1、お見合い話は突然に?!
「マリー、見合いに行ってこい」
何を言われたのか、理解できなかった。一度、言われた言葉を頭の中で繰り返す。ええっと、『見合いに行ってこい』……………………………。
みあい……見あい……見合い…………?
何だって?! 私に見合い?!
ありえない!! ってかこれ、
(うそだろ――――――――――――――――っっっ!!)
心の叫びは、雲一つない青い空に、大きくこだました。
◆◇◆◇◆
「マリー王女殿下、陛下がお呼びです」
そう、衛兵に告げられ、王の謁見の間に行き、玉座に座った父王が、一番始めに放った言葉。
それが、あの爆弾発言。それはマリーにとって、フロシア王国の大きな宮殿を吹っ飛ばすぐらいの威力があった。
「ちょ、ちょっと待ってください?! 一体、どういうことですか?!」
完全に思考が停止していた頭を無理やり動かして、王に伺う。すると、マリーの反応を面白がっていた王は、こう白状した。
「お前の見合い相手は、アマリス大公国の公子、フェイルン・ファン・アマリス殿下だ。お年は十八だから、お前とほとんど変わらない。よかったな、今まで他の国の王族や公族の家から、一っつも縁談なんか来たことのないお前にも、とうとうこんな縁談が来たぞ」
そんなことを笑顔で言われても、正直反応に困るだけだ。
確かに、貴族どもから求婚されることは結構あった(どうせ
いきなり湧いて出てきた話に、茫然としてしまった。今私はぽかん、と口の開いた、まぬけな顔をしているはずだ。
そんな私の状況を無視した王の話は、まだ続いていた。
「結婚適齢年齢をとっくに過ぎたお前に、まさかこんな
うんうんと、頷く王。
隣に控えていた宰相グラハ―ドも、
「本当にようございました、陛下。となれば、急ぎ、嫁入りの支度をせねばなりませぬ。マリー殿下、これから忙しくなりますぞ」と、こちらを見ながら、嬉しそうに頷くばかり。
(よっ、嫁入り――――――っっっ。ちょっと待った!!)
やっと、いつものように、頭が回るようになってきた。
(危ない危ない危ない……………。このままでは、上手く丸めこまれてしまう…………)
何だか、ものすごく危険な方向に話が進んでいる気がする。…………と思うのは、気のせいなどではない。決っして。
「お待ちください!! 私はまだ、結婚なんかしたくありません!! お見合いなんか、結構です!!」
なんとか全っ力で反論してみる。
しかし。
「何をたわけたことを言っている。お前も、もう十七。その年で普通だったら、とっくに嫁に行っているはずだ」と、見事に百戦錬磨の
異国では、年をとって人を自分の思う通りにあやつるずるい人のことを、タヌキというらしい。まさしく、そのタヌキに父王はぴったりだ。あと、グラハ―ドも。
そんなタヌキ2匹を相手に、マリーは苦戦を強いられていた。
「で、ですが…………」
それでも、必死に反論する。
黙ってしまったら最後、またいつものように、丸めこまれてしまう。そんな風に、厄介事を押しつけられたことは、数えきれないほどだ。
その例として挙げてみると……………「ある子爵領で、領主に対しての反乱が起きた。それを鎮圧してこい」や、「近頃、流行っているワインの偽物を、何も知らない民に売っている
それに、さっき王は『普通だったら』と言っていたが、自分が明らかにその『普通』の王女ではない。その証拠として、今、自分が着ている物はドレス………ではなく、近衛軍の制服だ。そこからしてもう、『普通』の王女とは違っているのである。
ドレスではなく、剣を取る。そんな道を選んだのは、自分だ。むしろ、今となっては、この姿の自分を誇りに思っていた。だから、それはかまわない……………が。
不満があることを隠そうとしない、マリーの顔を見た王は、ため息をついてこう言った。
「そんなにこの縁談が嫌か?」
「ええ、嫌です。結婚やお見合いなんて言葉は、もう二度と聞きたくありません」
ここぞとばかりに、はっきりと答える。正直言ってこんな話、いい迷惑以外、ナニモノでもない。
しばらく、結婚・見合い・縁談という言葉を聞くのが嫌になりそうだ。特に王の口からは、金輪際聞きたくない。
「しかしなあ、あの大国、アマリス大公国の公子が相手だぞ………。こっちから、無理に断ることはできん」
王が渋い顔をする。
「ええ、それはわかっております。でも、今回ばかりは聞けません。陛下がなんとかしてください。私の仕事は、王宮の警護のみですから」
きっぱりと、断った。そして、「失礼します」と言って礼をし、問答無用で後ろを向く。
今のマリーの頭の中には、「逃げる」という言葉しか浮かんでいなかった。
(今日という今日こそは、あの
速足で、出入り口の扉へ歩く。
そして、扉に手をかけようとした、その時。
「待て。そういえば、お前の仕事にはもう一つ、外交というものがあったな。ちょうどいい。この件、お前がなんとかしてみろ」と、王が私の動きを止めた。王から話しかけられた以上、無視して部屋から出ていくわけにもいかず、私は扉から渋々手を離す。
「はぁ? 何言っているのです? 冗談でしょう。私で遊ぶのは、いい加減にしてください!」
もはや、話している相手が一国の王であることを、完全に忘れていた。まあ、その辺は大丈夫だろう。私は一応、この人の娘だ。不敬罪で断頭台行き、というものはないはずだ。
「いいや、冗談ではない。マリー、見合いに行って来い。これは、勅命だ」
「そんな………」
ひどい。そんな風に言われては、従うこと以外、選択の余地がないではないか。私は、近衛軍の人間なのだから。主君である王の命令に、逆らえるはずもないことを。しかも、勅命だなんて……………。
(この化けダヌキめ~)
心の中で、思いっきり罵倒する。握る拳が、ぶるぶると震える。そんなふつふつとした怒りを全身から醸し出している娘の様子を見ながらも、王はもう一度、
「マリー、必ず行くんだぞ。勅命だからな」と、念を押すように言って、謁見の間からいなくなった。
「マリー殿下、くれぐれもお忘れ無きよう」
その後を、宰相グラハ―ドも続く。
そして。
それから、大きく息を吸う。
その一拍後。
「あんっの、タヌキめ――――――――――――――っっっっっ」
力のある限り、マリーは叫んだ。
そんなマリーの怒りの声は、午後の静かな王宮に、大きく響き渡っていった。
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