恐れ多くもご子息を惜しげもなくお勃ちになられているとは。いやん」


 大天使が似合わない艶っぽい声音でそう言った。慌てて俺は前を押さえる。


「あっ、ごめん。生理現象だから気にしないで……」

「んもう。神様ったら、わたくしがお相手出来ないものだから、さぞお辛かったのでしょう」


 お前は何を言っているんだ。というか俺も素直にごめんなさいとか謝ってる場合じゃない!

 まるで状況が呑み込めないままで目を白黒させていると、


「そういう時こそ、あの魔王めに夜伽の相手をさせればよいのです」

「妹とやるのはさすがにちょっと……」

「世界は人間と魔族が公平であるべきだと、照人さまもおっしゃっていたではないですが。ここは悔しいですが今だけはきやつめに譲ってやってもいいでしょう。あっはっは」


 エプロンの上から優しくお腹をさすったネシェルさんがそう言った。


「というか、クフィルちゃんもこの世界にるのか?」

「この世界もなにも、魔王めはいまシャワーを浴びております。あいつめいつまで長風呂をするつもりかッ」


 言われてユニットバスの方に視線を送ると、確かに「ふんふんふ~ん♪」という鼻歌とともにシャワーを弾く音が聞こえてくるではないか。


 やっぱり状況がつかめない。

 そしてその、ネシェルさんのお腹の中にいるのか、もしかしなくても俺の子供なのか……。

 シャワールームから顔を出したクフィルちゃんが、その肌を隠そうともせずに茫然とした俺に声をかけてくる。


「あ、お兄ちゃん起きた? そろそろ学校行かないとまた遅刻しちゃうんじゃない?」


 お腹の大きな大天使ネシェルさんは俺の奥さん。

 そして妹が全裸で俺の部屋を歩いていく。

 どうする、これってやっぱり中二病まるだしの妄想上の物語じゃないよな?


「おい、ちょっといいかな」

「どうしましたか神様」

「何よいきなり、お兄ちゃん」


 俺はお腹の大きなきれいなお姉さんにおずおずと質問をする。


「これは夢の続きだったりは、しませんよね?」

「創造神・天野照人さまとの間に子供を授かる事が出来て、わたくしは夢のような心地です。ほら母子手帳だって肌身離さず持っているんですよっ」

「…………」


 受け取ってみると、母子手帳には天野ネシェルさんと書かれていた。妊娠六か月。

 俺は不思議そうな顔をした妹の魔王に質問をする。


「こ、これは俺が書きかけた物語の続きだったりするのかな?」

「何を寝ぼけたことを言ってるの。当然じゃない、お兄ちゃんは天使と魔王の争いをおさめるために、ちゃんとWEB小説の続きを最後まで完結させるって約束したでしょ?」

「…………」

「ちゃんと書き終わるまでこの駄目天使とふたりで、お兄ちゃんを監視するためにわざわかこの世界に来たんだから」

「おい駄目天使とはなんだ、駄目天使とは。大天使ネシェルさまと呼べ」

「いやよ?」


 差し出された無駄に豪華すぎる聖典を受け取りながら俺は茫然とした。


「おっおい貴様、もしかしてわたくしの最愛にして創造神たる照人さまをたぶらかすために、わけのわからない薬でも飲ませたりしたのではあるまいな」

「し、失礼ね、あたしはあんたみたいに抜け駆け受胎とかやらないんだからッ」


 目の前で天使と魔王が喧嘩をはじめた。けれども今の俺はそんな事などどうでもよかった。

 だれか俺にこの現状を説明してくれと頭を抱えそうになったところ、ふたりの妄想上の女の子たちがそろって俺に向き直った。


「ちゃんと責任とって、物語は最後まで書いてくださいね!」


 はい、頑張りますッ。

                                   おわり

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俺が創造した世界を放置した結果、大変なことになっているようです!/狐谷まどか 狐谷まどか @kotanimadoka

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