第一章 八話

「それでは、試験を始めますかな」

 待たされていた部屋に入ってきたのは老師だった。手には小さな板と小さな箱を持っている。筆記試験ではないのか、と訝しげると、老師は対面に座り、その板を机の上に置いた。そして調子外れの鼻歌を歌いながら、小箱の中身をばらまく。

「あの、これって試験ですよね……?」

「そうですよ。君はディケットを知っているかな?」

「いえ」

「じゃあ簡単に説明をしようかね」

 小箱に入っていたのは駒だった。一つ一つが人間のような形をしていて、おそらく駒の特性によって違う格好をしている。チェスの駒に似ていた。

「駒は全部で八十。自分の駒はその半分です」

「随分多いんですね」

「いえ、少ない方ですな。これは簡易版なのでな。戦をする時なんて駒は百個を越えますな。駒は自分で思ったところに動いてくれますから」

「え? 自分で動かすんじゃないのですか?」

「えぇ、自動で動くように式術をかけてあるのですよ。駒を動かすことが決まったら、心の中で命令を唱えなさい」

 そうして老師は一つ一つ駒の特性やルールを説明していった。なんとなく将棋にも近い。決定的に違うところは、王が取られても試合は終わらないというところだ。

「大丈夫そうですかな?」

「はい、多分」

「あなたは自分の軍が勝つことを目指しなされ」

 一息深呼吸を吸うと、おれは盤の上に集中した。

 歩兵を歩かせる。そこに走ってきた騎士が、歩兵を薙ぎ倒す。血が通っていないとはいえ、痛そうだ。そう思うと、余計負けられない気持ちになる。

 老師との戦いは一進一退で、あと少しというところで負けてしまった。だがそれでもいいのだそうだ。

「もちろん負かす子もいますがね、私に張り合ってこられるだけでも上手いものですよ」

「負けたら試験に落ちるわけではないのですか」

「そうだったら、アシュレイがこの学院にはいないことになりますな」

 ふぁふぁと笑う。

「さて、次の試験は外で行いますよ。デルフェという先生が待っているので、着替えたら向かいなさい」

 手早く駒をまとめた老師は、早々と教室から立ち去った。おかげでおれはまた、どういう試験が行われるのかを聞きそびれる羽目になった。

 こちらでの運動着であるらしい、青の長袖の上下に青いマント。着慣れない物に肩を重くしながら校庭へ赴くと、二メートルはありそうな男が立っていた。振り向いた顔は仏頂面だ。

 はっきり言って怖い。だが男が破顔すると、途端に親しみやすい顔になる。

「やあ、随分ひょろっこいな。ん?」

 そう言ってばしばしと背中を叩かれ、思わずむせてしまう。大男は気にした様子もなく、おれにぽんと何かを渡す。

「木の棒?」

 なんの装飾も無い、麺棒を長くしたような形状の木の棒である。これで何をするのかと首を傾げると、大男は胸を張る。

「これは我が学院で改良されたものでな、思う通りの形に変化するのだ」

 つまり、念じれば剣にもなるし、槍にもなる。弓にもなるし、その他の武器にもなるというのだ。

「へえ、面白い」

 ためしにおれは日本刀を思い浮かべる。すると、木の棒は一度ぐにゃりと弛んだかと思うと、鍔の付いた木刀に姿を変えた。

「すごい!」

「なんだ、その武器は見たことないな」

「おれの住んでたところではこういうのを使っているんですよ」

 その後も思いつく限りの武器を頭の中で思い浮かべてみる。両刃刀、旋棍、薙刀、櫂剣……くるくると姿を変えるそれは、なかなか面白い。

「さて、準備は出来たかな?」

「え? まさかこれで先生と戦えと?」

「もちろん」

 大男の揮った大太刀は、ぶんと風を切る。

「さあ、どこからでも掛かってこい」

 はっきり言って、武道には自信がない。あるのは体力くらいだ。それでもこれが試験というのならば、逃亡することだけは出来ない。

 仕方なく、おれは木刀を正眼に構える。授業で学んだ剣道でどうにかなるだろうか。

「たあっ」

 先手必勝とばかりに飛び込むと、簡単に弾き飛ばされる。

「っで!」

 思い切り背中を打ち、蹲って痛みをこらえる。

「もう終わりか?」

 満面の笑みを浮かべた大男が、本当の鬼に見えたのは、見間違いだけではなかったはずだ。じとりと額に流れた汗を拭う暇もなく、第二戦が始まった。

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