3、夜の闇と招かざる客《5.5》


 マリーは、今回の襲撃の黒幕が誰か、とっくに分かっていた。

 その黒幕であろう人物のことを思うと、頭痛がしてきそうだった。


(まったく……懲りないお方ね)


 あちらがどれだけ刺客を送ってこようが、全部返り討ちにするだけなのに。


「馬鹿が。この私が負けるとでも思っているの」


 思わずマリーは、吐き捨てるような口調で言った。

 それと同時に、マリーの強い意志が宿る瞳に、怒気が映った。

 煌びやかなドレスや宝石で身を飾る貴族令嬢のようなことはしないマリーであるが、その分、誇り高かった。それは、誰もが認めるほどに。

 しかし、単にお高くとまっているイヤなお姫さまというわけではない。時に、民に寄り添い、民と同じ目線で政をする。ただ、ひたすら己を磨き続けるという努力による矜持、その高さが、マリーを支えているのだ。

 そうでなくては、絶大な民衆の支持を得てはいない。


 そんな彼女でも、悩みの種は尽きなかった。

 彼女は更に、思考を巡らす。



◆◇◆◇◆



 実は、マリーの父であるフロシアン十三世には、歳の離れた腹違いの弟がいる。

 いわゆる、異母弟というやつだ。

 呼び名はバロン公爵、名はシャルルという。

 彼の母は、先王(マリーの祖父)の若い後妻だった。もともとは、先王の側室だったらしい。

 しかし、先王の最初の正室(マリーの祖母)であった王妃が身罷った後に、継室である王妃になったそうだ。


 この若い先王の後妻が、正式な王妃となった当時は、様々な憶測が飛び交ったらしい。

 例えば、“国王陛下(マリーの祖父)は、若い後妻に首っ丈になった”という、非難とか。“若い頃は名君とも言われたお方も、歳をとれば暗愚化してしまうのか”という、先ほどのものにも似た嘆きとか。さらには、“亡き王妃さま(マリーの祖母)は、今度の王妃さまに毒殺された”という、物凄くきな臭いものまであったそうだ。


 マリーは、実の祖母にも、義理の祖母にも会ったことはない。     彼女らは、マリーが産まれる前に、とっくに亡くなっていた。

 だから、産まれる前のことだから何とも言えない部分もあるけれど、マリー自身も、義理の祖母であるこの先王の王妃について、良く言っている噂を一度も聞いたことがなかった。

 でも、これは確かなことだと言えることがある。

 それは、この王妃は権力という魔物に取り憑かれていたということだ。

 実際、とても嫉妬深く、また浪費癖があったそうだ。これは、王家の正式な記録にも残っているので、間違いはないだろう。

 嫉妬深いというところは、まあ、良しとしよう。なんせ、この世にはいない人だからだ。ただ、先王の祖父上はずいぶん苦労しただろうな、とは思うけれど。

 しかし浪費癖、これはいただけない。このさきの王妃のせいで、王宮の金庫の財宝の数が確実に減っただろう。いくら、王室の年間予算の範囲内でやっていたとしても、塵も積もれば山となる、お金は流失し始めたら簡単には止まらない。それに、なけなしの血税を払っている庶民からしたら、さぞ大迷惑だったろう。

 この浪費家による散財が、後に王家および王国の金庫を一時空っぽ寸前にした端緒でもあるが、ここでは置いておく。


 これはマリーの憶測だか、多分この先王の王妃は、誇り高く、高慢な性格だったのだろう。

 だから、先王の側室などという立場など、さぞ気に入らなかった筈だ。それ故に、何らかの形で、マリーの実の祖母を暗殺したか、または貶めたのだ。

 しかし、正室の座を手に入れたところで、先王は亡き伴侶のことを、そう簡単には忘れはしなかった。

 事実、マリーの実の祖母と先王は、とても仲の良い夫婦だったらしい。

 先王も、政治的理由がなかったら、決してこの若い後妻を側室になどしなかっただろう。そう、誰もが思えるほどに、二人は相思相愛だったそうだ。

 そんな愛情の薄い夫婦の間柄に、この若い後妻王妃が納得するわけがない。

 しかも、先王と先妻との間にできた二人の子ども(このうちの一人がマリーの父である)は、揃いも揃って優秀だった。

 だから、何もかも気に食わなかったのだ。先王も、その先妻も、そして王家も。


 そんな彼女の息子として産まれたのが、マリーの父の異母弟、シャルル叔父である。

 随分と話が脱線してしまったが、ここで、シャルル叔父と、話は繋がる。

 この叔父は、事あるごとに、並外れた秀才であるマリーの父と比べられながら育ったらしい。特に、母親からの期待は凄まじいものがあったそうだ。

 そのため、常に劣等感に苛まされてきたことだろう。そこだけは、同情する。

 しかも、これも悪いことに、どうやらこの母親は叔父に王位に就け、異母兄の王太子に負けるなと、ひたすら言っていたらしい。

 それ故に、叔父は王位に就くことを望み、努力を積み重ねてきたそうだ。

 そうして月日は流れ、先王が崩御する。すぐに、王太子であったマリーの父が即位すると、叔父は、王位継承権第一位を持つ王太弟となった。


 しかし、マリーの父に嫁いだ亡きマリーの母は、その十七年後に王子を産む。これが、マリーの弟である後のフランソワ現王太子だ。

 それにより、この叔父の王位継承権は暫定一位となってしまった。

 しかも、その王子誕生から六年後、フランソワ王太子は正式に王位継承権第一位と認められる。さらに、マリーも、王女では初の王位継承権保持者となり、シャルル叔父の王位継承権は第三位に下がった。

 もちろん、王位に就くという妄執に囚われている叔父が、これに納得するわけがない。

 以後、マリーとその弟のフランソワの息の根を何としても止めようと、彼は暗躍することになる。


 これが、マリーに刺客が差しけられた理由だ。

 いや、正確に言えば、フランソワと、ついでにマリーを抹殺しようとする理由か。



◆◇◆◇◆



(いけない。また長風呂をしてしまった)


 ついついゆったりとお湯に浸かってしまったマリーは、立ちくらみがしないように、ゆっくりと立ち上がる。

 それから、浴室を後にした。


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