World

 2年が経った。

 最後のページをめくり、本を閉じる。

 外が明るいのか、カーテンから少し光が漏れていた。

 体を伸ばすとパキパキと鳴る。あの量をすべて読み終えた。


「それでは師匠。私は旅に出ます。2年半、お世話になりました」


 挙手の敬礼を寝ているであろう師匠へ向ける。ローブを纏い、本の間に挟まっていたお金を少しと、洋紙も一束になっていたものを貰っていった。

 長い間外の世界に触れていなかった分、不安だった。


 マリはドアを、古い音を立てて開けた。師匠を起こさないように、慎重に。


 目の前には、血の海が広がっていた。


「……」


 取り敢えず、マリはドアを後ろ手に閉めた。

 遠くに大きな旗が地面に斜めに刺さっているのが見え、転がる死体を踏まないように飛び越えながら進んだ。

 途中、作りが豪華な短剣を拾い、血を沢で洗い流してローブの内側のポケットへ仕舞った。

 四肢がバラバラになっているのが、後方にかけて中から破裂するように肉片が飛び散っている殺され方へ変わっていった。

 むせ返るような悪臭に口元を抑え、旗のもとへ辿り着いた。


 それはベルウェント国の旗だった。

 下方に並ぶ星の数が五つあり、それがこの大陸ではあの大国しかないためだ。

 旗棒はたぼうを抜き取り、洋紙を口で一枚取った。胸ポケットに入れていたボールペンで【飛行】と書いてまたがると、旗頭はたがしらの尖った部分に刺す。

 ゆっくり浮上し、体重を少し前に傾けると前進した。


 振り返って下を見ると、師匠の家は森に囲まれていた。

 大国からもそれほど離れてはいないが、その周りに点々と村や町などがあった。


 ベルウェント国の入門口らしき近くに着地し、門兵へと近付いた。

 彼は暇なのか欠伸をしていたが、マリに気付くと槍を持ち直し、柄を地に二回叩き警戒した。


「何者だ!」

「えーっと、これを届けに来ました」


 森を出ていくときに拾った短剣を門兵に渡す。

 すると彼は目を見開き、奪うようにマリから取ると眺め始めた。


「これをどこで手に入れた」

「魔術師のいる森の中で拾いました。誰か偉い人に会いたいのですが」

「異端の魔術師の森にだと!? ……少し待て」


 彼はそう言うと、小さな平屋の建物の中に入っていった。

 マリは改めて、ベルウェント国を見上げる。と言っても高い塀しか見られないが。

 上空から見た限り、ごく普通の大きい国、としか印象がなかった。中央に城が建っていたぐらいだ。

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