第10話 闘神と戦うことになりました

 ぼくは知らず知らずのうちに、人気のない場所を求めて走りつづけ、いつの間にか、気づくと町外れの古い塔へとやってきていた。

 なんだろう、この塔。違和感がする。

 誰も住んでいないなら、これからここで雨露を防ぐことぐらいはできるだろうか。

 そんなことを思って、ぼくは塔の入口で立ち止った。

 塔は、正面の入口の奥に礼拝堂があり、無人の祭壇が祭ってある。

 塔の壁伝いに、階段がつくってあり、レンガ造りのこの塔の屋上へと道が続いているようだ。

「誰かいませんか」

 ぼくが礼拝堂に入っていくと、中で、うずくまって泣いている黒い服の女の子がいた。

「えーん、えーん、どうしよう、どうしよう。困ったわたしを助けてくれる人はいないかしら」

 妙に芝居がかっているが、本気で泣いているらしき女の子にぼくは声をかけた。

「大丈夫かい。よければ、力になるよ」

 女の子が長い黒い服を揺らしながら、起き上った。

「本当? わたしの悩みを聞いてくれる?」

 かわいい。ぼくは胸がきゅんとした。

「ああ、きみの悩みを聞いてあげるよ。どうしたんだ?」

 女の子は、ひらひらと踊る。舞う。ぼくの周りをまわるように歩きながら、踊る。

「わたしは貧しい行商人の娘。母親が病気になって、お父さんが宮廷の医者に治療を頼んだの」

 ぼくは、妖かしに化かされている気がしてきた。この女の子は何者だ。

「それはぼくと同じ……」

「それでね、それでね、ソニアの父さんは高い治療費が払えなくて破産しちゃったの」

 女の子がゆらゆらと舞う。

 何だ? 気分がおかしい。

 女の子は、礼拝堂を出て、塔の壁伝いの階段を登っていく。

 ぼくはそれにふらふらとついていく。

「きみはソニアというのか。なぜ、それを知っている。ぼくを待ち伏せていたのか?」

 ソニアは階段を後ろ向きに登って行きながら、ひらひらと舞う。

「あはは、あはは、それでね、わたしは、いっそ金品を巻き上げてやろうかと、酒場に入っていったのよ」

「それ以上、いうな!」

 ぼくは叫んだ。ソニアは舞う。

 気がつくと、塔の屋上にやってきていた。大きな鏡がそこにはあった。

「いっそ、人を殺して生きていこうかとわたしは思ったのよ」

「黙れ」

「あはははは」

 鏡の前を横切るソニア。

 鏡にぼくの姿が映っている。

 すると、鏡の中に、山羊の角を生やした悪魔が姿を現した。

「人を殺して生きていくというのなら、このわしの贄となって、この町を滅ぼしてしまおうではないか」

 鏡の中の悪魔がぼくに話しかけた。

 ぼくは後ろを向く。

 何もいない。

 悪魔は鏡の中にいる。

「人を殺して生きていくというのなら、わしと腸の食い合いでもしようではないか」

 鏡の中から悪魔が出てきた。

 今、この時のために、ぼくはこれを受けとったのだろう。決して酒場で金品を奪うためではなく。

 ぼくは、背中から剣を降ろして、柄を手にとった。

 剣を使っても許される場面がやってきたのだ。

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