第2話
話を聞いてみると、この森は恐ろしく恵まれていない場所なのだそうだ。
「森で生活をするという事は狩りをしたり採取をしたりするんですがね。この森、びっくりするほど動物がいないんですよ。動物がいないという事は、動物が食べるものがないという事です」
「一見すると豊かそうに見えるんだけどなあ」
木々の生い茂る森の中を見回す俺とクフィルちゃん。
「確かに森で生活をする動物はいるんですが、どうしてもウサギとかタヌキとかしかおらんのです。ウサギやタヌキでは俺たちの腹は膨れんのです。腹を満たすためにはシカかウシぐらいの大物でないと、家族を養っていけないんですよ」
「それ、環境学の講座で聞いたことがあるかもしれないね。植生が豊かじゃないと多様な動物たちがあつまってこないんだってね。人の手が入った里山なんかってのは、自然に存在する原生林よりもいろんな動植物がそこで命を育んでるんだってな」
ふと大学の講義で聞きかじったことを思い出した俺である。すると、
「ちょっとお兄ちゃん、神様の手が入らなくなってからこの世界が何年ぐらいたってると思ってるのっ」
「ええと、三年半?」
「お兄ちゃんにとっての三年半は、あたしたちこの世界で生活する人間にとっては三五〇〇年にもなるんだよ! 三五〇〇年、あたしはあの穴ぼこの中で放置されてたんだから、わかってる?」
ごめんなさい。
「で、俺たちはこの森を捨てて人間の町に出稼ぎに行こうと思ってたんでさあ。町なら探せば仕事もあるだろうし、それが無理ならどこかの村で小作でもやらせてもらえないかと……」
大きな上背をまるめてオークのひとりが言った。
君たちも苦労してるんだなこの世界で。わかるよ、などと余計な事を言ったら妹魔王に睨まれてしまうので言わずに黙っておいた。
「それで神様と魔王さまはどちらに?」
「俺たちも同じだよ。クフィルちゃんがあんな穴ぼこの魔王城はもうたくさんだって言うから、人間の町にお引越しししようと思ってたのさ」
な、と隣にいる妹魔王に声をかけた。
「そっそれなら、俺たちも連れて行ってください! 俺たちこんなナリでしょう? 豚面だって差別もひどいから、俺たちだけで言っても相手にされないかもしれねぇ。そこいくとおふたりは神様と魔王様だ。きっと人間どもも話を聞いてくれるに違いねえ」
そんな懇願をされたので、見捨てるわけにもいかず俺たちはオークのみなさんと街を目指す事になった。
魔王クフィルちゃんも気をよくして、
「じゃあ、あんたたち。あたしの手下になってくれるなら、連れて行ってあげるんだからねっ」
「ははぁ。どこまでもお供しますぜ魔王さま!」
人生三五〇〇年ではじめての部下が出来て、大喜びをした。
*
森を抜け、人里をいくつか横目にしながら平野の麦畑を通り過ぎていくと、やがて街道に出て町へとたどり着いた。
そこは立派なお城と神殿のある、人間たちがひしめきあって生活する空間だった。
木の建物、石造りの建物、レンガで出来た倉庫なども立ち並び、長屋もあればお屋敷もある。
「腹が減っては戦が出来ないというからね。お兄ちゃん冒険者ギルドに行くよっ」
俺たちはさっそく職を求めて冒険者ギルドへやってきた。
「ここが冒険者ギルドか……」
想像していたよりも立派なレンガ造りの建物は、一見すると倉庫の様にも見える。この重厚な建物の内部に、いかめしい肉体派紳士たちがせわしなく動き回っている姿が見える。
彼らが冒険者である。
「あのう。いいでしょうか?」
「お仕事案内ですか? 新規ご登録ですか?」
「新規ご登録でよろしくおねがいします」
俺たちはぞろぞろと受付のお姉さんがいるカウンターにやってくる。周囲の冒険者のみなさまは、ちんちくりん魔王と豚面の手下に俺を加えた集団を奇異の目で眺めてくるのだった。
君たちがジロジロ見ているの、魔王だからね。
「お名前とご職業、それから特技を書いてください」
「わかったわ。あんたたち文字は書ける?」
俺もオークもみんな文字は書けないので、クフィルちゃんにお任せすることにした。何と言ってもクフィルちゃんは上位古代文字までマスターしている指揮者だかんね。
確か設定でそういう事だけは黒歴史に書き込んだ記憶がある俺だった。
「というか魔王が冒険者ギルドに来てもいいのかねえ」
「いいんじゃないかしら、何にも言われなかったし」
受付のお姉さんに促されるままに新規ご登録の申込書を全員分書いたクフィルちゃんがそう言った。
「俺の申込書にはなんて書いたの?」
「名前、創造神。職業、神様。特技、世界の創造だけど?」
「それで疑われなかったのかよ?!」
「うん、何も言われなかったし。平気平気っ!」
というわけで無事に冒険者登録を済ませた俺たちは、冒険者である事を示す冒険者タグなるものをそれぞれぶん発行してもらい、これを首から下げる事になった。
さっそくクフィルちゃんとオークたちは仕事探しのために掲示板に向かう。
俺は文字が読めないので、後に付いていってぼんやりと掲示板を眺めているだけである。
「何から始めるのがいいかしらね。魔物退治とかやってみたいけど、あたしレベル1のままだから魔物とかちょっとまだ早いかな?」
「俺たちゃレベル3から5ですからねえ。このシカを捕まえる依頼っていうのやりませんか。森ではシカがあまりいなかったので、やってみたいんですが」
「ばっか、シカを追いかけて狩に出たら、しばらく帰ってこれないじゃないか。金になるのもずっと先だ」
魔王とその部下たちが盛り上がって仕事選びをしている。
するとハタと気が付いたらしいクフィルちゃんが、俺に向き直った。
「お兄ちゃん」
「な、何ですかね」
「この本に設定を加筆してくれないかしら?」
そう言って例の無駄に豪華な本を差し出してくるクフィルちゃんである。俺はそれを受け取ると、はじめてこの本のページをめくった。
そこには俺も知っている日本語で汚らしい文字が書き込まれているのを目撃した。
俺がもはや黒歴史となった異世界小説を書いていたのはWEB上での事だったが、確か下書きとして書いていたのは大学ノートだったはず。
その大学ノートの内容と同じ様に、赤線が引っ張られたり吹き出しに加筆ぶんが加えられたり、修正が入れられたりしている。
「こ、これに記述を増やすと設定が加わったりするのか?」
「だってこれ世界創造のバイブルだよ。ここに描かれていることがこの世界の出来事として発生するし、それは何より創造神の意志として優先されるはず」
「じゃあお前が加筆したら、もっとあの魔王城も穴ぼこじゃなくて心地よい居住空間になったんじゃ……」
「何言ってるのお兄ちゃん! お兄ちゃんは創造神なんだから、著者はお兄ちゃんに限られてるに決まってるでしょっ」
お叱りを受けてしまった俺は、慌てて手渡されたペンで加筆する事になった。
「何て書けばいいんだ」
「そうですなあ。とりあえず俺の顔をイケメンにしてください。あと仕事と住む場所が欲しいですな」
好き勝手なことを言い出すオークのひとりに、ビシリとクフィルちゃんがチョップを見舞った。
「あいてッ。何するんですか魔王様……」
「集団の輪を乱すような抜け駆けは、上司として許さないんだからねっ」
シュンとしたオーガに気をよくしたクフィルちゃんがこちらに向き直る。
「とりあえずあたしたちに、魔物が討伐出来る様な装備とスキルをあたえてちょうだい。そうね、魔剣とか欲しいわ。魔王専用の攻撃スキルと回復魔法? お兄ちゃんったら、あたしに無尽蔵の魔力とか与えてくれたくせにスキルの設定だけ書かなかったから……」
「じゃ、じゃあ俺もコンバインドボウと矢をください。あと弓強化スキルも!」
俺も俺も、と次々に要求を言われたので、あわてて冒険者ギルドのフリースペースにあるテーブルに腰かけて、俺は言われたまま、思いついたままに設定をスラスラと書き込んだのである。
世界を創造した神は魔王の求めに応じ、この世に降臨した。
また創造神はその脚で人間の町に向かい、確かな信仰を誓った信者たちに、それぞれのスキルをあたえたのである。
魔王にはふさわしい剣と攻撃スキル、そして回復魔法を。そしてオーガたちには弓とその弓を自在に扱えるスキル、あるいは槍と槍を自在に扱えるスキルである。
創造神のおこした奇跡に、魔王と信者たちは感謝し、信心を新たにするのであった。
「どうでもいいけどお兄ちゃん汚い文字だね」
「うるさいよ、放っとけ!」
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