第3話
自らが作り出した異世界での生活も、数週間を過ごしてようやく馴染んできた。
俺たちは冒険者ギルドで受けたささやかなバイト任務をこなしながら、今日も今日とてその日暮らしを続けている。
近頃の拠点はギルドのすぐ近くにある宿だ。
三階建ての立派な石造りの建築で、外見に反して中にはところせましと狭い雑居部屋が並んでいる宿屋だったけれど、一階の大広間にある食堂の飯はうまかった。
俺もそこで英気をやしなって依頼を引き受けるためにギルドへ繰り出すのだけれど、
「お兄ちゃんは特にスキルとか持ってないんだから、お留守番ね?」
「そうですぜ、お兄ちゃん神様に危険な仕事をさせるわけにはいかないので、神様は薬草採取の依頼を受けておいてください!」
「おう、俺たちはこれからワイバーン退治にいってきます!」
魔王クフィルちゃんに率いられたオークたちは、そう言って元気に町の外へと飛び出してった。
お、俺だって異世界でファンタジーライフしてみたいのに、あいつら俺をのけ者にしやがるんだい。
異世界ファンタジー黒歴史な小説を高校時代に書きはじめたのだって、あの頃に読んだラノベの世界観に憧れて自分もそういう世界に行ってみたい! って思ったからなのである。
思ったところ、作者なのに魔王クフィルちゃんによってこのファンタジー世界に召喚されちゃったんだから、ある意味で夢がひとつ叶ったとは言えるのだが、手に汗握る冒険についてはお預けである。
*
くさくさしていてもしょうがないので、クフィルちゃんたちに言われた様に安全な依頼をこなす事にしよう。
今日もそろそろ薬草採取に向かおうかと雑居部屋を出て階段を下り、宿屋の入り口までさしかかったところ。
「あー神様さん。そう言えばあんたにお客さんが来ているよ?」
俺は宿屋のおかみさんに呼び止められたのである。
「俺にお客さんですか?」
誰だろう、俺ってばこの世界に知り合いとかあんまりいないはずなんだけどな。クフィルかオークか冒険者ギルドの受付のお姉さんぐらいか。あとはこの宿屋の従業員ぐらいのものである。
言ってみて寂しい気分になったけれど、そういえば元いた日本でも俺はそんなに友達がいなかった。
かなしい。
かなしい気持ちのままおかみさんに促されるまま付いていくと、昼間はそれぞれ仕事に出かけてがらんどうになった食堂に案内された。
そこには純白のレースをあしらったドレスの上に、薄い法衣の様なものを纏っているうら若い女性がいたのである。髪は金髪、女性は腰に剣を吊るしている事から冒険者か何かをしているのかとも思ったけれど、ドレス姿という事を考えればこの町の権力者なのかもしれない。
そして後ろ姿からもわかる素敵な金髪のお姉さん雰囲気を醸し出していた。
「あんたに用事があるというのは、このお方だよ」
「どうも、わざわざありがとうございます」
俺がペコリとおかみさんに頭を下げると、おかみさんは「神様、しっかりやんな」と意味深なウィンクをひとつ飛ばしてくれた。
いや、何か特別な関係というわけじゃないし、今日はじめてお会いした相手ですからね?
俺たちの会話に気が付いたのか、高貴なうら若き女性がこちらに振り返って俺を頭のてっぺんからつま先までジロリと睥睨してくるではないか。
これがまた想像通りの金髪べっぴんさんだった。
「あ、どうもです。おかみさんに言われて来たんですが……」
「お呼びだてしてすまない、わたしは教会の方から来たネシェルという者だ」
「ええと、神様です」
「近頃この町に魔王とその一党を名乗る者たちが流れ着いたという報告を冒険者ギルドに出向いた者から耳にしてな……」
きれいな高貴なお姉さんは立ち上がると、俺に手を差し出しながら握手を求めてきた。
それにしてもきれいなお姉さん、ネシェルだったか……何か聞き覚えのある名前だなと俺が不思議に思っていると、
「あっあっあっ、……あっ」
「あ?」
「あなたはもしや、創造神・天野照人さまではないですか?!」
ネフィルさんは俺の手を両手で握りしめながらそう叫んだ。
「ええと、そうかもしれない」
そして、
「わたくしが、おわかりにならないのですか。わたくしはあなたさまの代理人としてこの世界を守護するネフィルであります!」
突然口調を変えて叫ぶきれいなお姉さんの言葉から、俺はまたひとつ心の闇に仕舞い込んでいた黒歴史の一ページを思い出したのである。
このきれいなお姉さんことネフィルさんは、確かに俺が書いた記憶のあるこのファンタジー世界の大天使さまである。
ちなみにネシェルというのはヘブライ語で鷲という意味だったはずだ。それでクフィルちゃんは仔ライオンという意味だったかな?
「お慕い申し上げております。お逢いしとうございました。神様がどうしてこのような場所に!」
「いやあ、色々あって魔王に呼び出されたんだよねえ」
「あの魔王めにですか? 許せませんな……」
憤慨するきれいなお姉さん大天使ネシェルちゃんである。ネシェルさんが魔王めというところを見ると、
「魔王クフィルちゃんとは顔見知りなのかな?」
「いえ知りません。何しろ奴めはこの世界が創造神・天野照人さまによって造られてからこっち、いっこうに顔を見せておりませんからね。わたくしたちは、いつ魔王の世界征服がはじまるのかと戦々恐々になって、人類どもの発展を少しでも進めるべく躍起になっていたところです」
「そうかあ、それはご苦労様です」
「ねぎらいのお言葉、痛み入ります!」
キリっと姿勢を正した大天使ネシェルさんがそう言った。
確かに俺はWEB小説を書くにあたって、創造神の妹にして魔王クフィルちゃんを主人公に、彼女がこの世界を征服していくというあらすじを書いたはずだった。
実際には魔王誕生のくだりを物語のプロローグで書いた後に、大天使ネシェルさんによる人類の文明開化のシーンをせっせと書いていたぐらいである。
おかげでこうして町はそこそこ文明的に発展していたし、見た目は中世ファンタジー風である。この世界が誕生してまだ三五〇〇年しか経過していないとは思えない発展ぶりだね。
「するとあなたは、魔王軍の侵攻を危惧してこうして俺を訪ねてきたわけですか……?」
「そうです神様!」
純白のドレスの上からもわかるふくよかな両の胸を揺らしながら、大天使ネシェルさんが身を寄せて来るではないか。でかい確信。
「こうしてぼやぼやしてはいられません。やはり神様がこの世界に、魔王めによって降臨させられたという事は、噂になっている様にこの町に確かに魔王がやって来ているのですな」
「うん」
「で、魔王はどこにっ?」
興奮冷めやらぬ感じでネシェルさんが俺の顔を近づけてきた。やばい、甘い吐息がかかる度に妙な気分になる。
「クフィルちゃんなら、今しがた冒険者ギルドで受けたワイバーンの討伐に向かったんじゃないかな……?」
「何と、おめおめと逃げられてしまいましたか。神様をこの様な小汚い宿屋に残して逃亡とは、許せませんな!」
憤慨したネシェルさんは改めて俺の手を掴むと、強引にその手を引いて宿屋の入り口に向かう。
痛い、痛いよ。俺をどこにつ入れていく気だよっ!
「神様の身柄は、わたくし大天使ネシェルが責任をもってお預かりします。魔王めの裏をかくためにも、人質っ……ではなく、安全な場所にお迎えする必要があるのです!」
あの、ネシェルさん。いま人質って言ったね?
「何の事でしょうな。わたくしがまさか神様にその様な失礼な発言など……とにかく、この様な小汚い宿屋に神様を置いておくわけにはいきません!」
宿屋の入り口カウンター前で金髪振り乱しながら吠えるきれいなお姉さんと、貧相な創造神の図である。
そしてしっかりその図は宿屋のおかみさんに見られていた。
「小汚い宿屋で悪かったねぇ。で、神様どこに行くんだい?」
「ちょっと神殿まで!」
こうして俺は神殿に拉致されてしまった。
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