第2話 連絡

 群馬県前橋市。広大な関東平野の終わりとしてこえより北部には山々が連なっていることとなる。その山々へと連なる入り口に当たる前橋市に少年──林雄也は住んでいた。

 雄也の家は一般の家庭とほぼ変わらない2階建ての家だ。肌色の壁に赤い屋根を持つ。本当にどこぞの家庭とは変わらない家である。その家の2階にある部屋に少年林正行以下正行はいた。まだ朝8時なので朝は早い……はずだ。

 ちなみに今日は6月27日月曜日。思いっきり平日である。


 「はぁー」


 それから数分して正行は目を覚めして大きく体を伸ばしあくびをする。そして、布団の横に置かれている豚さんの貯金箱の隣に置かれている面白みもない灰色のデジタル時計に目を向ける。現在の時刻は8時4分。


 「ああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 正行は叫んだ。朝っぱらから騒いだのであった。しかし、正行は朝っぱらから叫んだところでこの家の1階からも2階からも誰1人として「うるさい」と怒鳴る声はしない。その理由は簡単である。正行の両親は共働きである。その関係で2人の朝は早い。だからもうすでに仕事に出かけてしまっているのだ。それゆえに誰も今の正行の奇行に対して怒らないというわけだ。

 正行は急いで制服へと着替えた。そして、自分の勉強机の上に置いてあった鞄を手に取ると、扉を思いっ切り開けて慌てて1階へと飛び降りるかのような動作で降りる。朝飯が机の上には置いてあった。ごはんと目玉焼きだ。しかし、今の雄也にはそれを食っている余裕というはない。だから、キッチンの籠の中から食パンを1枚手に取り、冷蔵庫から目にもとまらぬ速さでブルベリージャムを手に取りパンに塗り、そして、玄関を出てカギを忘れずに閉め慌てて学校に走って向かう。パンを口にくわえたままでだ。そうでもしないと時間が間に合わない。遅刻しては内申に響いてしまうので、雄也にとってはそれだけは避けたかった。

 正行の家から徒歩20分。そこに正行が通う県立の高等学校は存在している。偏差値65の学校でありいわゆる進学校として名高い学校だ。そして、正行は実を言うと意外と頭がいい。文系クラスであり日本史、政治経済、国語、英語筆記の偏差値は70オーバーと私文系で見るともう完全に上位の私立大学を目指せるぐらいの能力を持っていた。ただ、正行の志望校は国立文系の旧帝国大学。私文系の科目に加えて理系科目数学①、数学②、理科基礎─生物基礎・科学基礎も勉強しなければならない。それを加えると……まあ、正行はひどいことまではいかないが70オーバーの自慢をすることが難しくなるのである。

 閑話休題。

 さて、正行は現在走っていた。それは、遅刻するからである。何としても遅刻だけは避けないといけない理由が正行にはある。だから、走る。全力で走る。


 ブルブルブル


 そこに突然バイブルの音がする。音の発生源は正行の学ランの右ポケットからだ。バイブルが鳴り響いている。正行は右ポケットに手を入れてその、音の発生源を手にする。音の発生源はスマートフォンだ。そして、画面には大きく着信画面に発信先の名前が出ている。


 妙義団団長。


 画面にはそう映されていた。電話の相手は妙義団団長であった。正行はそのことに気が付くと走るのをやめてその場に止まり、着信ボタンを押し電話に出る。


 「もしもし、林正行です」


 「はぁーい、正行。しおりんだよー」


 ブチッ


 正行は着信終了のボタンを思いっきり押した。そして、すぐにまた携帯のバイブルが鳴り出す。正行は電話の相手が誰なのか分かっている状態だったのでいやいやにその着信ボタンを押すことにする。


 「ごめんごめん、許してよー、ねぇ、正行ー」


 予想通りに電話の相手は先ほどと同じ相手であった。

 今、正行に電話をしてきた女性は正行が所属している組織のボス(組長)の木村詩織であった。正行からしてみれば今この時間にはあまり積極的には関わりたくはない女性である。


 「……何だよ。今から俺は学校に行かないといけないんだ。しかも、今遅刻ギリギリ。お前のつまらない話に付き合っている余裕はないんだ」


 正行は詩織の話を無視する。正行としては学校の方が大事なのだ。学生の本業は勉強。副業は本来は学校の校則では禁止されているのでやってはいけないがそれを黙ってやっているこの仕事だ。それを言い訳に学校をさぼるわけにはいかない。


 「まあ、そう言うと思っていたけど仕事だよ。しかも、とても重要なね。学校は大事だと思うけど今回ばかりは組織のボスである私の命令というよりもさらに上からの命令なんだよ」


 「上から……まさか知事からか!」


 正行は詩織の言い方で今回の仕事の依頼主、そしてその重要性というものを認識した。

 この組織についてはおいおい説明をすることにして正行はお偉いさんからの命令、依頼となれば断るにも断ることができない状況へとならざる得なくなる。結局のところ正行には選択肢という選択肢は最初から存在しておらず学校を今日は休むこととなってしまった。もちろん、律儀に学校には体調不良で休みますという電話もしておいたのであった。

 

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