遺跡発掘

□日給:6.5k

□期間:一年

□支払日:月末締め翌月10日


□備考:作業着自腹、工具類は貸出。


□収入:★★☆☆☆

□兼業:★★☆☆☆

□危険:★★★☆☆

□ネタ:★★★☆☆


□実働時間:4時(集合)〜19時(解散)※日によって異なる




□至った経緯

 それは学生時代の話。旅行に行きたいと考えた筆者は、しかし金が無かった事から、ならば仕事で行けばいいんじゃねと思い立ち遺跡発掘の求人に応募した。時はせんと君の華やかなりし頃。関西一円に仕事の途切れる日は無かったのだった。




□業務内容

 遺跡発掘と聞くと、おばちゃんたちが手箕てみ(※プラスチック製の、ソリを半分に切った様な形状の道具。土を入れて運んだりする為に使う)を持って報道陣の前に座るといった光景を思い浮かべる人たちも多いかも知れないが、実態は異なる。


 とどのつまりは誰がその状態まで持っていくのかという話だ。考えてみて欲しい。土に埋まっている遺跡が、あんなにも復元された状態でぽんと出てくるわけがあるだろうか。すなわち発掘業とは、そこに至るまでの過酷なるロードそれ自体を指す。くれぐれも勘違いの無い様に願いたい。




 先ずは早朝。現場に向かうトラックに乗る為に、各人が会社に集まる。目的地が近ければ出発は遅いし、そうでなければ4時だとかふざけた時間帯という事もままある(仕事先が県外の奈良、京都の場合など)


 服装は基本自由だが、多いのはニッカポッカ(改造学ランのボンタンに近いアレ)に、上は長袖シャツという組み合わせが多い(なぜ長袖シャツかと言うと、半袖だと腕に傷が付いてしまったり、炎天下では日焼けから火傷に発展する恐れがあるからだ)手袋はただの軍手より、滑り止めが付いた少々高価なもののほうが良いだろう。


 県外ならトラックに揺られ数時間。始業は8時ぐらいだろうか。朝礼やラジオ大層を経て、少なければ数人、大規模な現場であれば数十人単位で別れての作業となる。


 なお後者の場合だと、現場にはA:発掘作業のグループ、B:発掘に指示を出す研究員のグループ(作業員から先生と呼ばれる)それからC:工事そのものを統括する大企業の三つにグループが陣を取り、互いの思惑を巡らせる事になる。


 具体的には。A:発掘作業者は「仕事を引き伸ばしつつ」楽に進めたいと思っているし(働いた日=日当を貰える日∴早く終りすぎると食いっぱぐれる)B:研究者はと言うと、より慎重に進めながら史跡を発掘したいと願っている。片やC:企業はと言えばとっとと終わらせて本丸の工事にとりかかりたいと気をもんでいる(遺跡発掘の日取りが伸びれば伸びるほど、発掘作業者に払う出費が増えてしまう)訳で、三者三様の思いに利害の一致はまず見られない。




 遺跡発掘の鉄則だが、始めを除き重機類はほぼ使用しない。もし通常の道路工事の様に突貫で掘削を初めてしまったらどうだろう。土中の遺跡は粉々になってはしまわないだろうか。その為重機を用いる場合でも、専門家の立会の元、リューベ(立方米)単位で慎重に土を剥いで行く(これは地層における土質や色の変わり目を見て、どこそこまでなら土を削っても問題が無いという判断だ)


 ではソレ以外はどうするのかと言えば、ひたすらに人力掘削である(要するにスコップやツルハシを使っての原始的なアレだ)なんの障害も無い柔らかな土であればなんという事は無いが、岩場や固い地層ともなると即座に地獄だ。


 掘った土は長いベルトコンベアに乗せ外へ放るか、それが近くに無い場合は冒頭の手箕てみを使ってベルトコンベアまで持っていく(晴天も大概だが、雨が降った後の柔らかすぎる土も地獄は地獄で、コンベアはべちょべちょになるし、手箕から漏れた泥で服は汚れるしで困った有様となる)


 


 やがて地層に沿って余剰な土を掘り終えると、ここで初めて遺跡がその片鱗を表す(例えば竪穴式住居の跡の場合は、家の溝や土間の痕跡などが、うっすらとだが浮き上がっているのだ)事ここに至れば重労働からは解放で、鋤簾じょれん(※鍬状の土を鋤取りならす道具)やテガリ・スコップ(市販のものを改良した、先端が曲げ、削られた道具)を用い綺麗にならす作業に移っていく。


 つまりは最終段階の撮影や一般開放に際し、より見栄え良くさせる為の締めの作業。この流れの中で、みなさんご存知の埴輪や土器の破片がちらほらと顔を出すのだ。


 破片は研究員に確認してもらい、指示があったものは一箇所に纏められ修復にかけられる(面白いのは、作業が終わる頃にはこれが土器らしき何かとして復元されている事だ)


 そうして遺跡の発掘と一般公開の準備が整えば、その現場とは晴れておさらばという事になる(もちろん公開がされない場合もあるし、そこまで行かずに調査が中止となるケースもある)




□決して文化的な仕事ではない

 私服で行った筆者は初日で気付かされたが、この仕事はそんなに生易しいものではない。丁度門を叩いたのが五月だったと記憶しているが、夏場の炎天下で延々と続く掘削作業。身体は焼けるし喉は渇くしで、下手をすれば脱水症状にもなりかねなかった。


 ※実際筆者の場合、最初半袖で作業に従事した結果ひどい火傷の様に皮膚が腫れてしまい(もともと筆者は肌が弱い)同僚のおっさんの「自生のアロエを使え」の助言に基づき辛うじて窮地を脱する程度の有様だった。


 他にも筆者と同じ考えだったのか、事もあろうかワイシャツ姿で来た初老の男性は半日でギブアップ。午後を日陰で過ごしたまま翌日からもう来る事な無かった。

 



□スポーツドリンクをケチるな

 とにかく夏場は水分の補給が急務となる。しかしここでケチって水や茶にすると、体力が恐らく持たない。筆者も実際試してみたが、スポーツドリンクにした日とそうでない日とでは、当日翌日の体力の持ちにかなりの差があった。粉末状で構わないから、水筒に入れて毎日持っていけるよう準備するのが吉だろう。




□じゃあメリットってなんだい

 低日給で過酷な労働、一体じゃあこの仕事のメリットってなんなんだろうと考えてみる。それはやはり擬似的な旅行体験という事になるんじゃないか。


 京都は僻地の、山奥の神社の側。そこは昼間は竹林のざわめきに光が揺れ美しく、薄暮時には行灯の光がぽつぽつと灯る。額の汗を拭いながら休憩時に石畳に座って、すると聞こえてくるのは晩梅のひぐらしだ。


 或いは和歌山の初秋。野を一面に埋め尽くす赤の曼珠沙華は、正に世の此岸と彼岸を分かつ美しき幽世そのものと言っていい。


 夏場の作業は確かに過酷だったが、その日は日食が太陽を覆う。「おお」とざわめき手を止める周囲に釣られる様に空を見上げると、ほんの一時ではあるが昼を失った一帯が、時を止めたかの様に静止して映る。それってなんだかロマンチックじゃあないか。


 スコップを支えにトラックの荷台に揺られて往くなんてこと、このご時世じゃあ中々体験しようにも出来ない事だ。体力に余力のある若いうちになら、やってみてもいいのではと思うのは、筆者だけだろうか。




□デメリット、というよりも世の悲惨

 これが本業と考えると少々キツイ。筆者が学生ながらにして感じた世の悲惨について語ろう。


 筆者が自転車で大学に向かう途中の道路に、全国チェーンの靴屋があった(かつてはハローマックと呼ばれていたあの建物の、その後釜だ)一度寄って自前の靴を買った筆者は、店内で指示を出す初老の男性を覚えていたのだった。


 それから一年経ったある日の事だ。見覚えのある顔が新入りとしてやってきたのは。疲れきった初老の男、些かに老いては見えるが、確かに彼は靴屋の店長だった。きびきびと指示を出していた昔日の面影は余りに薄く、ヒゲの伸びた白髪の男性は、暫くして身体を壊すと、もう二度と現場には現れなかった。


 この仕事は、年配であったり、他の仕事で炙れたメンツが縋る様に流れ着いてくる吹き溜まりでもある(昔はそうでも無かったらしいのが、公共事業の予算削減で給与が減り、職人レベルの人材が流出したのだとか)よって前述の様に職を失ってやってくる者も多いのだ。だが結局は付いて行けずに離れていく。世は無常だ。店長まで上り詰めても、一歩間違えば底の底でスコップを握るハメになる。あなたはどうだ?やっと手に入れた今の仕事が、将来いつまでも安寧であると胸を張って言えるか?そしてもし失った時に、後悔せずに居られるだけの信念ある日々を送っているだろうか。いいや、そんな話はよそう。負け犬の遠吠えと笑い過ごして欲しい。




□総括

 土木ってどんなんかな?その入門には適していると思う。怒られれば工具が飛んでくるし、厳しい言葉も投げかけられたりする。ただ開けた史跡の風景と、低日給だからこその打ち解けた雰囲気で、そこまでの重苦しさは無い。学生時代に覗いてみる分には良いのではなかろうか。ちょっとした旅行気分は味わえるだろう。


 なお、この時教えてくれた先輩(社長と喧嘩して辞めてしまったが)の言葉は、未だに筆者の記憶に強く残っている。これは筆者が現場に入りたての頃、何の変哲も無い公園でつい漏らしてしまった問いに対する、先輩の答えだ。


「あの、これってどこに遺跡があるんでしょうか?」

「アホかお前。掘ったらそこが遺跡やろが。何もない土地があるかボケ」 


 そりゃそうだ。過去の無い土地なんてある訳が無い。

 誰かが生きて跡を残すのなら、それはいつだって遺跡なのだ。

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