第4話
神殿はいいところでした。
身を清めるという目的でお風呂もちゃんと整備されている。しかも神殿で働く宗教関係者のみなさんは、みんな若い美人さんぞろいなのである。
まあ、だったらいいなという事で高校時代の俺はそういう風に設定を書いたのだから、これは当然なんだけどね。
「創造神・天野照人さま、お湯加減はいかがでしょうか?」
「いやあ極楽極楽。まるで天国みたいだよ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。けれども神様がおわしたところこそが天国でございます。残念ながらここは地上にござりますれば、さしずめ地上の楽園という事ですかな? あっはっは」
何が嬉しいのか俺の言葉に感極まったネシェルさんは、はじめしみじみと言って見せた後に、突如として大笑いをしたのである。
「さあさあ、わたくしめがお背中を流しますので、浴槽からおあがりください。ほら、お前たちも見ていないで、神様のお体をお清めしてさしあげるのだ!」
「「「はっはい!」」」
大天使の号令で、美人神官のみなさんが慌てて俺を浴槽から引き上げてくれた。
しかもここはお風呂。とくればみなさん当然ながら全裸である。全裸の美人神官ちゃんたちが自らの体にオリーブ石鹸の泡をぬりつけて、体を洗ってくれるというのである。やった!
「うほっほ。いやあ極楽だ。クフィルちゃんはあれでかわいいけれど、妹だしお胸も残念だからなあ。ちょっとこういうことは出来ませんよね」
「そうでしょうとも、そうでしょうとも。ではまず一番はわたくしめから……」
絹のような白肌胸に泡を塗りたくったネシェルさんが、ちょっと大天使に似つかわしくないエッチい顔をして近づいてくるではないか。
「わたくしはいつでも神様から受胎をうける覚悟があります。次代の救世主がご入用の際は、わたくしめをぜひご指名くださいねっ」
「えっとうん、その時は考えさせてもらうよ……」
ホント、至れり尽くせりである。
ネシェルさんを筆頭に、そんな美女ぞろいのお姉さん神官にかしづかれて、この世界に来てはじめてご馳走らしいご馳走を食べさせてもらったりしていた頃……。
ワイバーンを見事に仕留めたクフィルちゃんたち魔王一党が宿屋に戻ってきて激怒していたらしい。
「大天使にお兄ちゃんを奪われた? これはもう戦争よ!」
勇ましく吠えたクフィルちゃんとオークたちは、完全武装の出で立ちで宿屋を出発、そして冒険者ギルドで大天使討伐の仲間を集めると、一路町の中心地にある神殿を攻め立てたのである。
魔王軍、町に侵攻する。
その一報に神殿の神官たちは震撼した。
*
「お前たちはすでに魔王軍によって包囲されている! 無駄な抵抗はやめろ! 神様も神様の妹も悲しんでおられる! ただちにお兄ちゃんを開放し、この世界の平和を確約しなさい!」
神殿の外から拡声器ごしのクフィルちゃんの声が聞こえてくる。
俺はというと神殿内部にある祭壇の前に座っていた。前にクフィルちゃんが魔王城の穴ぼこの中で座っていたような、豪華なベルベット生地の玉座っぽいものだった。
この世界ではこういう安楽椅子が流行ってるのかな? と思ったけれど、そういう設定にしたのは俺でしたね。
問題は俺自身がす巻きにされてここから逃げ出せないことだ。
話せばわかる。話し合いによって解決しましょうとは、俺が元板世界でも政治評論家たちが戦争のたびに口にしている事であるけれど、今の俺は会話をするために神殿の外に出る事すらもままならないのだった。
「創造神・天野照人さまにおかれましては、大変なご不便をおかけしる事になってしまいますが、これも神様の御身をおもんばかっての事。決して神様に対する罰当たりのつもりはありませんので、ご理解ください」
そんなこと言われても、これ絶対罰当たりだよ。俺が神様だった神罰を下したいところだと思ったところで、自分が神様だという事に思い至った。
よし、ならば神罰だ! と本来ならばなるところなのだろうが、バイブルにその記述を書きたくてもそれが出来ない。何しろあの無駄に豪華な聖典に俺がひと筆書き込むだけで物語の設定が上書きできるのに、それを持っているのは魔王クフィルちゃんで、一方の大天使ネシェルさんは俺をす巻きにしている。
神様にもどうする事も出来ないっての!
「どうするんだよ、ネシェルさん。俺の妹がとても怒っているんですけど……」
「ご安心ください神様。いざ魔王軍が攻めてきた時の事を考えて、この神殿はちょっとやそっとで陥落する様な事はありませんよ。もしもの時はわたくしめが先頭に立ってレベル7の魔王なんぞは蹴散らしてみせましょう」
腰に吊った剣の鞘をパシリと叩いて、ネシェルさんが勇ましくそう言った。勇ましいのはうれしいのだけど、妄想上の妹とは言え家族に手をあげられるのは困ります。
「そ、そうだ。世界は人間も魔族も対等で公平にあるべきだと思うんだけど、ネシェルさんそうは思いませんか?」
「思いません」
ピシャリと否定されてしまった。
「神様のありがたいお言葉ですが、わたくしたちはこれまで魔王どもがどんな連中なのかも知らずにこの世界を育んできたのです。それを今頃おめおめ現れたかと思えば、恐れ多くも創造神・天野照人さまを独占しようなどと言い出した。これは良心がないといえませんかな? レベル7の分際でこの大天使ネシェルに歯向かうとは……」
「ところでネシェルさんのレベルはおいくつで?」
「よくぞ聞いてくださいました! わたくしめのレベルは何と11です!」
「あんまりかわらないじゃんっ」
嬉しそうにネシェルさんはそうご報告してくださいますが、三五〇〇年かけてレベルがたった二桁前半というのもどうなんだろう。世界の構築が中途半端だったので、大物の魔物退治とかはしなかったのだろうか……。
「それでクフィルちゃんに勝てるの……?」
「そこはほれ、神様がご設定くださった内容によれば、無尽蔵の回復魔法が使える事になっているので、いくら攻撃をくらっても問題ありませんっ。やられてもやられても、立ち上がり神官たちを率いて戦う健気なわたくし」
嗚呼、なんてジャンヌダルクっ。などとこの世界にはいないはずの地球史上の人物名を口にして悦にひたるネシェルさん。
彼女の命令によって武装した美人神官お姉さんズたちは、槍や剣を片手に鍋を兜がわりとし、鍋蓋を盾がわりにして、魔王軍との戦いのために飛び出していった。
ちょっと武装が貧弱すぎて、魔王軍の主力をなすオークのみなさんに負けてしまいそうだった。
くっ殺せ展開はエロゲや薄い本で見る分にはいいけれど、実際に目の前で展開されてしまうとなれば、神様としてそれはいただけないのである。
「いいんですかね、あのまま行かせて……」
「大丈夫です。問題ありません。創造神・天野照人さまのために純潔を散らすのであれば、これはわたくしたちにとって乙女の本懐ですから!」
そんな事になれば神様かなしい。
けれども俺の心の内なんて気にも留めない金髪のきれいなお姉さんは、腰の剣を引き抜くと勇ましく美人神官たちを引き連れて、迫りくる魔王軍を撃退すべく出陣していったのである。
俺はどうやら自分の姿を模して造られたらしい神様のブロンズ像を見上げながら、ため息をついたのである。
どうしてこんな事になっちゃったのかなぁ。
やっぱり自分が作り出した世界に責任を持たなかったのがいけなかったのかなぁ。
創作は計画的に。
今度小説を書くときはちゃんと習慣づけて、プロットもきっちりと作ろうと心に誓った。
*
しばらくして。
ネシェルさんが振り乱した金髪のまま神殿の祭壇前に飛び出してきた。
「くっ、神様。もはやオークども魔王軍が祭壇のそばまで迫っております!」
「もう諦めて、降参しよ? クフィルちゃんにはよく言って聞かせますからさ。この世界のみんなで幸せになろうよ……」
俺はタフにネゴするゴットトークで説得を試みた。けれども、
「かくなる上は是非もなし。神様、こうなってはしかたがありません」
「な、なんだよ。ちょ、何するの。ズボンを下ろして……俺トイレとかまだ平気だから、我慢とかしてませんよ? え、パンツにまで手を掛けて」
「わたくしと神様めで、既成事実を作りましょう。わたくしもおめおめと魔王めに神様をお渡しするわけにもいきません。おっ御子を受胎して、夫婦の仲を引き裂くのかと言い訳しましょう!」
何言ってるんだこの、きれいな残念お姉さんは!
抵抗むなしくズボンもパンツも引っぺがされてしまった俺は、下半身丸出しで神の子受胎の儀式に巻き込まれそうになりつつあった。
もうすぐそこまで、猛々しいクフィルちゃんの怒り狂った声が聞こえてくる。
見つかったら殺される!
でもその前にきれいなお姉さんに食べられる?
やめてゆるして、神様のライフはゼロよ!
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