第15話 研究者の遺産
ジンは顔をしかめながら、あちこちキョロキョロしながらへっぴり腰で進んでいく。
正直なところ、かなり恰好が悪い。
こいつのことを好きな奴が見たら、百年の恋も冷めるだろうってレベルでダサい。
「いや、姐さん……ここは本当にヤバいですよ……?」
あーもう分かってるよ。見りゃ分かる。
でもお前が入ろうって言ったんだからな? それを忘れるなよ? うん、忘れてるだろうな、こりゃ。
一歩進むたびに、ヒィだのヒャアだの言ってるこいつはダメダメだ。長がこいつを同行させたがった理由が分かろうというものだ。
壁際をチラッと見ると、3メートル大のカプセルがずらりと並べられている。その中には、一種異様な動物たちが何らかの液体と一緒に入っている。控えめに言って気色が悪いし、率直に言っても気持ち悪い以外の言葉が出てこない。
おまけに動物たちの色はどす黒かったり赤かったり、さらには足や腕の一部が極度に肥大していて血管すら膨れ上がっている。
さらに最悪なことに、こいつら全員が極めて微かではあるが生命活動を行っているということだ。一見しただけでは死んでいるように見えるほど、深い眠りに入っている。
だが、内包している魔力がかなり高く、敵にすると面倒なことになりそうな気しかしない。
≪推測ですが、既存の生命体に変容させた魔力を強制的に注入したのでしょう≫
あ? 変容させた魔力を注入? どういうことだ?
≪簡単に言うなら、強制的に肉体の構成元素を強大にさせるような外法をしていたということですね。それでも生命として活動しているということは、変容魔力に適応しているのでしょう。とは言え、脳を含めた肉体全てを大幅に変容させているでしょうから、自我や理性が残っている可能性は極めてゼロに等しいですね≫
と言うことは、もし目覚めたら問答無用で襲い掛かってくるな?
≪まず間違いないでしょう≫
「じょ、冗談じゃないですよ! 早くここを出ましょう!」
「まぁ待て落ち着け。こいつらがすぐに目覚めて襲い掛かってくるって決まったわけじゃないんだ。もしかしたらそのまま意識を永遠に失ってくれるかも知れん」
「そんな楽観的な!」
「うるさい黙れ。こいつらが起きるだろうが」
踵を返して入口に戻ろうと騒ぐジンの肩を掴んで目を見て、静かにするよう説得してみた。
静かにはなったが、ジンの瞳から怯えの色が消えない。
いや、むしろ私の目を見た瞬間に怯えの色が濃くなった。そして顔色は無くなった。今にも失神しそうだ。
……そんなに私は怖い顔をしてるように見えるのか? え、マジで? 割とへこむんだけど。
ジンのへっぴり腰を蹴りつけながら工場の奥に向かう。
「姐さん、工場じゃなくて研究所ですよ……」
うるさいな、大して違いは無いじゃないか。……あーもう、はいはい研究所研究所。
で、研究所の通りは一本道で、左右には入り口に置いてあったようなカプセルが並んでいる。どう見ても魔物の大量生産施設だわこりゃ。
魔神とやらも、実のところは研究所で造られた魔物なんじゃないの?
「魔神は神殿に封印されているんですよ? ここではないはずです」
そう言いながらも、ジンの足は可哀想なくらい震えていて、今にも崩れ落ちそうだ。
まぁ、それも無理もない。
なぜなら、通路の奥からかなり純度の高い魔力が放出されているからだ。
この研究所で見てきたどの魔物よりも、ジンよりも、森の長よりも強い気配と魔力を持つ存在。
もしかしたら、ここがビンゴなのかも知れない。
魔王蟲――
カプセルに封印されていた魔物を捕食し、強大な存在を生み出した可能性もある。
魔神がここにいないのならば、これだけの魔力を発せられる可能性は魔王蟲くらいのものだろう。
なぜ入り口側にあるカプセル内の魔物が無事なのかは分からないが、それは置いておくことにする。考えても分からんことは考えない方が利口だ。
今問題なのは、奥から感じる魔力のことだ。この魔力には、かなりの悪意が含まれている。
人間に対する悪意か、魔族に対する悪意か、或いはその両方か……よく分からんが、かなり暴力的で率直な悪意そのものだから、ジンも素直に怯えきっている。
まぁ、遭遇したらまず間違いなく戦闘は避けられない。
魔王蟲が捕食して生み出した存在にしろ、ここの元々の存在であるにしろ、もう目覚めているのは間違いない。
死闘は避けられないはずだ。
ジンの後ろ姿を見遣る。
哀れな程に震えていて、今にも立ち止まりそうだ。
「おい、ジン」
ジンは目尻に涙を浮かべながら、私を見る。
口はガチガチと歯を鳴らしていて、かなり追い詰められている様子が見られる。
「お前はここから脱出しろ」
私の言葉に、ジンは潤んだ瞳を見開いた。
棒立ちになった奴の側を、私はさっさと素通りする。
「……ま、待ってください!」
待たずに歩く。
「姐さん一人で行く気ですか!? お、俺も連れてってくださいよ!」
「足手纏いだ。帰れ」
ジンは蒼白になっているだろう。
私の戦意に満ちた気と魔力に当てられ、奥にいるだろう化け物の魔力に当てられ、正気でいるのも難しいはずだ。
だからこそ、今の内に言っておく。
「お前は町のギルドに戻って、研究所に魔物がいることを伝えろ。私が戻らなかった時の対策くらいは練っておけ」
「……姐さんはどうするんですか?」
言われなくても分かっているだろう?
当然、この奥にいる奴と戦ってやる。
何気に、この星に降りてきてからの初めての戦いとなるだろう。
血湧き肉踊るとはこういった心境のことを言うのかもしれない。
少なくとも奥の奴は、私の戦意を受けても萎縮した様子が感じられない。
むしろ強い魔力を出して、私を誘っているかのようである。
その誘いに乗ってやる。
1対1の戦いだ。
誰にも邪魔はさせん。
「姐さん……」
返事はしない。もう言うべきことは言ったからだ。
私は覚悟を決めて、歩を進める。
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