2、出立前に《3.5》
「そうですか………。ご自身のお口からおっしゃりたくなければそれで結構。わしが言いましょう。『縁談が来たから、ちょっくらアマリスに行ってこい』………………違いますかな?」
次の瞬間。
マリーは思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
しかし、これでも一応一国の王女。吹き出さずになんとか飲み込む。
「な、なんで、御存知なんですか⁉︎」
「それはですのう、親愛なる宰相閣下が職務のついでに言ってきたからです。まったく……………。あのバカも口が軽くて困ったものですのう」
「……………………………………………………………はぁ、それで」
マリーはしばらく沈黙した。
なるほどなるほどなぁーるほど。
そういえば、この人と宰相グラハードは、同期に近かった。確か、先王陛下の御代から宮仕えしているはずだ。
だから、すぐにこの情報を耳にすることができたのだろう。
恐れ多くもこの国の宰相をバカ呼ばわりしたことにもびっくりだが。
「おや?剣を振るう勇ましいマリー殿下にも、苦手なことがおありでしたか。それにしてもまさか、色恋が苦手とは。…………良いことを聞きましたぞ」
「…………うるさいですね。今まで激務という激務に潰されて、色恋の一つや二つもしたことがない私をからかっておいでですか?それともこの歳になって、まだ初恋経験すらない私を馬鹿にしておいでですか?」
眉根を寄せたマリーは、わざわざ言わなくてもいいことを言っているとは気づかない。
「おやおや。初恋経験までないとは。今までどれだけ乾燥した生活を……………いえ、なんと無垢な御心をお持ちなのでしょうか。このジークハルト、感激いたしました」
と、わざとらしく上衣の袖で出てもいない涙を拭うフリをする。
マリーの眉間に、ピシッと青筋がたった。
「そうですか、そうですか。それは良かった。感激していただき、とても光栄ですよっ!」
あ、キレた。
ここにもし
ジークハルトも、思わずそう思ったらしい。ほっほっほっ、と笑ってマリーの反応をひたすら楽しんでいる。まったくもって、食えないタヌキだ。
でも、マリーはこれ以上怒ったりはしなかった。というか、これ以上怒ったところでジークハルトをますます楽しませるだけである。
(落ち着け………落ち着くのよマリー。冷静になりなさい)
マリーは自分自身に暗示をかけた。
一度瞼を閉じ、ふぅーと深く深呼吸をする。
それから、再び目を開けると。マリーが持つ聡明さを表すような光が、その双眸にはしっかりと宿っていた。
「ジークハルト様。御存じであられるのなら、話は早うございます。………………わかりました。今の私が知っているすべてをお伝えいたします」
そうしてマリーは、静かに話し始めた。
空から突如、降ってきたような縁談について。
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