2、出立前に《4》
「………………と、言うわけです」
すべてを話し終えたマリーは、ここでふぅと一息ついた。
見ると、かなり驚いた(らしい)ジークハルトが目の前にいる。彼も初めの方は楽しそうに聞いていたものの徐々にその顔が険しくなり、終いには天を仰いだ。
宰相グラハードから大まかな事情は聞いていたようだが、やはり
彼は一度深く嘆息した。
「はぁ……………。事情は、わかりました。少し、情報を整理させてもらいますぞ」
元々刻まれていた眉間のしわを指でほぐすようにしてこう告げた彼は、しわが刻まれた右手の掌を私に見せるようにあげ、人差し指を折り曲げた。
「一つ。アマリス大公国から来た縁談のお相手が、フェイルン・ファン・アマリス殿下であるということ。確か…………このお方は、アマリス大公陛下のお世継ぎである“アマリス公”の称号をお持ちであり、現大公陛下のただ一人のお孫様」
「ええ……………。そう、です」
初めて知る情報に内心驚きつつも頷く。
そんな私の様子をハッキリ無視した彼は、
彼はその節くれた指をもう一つ折り曲げた。
「二つ。アマリス大公国から来たこの縁談。これに政治的な意味があるか否か。そしてあるとしたら、どういう意図でこの縁談をあちらは寄越してきたか」
これにも「はい」と頷く。というか。
(いや……政治的な意図は絶っ対あるでしょう〜。私は王女、相手は世継ぎの公子。ないほうがおかしいでしょう)
と、内心ツッコミを入れておく。
「三つ。何故、あちらは結婚話ではなく、あくまで“縁談”として寄越して来たか。………………………私としては、これが一番気になりますのう?」
ジークハルトが、悪戯っぽく微笑む。
(――――――あ)
マリーは、自分も感じていなかった微かな違和感の正体を、ようやく知ったような気がした。
普段、あまり出さないようにしている動揺が顔に出てしまう。
それに少しだけ片眉を上げた彼は、マリーにこう言った。
「マリー殿下。まずは一つ目から――――と行きたかったのですが、三つ目からでよろしゅうございますね?」
「………………………………………………………………………はい」
頷くしかなかった私は、負けた…………と思いながらそれに同意した。
「さて。マリー殿下はどう思われますか?」
「そうですね………………」
マリーは腕を組み、瞼を閉じた。
一拍後、頭の中で瞬時にたくさんの可能性を弾き出す。その中で、最も可能性があるものを私は紡いだ。
「あくまで“縁談”としてあちらが寄越して来たのは多分、結婚話にしたら断られる可能性が高いから、ではないのでしょうか?」
「それは何故です?」
「それは……………。自画自賛するようで非常に恐縮なのですが、私がただの王女ではないから、かと」
言った後、マリーは軽く咳払いをした。自分のことを言うのは、ちょっとだけ恥ずかしい。
そんなマリーを見たジークハルトは、小さく頷いた。
「そうですな。マリー殿下は御年十七であられながら、すでに陛下から近衛軍の三ノ将軍の位を賜わり、陛下の信も厚うございます。それにこの国の
「………………………。あなた様に褒められる日が来るとは思いませんでした。でも、やめてください。そう言われると、ちょっとビミョーです………………」
マリーの目が半眼になる。
ここまで手放しに褒められたのは初めてだ。何か裏でもあるのか疑ってしまうくらいである。
それに。
「タヌキに褒められてもねぇ……………」
「おや、何かおっしゃられましたか?」
「い、いいえ。何でも、ありません」
ボソッと呟いた言葉をもう一度聞かれる前に、慌てて首を横に振る。
(危ない、危ない…………。忘れていた。この人は、)
………………地獄耳でもありました。
ジークハルトは、そんなマリーの様子に少しだけ首を傾げたが、すぐにこう言った。
「わしも、その通りだと思いまする。“結婚話”としてこちらに寄越せば明らかに断れる可能性が高い。ならば、“縁談”とすれば、少しぐらいフロシアも考えてみるくらいはしてくれるのではないか。……………だいたい、こんな感じでございましょうな」
「事実、陛下はこの話に乗り気になられた」
「左様。それに、陛下は殿下に“お見合い話”と仰せになられましたな?」
「はい。その通りにございます。間違いありません。陛下はそのようにおっしゃられました」
これにもしっかり頷く。確かに父国王は『見合い話が来た』としか言っていなかった。
ここでふと、私はこう思った。もし、この縁談が“結婚話”として来ていたら陛下は、どのように思われたのだろうか………………と。
娘にもやっと良い縁談が来た、とお喜びになるのだろうか?それとも私の耳に入れるまでも無く、穏便に済ませようとなさったのだろうか?
…………………わからない。
陛下が、何をお考えになっていらっしゃるのかがわからない。
マリーは急に、父国王のことがわからなくなった。昔から、気に食わないタヌキだとは思っていたが、あくまでそれは国王としての話。そういえば父として見たことは、あまりなかった。
「マリー殿下。大事ありませんか?」
顔が僅かに強張っていたからだろうか。ジークハルトが心配そうにこちらを覗き込んでくる。
「いいえ。大事ありません。それよりも、話を進めてくださいませ」
マリーは無理やり思考を追い払うように、大きく
ジークハルトは完全に納得してはいなかったようだが、「わかりました」と言った。
まだ、二人の話は続く。
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