2、出立前に《5》


「殿下。ここで一つ目の話と繋げましょうかのう。この縁談のお相手は、フェイルン・ファン・アマリス殿下であられましたな?」

「はい。そうですが………?」

マリーは少しだけ首を傾げた。それがどうしたと言うのだろうか。

「フェイルン・ファン・アマリス殿下――――ここではアマリス公閣下としておきましょうか。閣下は御年十八であられ、殿下とはあまり年差はありませぬ」

「はい。まぁそうですね、言われてみれば。世間一般的に言うと、お似合いっていうことでしょうし」

「はい。わしも同じく」

ジークハルトは首肯した。

「それに、アマリス大公国は、非常に大きな国にございまする。そこのお世継ぎ様となれば当然、他国の王女か自国の有力貴族の姫を娶られることとなりましょう」

「はぁ。つまり私はその条件を満たしてしまっていると」

「そういうことにございましょうな。聞く話によりますと、閣下はとても誠実なお方だそうです」

「……………………はぁ。それは結構なことです」

一応、相槌を打っておく。本当にそうなのかと内心、首を傾げながら。

「臣下の諫言にもよく耳を傾け、気配りも良くお出来になられます。今では御高齢な大公陛下にかわり、国の隅々まで出向いておられらそうです。それでいて、浮いた噂一つ流したことはない。まさに品行方正で、理想的なお世継ぎ様にございましょうな」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ⁉︎それではまるで、聖人君子のようなお方ではないですか⁉︎」

マリーは慌ててジークハルトの話を遮った。遮らなければ、それこそもっとたくさん、そのアマリス公閣下の褒め言葉が続きかねない。ジークハルトに自分の知る若い男のについて教えるべく、マリーは口を開いた。

「いいですか、ジークハルト様。私の経験から言わせていただきますが、若い男なんてみんな同じようなものですよ。シリルのように若い女性に甘い笑顔や言葉を振りまき、純情な女性の心につけ込み、その心を釣っているような女たらしか、ボンボンであることをいいことに、放蕩三昧しているようなどうしょーもない貴族の坊ちゃんとか………………。みんな同じ。どんなモテない男だって一度はたくさんの美しい女の人に囲まれたい……………とか思ったり、イカガワシイ本を部屋の隅でグブグブと言いながら、親に隠れて読んでいたりするもんです」

マリーはうんうんと頷いた。

そうだ。そうに決まっている。男なんて、みんなそうだ。一部の例外を除いて。

一方、急に饒舌になったマリーに、ジークハルトは苦笑した。

、と思った。

色恋なんて無縁、初恋経験もナシ、と言っていた人と同一人物だとはとても思えない。


ちなみに、シリルという者はマリーの同僚。近衛軍一ノ将軍だ。華やかな女性関係で語られ、浮名を流しに流しまくっている男(マリー談)である。


「もちろん、違う人もいますよ。奥方や恋人に忠実な殿方も、いらっしゃいます。が、世の中、真面目な男なんてほとんどいないのが事実です。 だから、李親子やあなた様のようなカタブツを見つけるのは、至難の業と言ってもいい。ええ、ええ。これは、本当です」

マリーはさらに頷く。


ちなみに、ここで挙げられたカタブツこと李親子とジークハルトは、社交界でも有名な愛妻家であった。もっとも、李龍斗はまだ正式な結婚していないので、正しくは“婚約者”に、であるが。


「そのアマリス公閣下は、本当に年頃の殿方ですか?次期大公という高貴なお方なら、女性なんて、それこそ選り取り見取り、選びたい放題でしょう?であるのに浮名を一つ流れたことがないって………………。本当ですか?」

「…………………………。まぁ、よくそのようなことを御存じで」

ジークハルトはさらに苦笑した。確かにその通りではあったので。

「私だって、伊達に三ノ将軍をやっていませんよ。あ、そうだ。兵の士気を一気に上げる方法を御存じですか?」

マリーは悪戯っぽく微笑んだ。

いきなり変わった話題に少しだけ驚きながらも、ジークハルトは聞いた。

「はぁ。なんでございますか?」

それに、マリーは自信たっぷりに笑って答える。

「それは私のドレス姿です。基本的に近衛の衛兵っていうものは、万年女に飢えているんですよ。だから、士気が下がりやすい時期――――そうですね、例えば真夏とか年の終わりとか。とにかくそういう時に、決闘会の副賞は私のドレス姿でーす、とか言うと、大抵の男は食い付くんです。それこそ目の色変えて、演習に励みます」

マリーはさらに続ける。

「中には、こんなドレス着てくれーって私に新作のドレスを用意してくれる男までいるんですよ。こういう男は一番扱いやすい。根が単純ですからね。まとめますと、まず第一に、兵の士気が上がる。さらにタダですみ、それどころか新作のドレスまで手に入る。まさに、一石三鳥と言うやつでしょう?」

「…………………」

ジークハルトはちょっと遠い目をした。

想像すれば、知らず知らずのうちに貢グ君にされて犠牲になった男の数々が目に浮かぶ。それで喜んでいるのだから、不憫といえば不憫だが。

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