2、出立前に《5.5》


「はぁ……………。よくわかりました。その、アマリス公閣下の女性趣味とかは一旦置いときまして」

ジークハルトは、目の前にある荷物を脇に置くような動作をして。

かなり脱線していた話を元に戻した。

「マリー殿下。殿下はアマリス大公国における、“大公の世継ぎ選びの試し”と言うものを御存じですかな?」

「“大公の世継ぎ選びの試し”?」

さしものマリーも目が点になった。

なんだ、それは?

「これは、その言葉通り、大公陛下のお世継ぎ様を選ぶ試験です」

「お世継ぎを選ぶ試験?アマリスは、世襲制ではないのですか?」

マリーは首を傾げた。

どこの王国や皇国、公国でも、君主の位は世襲で受け継がれるものである。

特定の君主を戴かない自由都市とかではない限り、ある特定の一族の者が君主として立つ。それが、世の中の常識である。

そんなマリーの疑問に答えるかのように、ジークハルトはさらに続けた。

まとめると、以下のものである。


・一つ。アマリス大公となれる者は、アマリス大公家の血を引く者であり、かつ継承権を持つ男系男子とする。


・一つ。年齢が、満十五歳から満三十歳であること。


・一つ。大公となりたい者は、大公の代替わりの詔を、その時の大公が出した際に開かれる“大公の世継ぎ選びの試し”を受け、その試しを見事成し遂げ、最も良い成績を収めた者とする。


・一つ。伯爵家以上の身分を持つ者が(一人以上三人以下)後見に就くこと。


・一つ。大公家会議で二分の一の賛成、または諸侯会議で三分の二の賛成を得られなければ、例え“大公の世継ぎ選びの試し”で最も良い成績を収めたとしても、それを認めない。


「なるほど……………。だから、完全な世襲制ではないのですね」

ジークハルトの話をすべて聞き終えたマリーは、こう言って頷いた。

「でもちょっと待ってください。これでは、諸侯権力の介入を許すことになるのではないのですか?」

「左様。なにしろ伯爵家以上の者の推薦が必要にございますからのう。過去には、大公位を巡り、血みどろの争いに発展した例がいくつもあるそうです」

「ではなぜ、こんな試しを行うのです、アマリスは?」

(大公家はいざ知らず、国の有力諸侯のほとんどを巻き込むようなことを、なぜわざわざ行う?)

それこそ、諸侯権力の介入を許し、国の発展や安定を壊すかもしれないのに。

その疑問に答えるように、ジークハルトは口を開いた。

「それは、そんな諸侯を抑えてこその、大公であるからだと。事実、大公になりあそばれた歴代の大公陛下は、そろって優秀なお方にございます。それに、アマリスはもともとは小国にございました」

「そうですね。確か、北西の方の小さな国だったと。それが紆余曲折あり、大帝国と言っても過言ではないくらい、大きくなりましたが」

そうなのだ。

今でこそアマリスは大国だが、百年ほど前までは、フロシアと国の境を接することはなかった。それこそ、北西の小国中の小国という位置づけてあったのだ。それが、あれよあれよという間にこんなにも大きく――――というか、膨らんだ。

それにもともと大公という位は、小国の君主の称号である。

そんな称号をいつまでも使っていることに、内心不思議に思っていたのだ。それは、マリーがフロシアや近隣諸国の歴史や政事について学んだ小さい頃からの疑問だった。

今はその疑問はさて置き。マリーは今聞くべきことを口にした。

「それでは、その現アマリス公閣下はなるべくしてなられたと」

しかし。

ジークハルトは首を横に振った。

「いいえ。実はそうではないのです。現アマリス公閣下は、もともと次期大公有力候補ではありませんでした。後見についた方は、かなり高貴な家柄の伯爵家の出ではありましたが、閣下自身はそれほど有力視されていませんでした」

「言うならば、ぽっと出と言うことですか」

「はい。少々失礼な言い方をすれば」

マリーはうんうんと、頷いた。

言うならば、アレだアレ。

当初は誰もが弱小候補だと考えていた人が、飛ぶ鳥を落とす勢いで一気に何十人もゴボウ抜きで見事優勝っ‼︎とか。水晶玉がゴロゴロ転がっていた中に、いきなり光り輝く大きな金剛石ダイアモンドが出てきましたーっ、とか。

多分、そんな感じだろう。おそらく。

マリーはそう思った。

それと同時に、そのアマリス公閣下は相当賢いのだな、と頭の片隅に留めておく。

「当然、アマリス大公家の会議では賛成を得られず、諸侯会議で賛成を得て、お世継ぎとなられたそうです。なにしろアマリス大公家内ですら予想していなかったようにございますからのう」

それはそうだろう。

いきなり出てきた若造に、打ちのめされ、コテンパにやられたようなものなのだ。

大公家の御子息方、と言えば、相当矜持そうとうプライドが高いはず。してやられた他候補の心のうちは、いかばかりか。容易に想像できる。

「わかります。それは賛成なんか、得られる訳ないですね」

「と言うことは………………。殿下。もう、おわかりですな?」

ジークハルトの声が、急に低くなった。彼の目線も鋭くなる。

「ま、まさか……………」

マリーは青ざめた。

これ以上、言わなくてもわかった。

アマリス公閣下が思い浮かべるだろう、台本シナリオはこうだ。


『無事、アマリス公になることができた。

しかし、次期大公となるアマリス公になった今でも、大公家や諸侯を問わず、敵は多い。

そうだ。他国の姫を娶ろう。

そう言えば、隣国のフロシア国王に妙齢の王女むすめがいたはず。彼女は確か、姫ながら武勇に優れ、なおかつフロシアの多くの民に慕われているらしい。

これは良い。早速手配をさせよう(おそらく完結)』


「……………………………」

マリーは沈黙した。

「おわかりになられましたな、マリー殿下」

ジークハルトの静かな声に促されたのか、マリーは口を開いた。まだ、顔は青ざめたままだが。

「……………ええ。アマリス公閣下は、私を娶ることでフロシアの後ろ盾を得ることができ、なおかつ、今までフロシアとアマリスにあった確執も、和らぐ。そうですよね……………?」

「左様。これで、二つ目の話と繋がるわけです」

ジークハルトは重々しく頷いた。

「………………わかりました。お見苦しいところをお見せし、申し訳ございません。少し、取り乱してしまいました」

マリーは頭を下げた。

それに、ジークハルトは首を横に振る。

「いいえ、殿下。王侯貴族では当たり前のように行われていることではございますが、実際御自分のこととなると、多少動揺されても仕方ありませぬ。あまり、お気になさらないでくだされ」

「…………………ありがとうございます」

マリーはもう一度、頭を下げた。

この言葉が、嬉しかった。

「しかしマリー殿下。そうも言ってられないことがございます」

ジークハルトは、ここで言葉を切った。

まるで、最重要事項を話すかのように。

「一つ、殿下にお聞きいたしまする。殿下は、本当に、アマリスに参られるのですか?」

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