1、お見合い話は突然に?!≪2≫


 それから。

 (はぁー、なんてことだ)

 謁見の間から退出したマリーは、その前の廊下で思わず大きなため息をついていた。



◆◇◆◇◆



 父王が持ってきた話は、とんでもないものだった。

 そのせいで、いろいろと面倒な事になってしまった。特に、私がな事情を持っているからこそ、よけいに。

 だから、今回ばかりは何としても断りたかった。

 だけど、あの王ときたら…………………。

 (まったく………………)

 また、王という地位を、上手く使われた。そして、いつものように厄介事をおしつけられた。すべては、あのタヌキの思惑どうりに。

 そう考えると、またイライラしてきた。しかし、ここは真珠宮の政事まつりごとの中枢である中央宮の――――それも謁見の間の前の廊下。

 私は、近衛軍の者。それもそこら辺の一兵卒ではなく、軍でも多くの兵を率いる人間だ。大きな声で、ぎゃーぎゃー叫ぶわけにはいかない。

 (こらえろ~、私。ここは我慢、我慢)

 怒鳴りたい、と思う気持ちをを必死に抑えつつも、マリーは冷静に頭を動かし始めた。

 こうなってしまった以上、しかたがない。とりあえず、ここはいったん退こう。まだ、打つ手が全くない、というわけではないし。

 そう思って(というか、無理やりそう思うことにした)、気を取り戻していた時。

「あれ? マリー殿下ですよね?」

 後ろから、声をかけられた。振り返ると、そこにはマリーと同じ、近衛軍の制服を着た、背の高い青年が立っていた。

龍斗リュート? なぜ、ここにいるの? 今日の午後は、近衛隊の演習だったでしょう」

 龍斗、と呼ばれた青年は、小さく肩をすくめ笑って見せる。

 彼の年の頃は、二十歳ぐらい。黒髪と黒い瞳が目を引く、爽やかな好青年だ。

 マリーはそんなこの国に多い、赤髪と赤い瞳の持ち主ではない青年をじっと見た。 

「大将軍に言われたんです。そろそろ陛下の話から解放されている頃だろう。だから、殿下を迎えに行って来いっ、てね」

「別に迎えなんていらないけど」

 不機嫌な顔をしたマリー。そんな彼女の様子を全く気にしない龍斗。

「そんな風に言われたって、大将軍から直々にですよ。仕方がないじゃないですか。それにしても殿下、本当にかわいげがないですね」

 彼は、はぁーとマリーの顔を見ながら嘆息した。

「うるさいっ。なくてわるかったなっ」

「ええ、ええ。そろそろ自覚してください。正直言って、女らしさも無いに等しいですが」

「よっ、余計な事をいうなっ。まったく、そっちも本当にかわいくないな。うるさい鳥は必要ない。龍斗、それ以上余計な事を言うのなら、そのよく回る舌をくちばしごと引っこ抜いてやろう。あんたがそれを望むのなら、な」

 思いっきりにらんでやる。普段、そうやって部下の近衛兵たちを震えあがらせているマリーの眼光も、龍斗には全く効かない。

 その証拠に、睨まれている当の本人は物ともせず、

「よかった。毒舌っぷりは、ご健在のようだ」と言って、ニヤッと笑った。

 マリーの眉間に青筋が浮かんだ。

「いい加減にしろっっっ!! どいつもこいつも私で遊びやがってっ!!」

 人目も気にせずに、叫んでいた。どうもここ最近、かなり鬱憤うっぷんがたまっていたみたいだ。理性が働かなくなっている。

 この様子を王宮の礼儀・作法指南役の女官が見たら卒倒するか、真っ青になった後、ガミガミとお説教しそうだ。『王女様であるお方がっ。なんていう物の言い方をなさっているのですかっっっっっ。(この後、延々と続く)』とか言って。

 が、あくまで『普通』のお姫様だったらの話だ。

 もうとっくにあきらめているのか(それともあきれているのか)、誰も叱りはしない。通る女官や侍官、官吏などは、とばっちりはごめんだとばかりに遠巻きにして、そそくさと去っていく。

 これが、彼女が黒薔薇姫くろばらひめと呼ばれるようになった理由の一つなのである。しかし、それは知らないマリーであった。

 さすがにここまで怒ると思っていなかったのだろう。慌てた龍斗は、

「殿下、落ち着いてください」と言って、マリーをなだめにかかった。

「うるさいっっっっっっ! あんったが余計な事、言うからいけないんだろうがっっっ」

 まだ鬱憤が溜まっていたみたいだ。怒りの言葉が次から次にどんどん出てくる。

 龍斗はそんなマリーを見て、さらに慌てる。

「すみません、殿下。調子に乗って言いすぎました。俺が悪かったです。だからそろそろ、大将軍の所へ参りましょう」 

 ほら、早く。そうやって龍斗にぐいぐいと強く肩を押され、しかたなくマリーは歩きだした。口では説得できないと、龍斗は思ったのだろう。

 無理やりでも歩いているうちに、怒りに沸騰していた頭が不思議と冷めてくる。

 落ち着きを取り戻したマリーは、今自分がすべきこと考えながら歩を進めた。



◆◇◆◇◆



 フロシア王国王宮近衛軍。

 それが、マリーの所属する近衛軍の正式名称だ。王宮のあるじである国王を守る、『王の盾』。その歴史は、王国の建国の時まで遡ることができる。



 フロシア王国は、海から来た民によってつくられた。それも海賊と漁師たちに恐れられていた海の民によって。

 その中に、フランドという大きな海賊団を束ねる一人の若者がいた。この若者が、後にフロシア王国初代国王となる人物である。

 ある時、フランド率いる海賊団は、今のフロシア王国建国の地にたどり着く。

 そして ―――――――その地を侵略したのだ。

 戦が苦手で強い武器を持たなかった先住民たちは、命からがら逃げ、北の森の中に姿を消す。このことにより、フランドは先住民たちから征服王とも呼ばれている。

 それから多くのフロシア人がこの地にやって来た。やがて、それらの人々をまとめ上げたフランドは、フロシア人の王国を建国し、自ら国王となった。

 この時、国王フランドは自分の海賊団の仲間に爵位を与え、貴族とする。そして、王を守る衛兵として、何十人かを雇った。これが、後のフロシア王国王宮近衛軍の前身となる。

 それから約三百年。港に着く船がもたらす海の宝によって、ゆるやかに王国は繁栄を続けている。しかし、王宮近衛軍は建国当時から変わらず、王の盾として働いていた。

 

 

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