Master

 朝になった。

 結局城の客間に泊めてもらった。城門の手前で振り返ると、王子が腕を組んで仁王におう立ちしていた。

 マリは旗棒の旗頭はたがしらに【飛行】と書いた洋紙を突き刺し、師匠のもとへと向かった。

 彼は家の外でボーッとしていた。

 空を見上げ、何も考えていないような、そんな顔で。


「師匠、おはようございます」

「…………ああ、おはよう。どうでした? ベルウェント国は。何の変哲もない、普通の国でしたでしょう?」


 何もなかったように話しかけた彼に驚きながらも、マリも平常心を装う。


「はい。平和な国でした。師匠も昔はあそこに住んでいたんですか?」

「そうですね。とても充実した時間を過ごせました」

「……ししょう」

「貴女をここに召喚したのは私です。知っていると思いますが、きみを使って彼女を蘇らせようとしました。過去の実験結果から言うと、正直可能性はゼロでしたが、やらなければ気が済まなかったのです」

「…とても好きな方だったんですね」

「ええ。愛していました。心の底から…。――さて僕の目的を理解した上でここへ戻ってきたということは、国王からの命ですか? 僕を殺せと」

「…いいえ。私の意志で、貴方を殺しに来ました」

「そうですか。では!」

「っ!」


 師匠が杖を掲げた途端、雷が一つ、マリの足元に落ちた。


「きみの実力、見せてもらいましょう!」杖を向け、そう言い放った師匠の姿に唇を噛みしめた。

 予想はしていたが、やるしかないのだろう。


 ここで2年半過ごしたとはいえ、人など殺したことない女子高生が、して共に過ごした師を殺すとは、簡単に口にするんじゃなかった、と後悔した。


「人を殺すのは簡単なことではない! きみは賢いから理解しているはずだ。勿論、人を蘇らせることも」

「それじゃあ師匠! 貴方は、っ!」

「僕を殺しに来たのでしょう! 攻撃しないでどうするのです! この一面、消すこともできるのですよ」


 師匠は呪文など唱えず、杖の一振りで攻撃を仕掛けてきた。

 ずっと雷の攻撃してこないところを見ると、彼も警戒しているのだろうか。

 その場から一歩も動かず、マリからどんどん遠ざかってく。

 攻撃魔法は室内では試せなかったため、正直命中率に自信なかった。


 繰り出せた一撃は【炎弾えんだん】。棒の先に突き刺し、棒を師匠目掛けて横に振った。

 ここは森の中。火を放てば木や草は燃え、この場一変する。

 しかし彼はそれを跳ね返した。

 届く一歩手前でクッションのような薄い膜が現れ、マリ目掛けて戻ってきた。

 持ち前の反射神経でなんとか避けられたが、周りは燃えていた。


「っ!」


 また雷が落ちる。

 自分が逆に殺されるのだろうか。一瞬、その光景が思い浮かんだ。ありえないことではない。実際、師匠は自分を殺しに来ているのだから。


「いった…!」


 鋭い痛みとともに、雷が腕にかすった。ヒリヒリと痛み出す。

 棒に突き刺した洋紙を破り取り、【刃】と書いた洋紙を、マリは覚悟して刺した。

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