第13話 ロケットエンジン

 魔力で物質を具現化する場合、想像力が最も重要な要素となる。

 無論、想像力だけでも駄目だ。その作りたい物質のイメージを思い描きながら、魔力をその形に構築していく必要があるのだ。

 魔力を操作して構築していく作業は細かい。繊細さと根気と集中力がいる地味な作業なのである。

 構築中に少しでも気を抜いてしまうと、一気におじゃんになるということもザラにあるらしい。


 さて、ここでジンが魔力でつくったボートを見てみよう。


 全長4m、幅が1m、深さが40cmほどの、カヌーのような形状をしている。

 ところどころ歪んではいるが、使用には問題なさそうである。


≪使用するにあたって、特に問題はありません≫


 ナビのお墨付きである。よくもまぁ実物も見ずに想像力だけで作ったものだ。

 不器用な私では、これほど上手く作ることはできないだろう。

 文句の付けどころの少ない、極めて堅実な設計であると賞賛できる。

 でも賞賛したくない。まったくもってつまらないことこの上ないからだ。


「ちゃんと作ったんですからもう少し褒めてくれても良いじゃないですかー!」


「お前が高いところ怖いって言うからボートを作らせたんだ。どうして褒める必要がある?」


「あ、まさか俺一人でこのボートを漕いでいけって言うんじゃないですよね? 姐さんも乗ってくれますよね?」


 ジンは泣きそうな顔をしてこちらを見ている。

 正直置いていっても良いが、そうして上司から何かごちゃごちゃ言われるのも鬱陶しい。

 仕方ない、乗るしかないか……。


「ところで、このボートでどうやって島まで行くんですか? 普通に濃いでいきますか?」


 お前は馬鹿か? 魔法を使うに決まってるだろ。

 何が悲しくて人力でボートを動かさなきゃならんのだ。


「で、ですよねー……ちなみに、風魔法で動かすんですか? それとも水魔法で水流を操作するとか?」


 いや、そんなチンタラした方法で行くんじゃ日が暮れる。


「じゃあどうするんです?」


 黙って見てろ。ナビ、出番だ。


≪なんでしょう?≫


 魔力でターボエンジンを造るから、設計を手伝え。


≪マスターの脳内データベースに該当する設計図がありません≫


 そりゃそうだな。じゃあ、広範囲にネットワークを構築して外部から手に入れろ。今すぐに。


≪少々お待ちください……入手しました≫


 良し。私は気を練り出すことに専念するから、ナビは練り出した気を魔力に変換し制御しろ。後の細かい諸々も全て任せる。


≪全てですか?≫


 全てだ。


≪了解しました。構築はお任せ下さい≫


 良い返事だ。さっさとやるぞ。






 ということで、ナビの精密かつ迅速な操作と私の膨大な練気により、一瞬で高性能のターボエンジンが出来上がった。

 それはまるで、飛行機の翼に付けるような巨大なエンジンだった。ちゃちなボートに付けて良いような代物じゃない。

 これって、本当に大丈夫か? 全部ナビ任せにしちゃったけど、こんなの付けたらボート吹っ飛んじゃうんじゃないか?


≪ターボエンジンではなく、ロケットエンジンです。機構を改良して魔力稼働を可能にしました。良い仕事をしました≫


 いや、そんなこと聞いてないんだがな。でも、ナビに任せたから大丈夫だろ。信じるからな?


≪魔法を使えばどうとでもなります≫


 はぁ……細かいことを考えても仕方が無い。今はとにかく、エンジンをボートの後部に付けるのが先決だ。

 おい、ジン! お前も突っ立って見てないでさっさと手伝え!


 ジンは私に目もくれず、呆気にとられた顔をしてエンジンを見上げている。

 私との力の差を改めて感じてしまったのか、どこか遠い目をしている。急いでるっつってるのに、こいつはまた肝心な時にボーっとしやがってからに!

 置いてくかどうか真剣に考えた方が良いかもしれんな。


「俺の努力した時間って一体……」


「黄昏てる時間はないっつってんだろ! 良いからとっとと乗れ」


 肩を落としてガッカリしている雰囲気を醸し出しながら、もたもたとした足取りでのったりとボートに乗る。

 この野郎、マジで一度張り倒してやろうか……?


「姐さんがボートもつくれば良かったんじゃないですかね……?」


「全部私が作ったらお前の修行にならんだろうが。少しでも力をつけて私の足元くらいには及んでみせろ」


「無茶言わないでくださいよ……」


 こいつはいつまでブルーになってるんだめんどくさい! まぁ、エンジンかっ飛ばせばそんな余裕もなくなるだろうけどな。

 エンジンは装着した。ボートにも乗った。特に荷物は無い。よしオッケー。


「初っ端から飛ばしていくぞ。ジンは歯を食いしばれ。耳の周辺の空気を魔力で固めて爆音に備えろ。準備ができたら私の肩をタップして知らせるんだ。分かったな?」


「分かりました……」


 ナビ、ボートの進行を妨げるであろうあらゆる障害を防げ。方法は臨機応変に頼む。衝撃緩和のシールドでも重力制御でもなんでもやれ。魔力は供給してやる。


≪マスター……御自分で魔法は使わないのですか?≫


 気を魔力に変換する際の細かい調整は、頭と神経を使うことが分かってからは苦手だ。それに、そういったサポート能力はナビの18番だろ。


≪了解しました≫


 ナビの返事と同時に、ジンが肩をタップする。準備はできた。後は私が気を練るだけだな。


「よし、行くぞ」


 私の全身を駆け巡る生命エネルギーを、流れるそのまま操作して体外に漏れ出させる。

 生身であった頃は少し流したらそれだけで多少は疲労したものだが、この身体になってからは幾ら流しても疲れない。その分少し、操作に神経が必要になったが、少し訓練したらたちまち操作できるようになった……はずだ。


≪マスター、気を抑えてください。変換した魔力の総量がエンジンに対して過剰です≫


 ん? 過剰?

 大丈夫かな……これでもかなり抑えてるんだけど……。


 ふと後ろを見てみる。

 ジンが青い顔通り越して白い顔してる。あ、目逸らした。まぁ、良いか。


≪過剰分の魔力はシールドに補填しました。準備完了。いつでも行けます≫


「よし、カウントを開始する。3!」


「2……」


≪1≫


 GO!!!




 爆音……はナビが衝撃緩和のシールドを張っていて聞こえない。

 顔中に吹きつける風……もナビのシールドが防いでいて感じない。

 揺れもそんなに感じないし、景色の変化も水平線だから分かりにくい。


 後ろを見ると、ジンがどことなくホッとした顔をしている。

 そうだよな。特別思ったような怖いことはなかったもんな。


 ボートも順調に……ちょっと浮いてるけど、進んでるし、良いんじゃない?


≪あと20秒後にボートは急角度に上昇を始め、大気圏を突破します。重力操作、間に合いません≫


 は?


≪あ、姐さん! 大気圏ってなんですか!?≫


 あーもーうるさいな、こいつ! ナビのテレパシー経由して怒鳴ってんじゃないぞ! 脳に響くんだよ!


≪ジン様、大気圏を突破すると宇宙に出ます≫


≪宇宙に!? 宇宙ってなんですか!?≫


 質問が鬱陶しいので、さっさと答えるか。答えを得れば、冷静さに繋がるはずだ。多分。


≪簡単に説明すると、地面と空気がない暗闇のことだな≫


≪さすが姐さん、説明が分かりやすい!≫


 嫌味かこの野郎……!

 だがまぁ、どうやら冷静さを取り戻したようだ。単純な奴で良かった。

 しかし、そんな単純な奴だからこそ、下を見たら一瞬で冷静さが失われるだろう。このボート、今もどんどん上昇してるから。


 あ、ジンの顔がまた青くなった。高所恐怖症だったっけ、こいつ。

 どうして気付いて欲しくない時に限って気付くかな……。


 まぁ、気付こうが気付くまいが、飛び降りることには変わりないからどうでもいいことではあるが。


《あ、あ、ねあ、姐さん!! どどどっどどうしましょう!?》


「さっさとボートから飛び降りるぞ。対地ショックのシールドか、相応の身体強化を掛けておけ!」


《急に出来るわけないじゃないですか!!!》


「やかましいぞ駄犬! さっさとやれ! できなきゃ死ぬぞ! もう相当地面から高く飛んでるんだ! 見りゃ分かるだろ!? 根性見せてみろ! 私から先に降りるから真似してみろ!」


「くそ! やってやるぞ畜生がー!!!」


 私とジンが飛び降りたと同時に、ボートは錐もみ回転しながら急角度に進路を上方に変え、空の彼方へと飛んで行き、一瞬で見えなくなった……。

 一瞬で作ったエンジンは、正にロケットと言う文字を冠するだけの相応しい性能だったのだろう。南無。






 太い木の枝を何本も折りながら、私は背中から地面に着地した。

 ところどころ打ったり擦ったりしてはいるが、骨も折れてないし内臓の痛みもない。血すら出ていない。なんだこの身体、丈夫過ぎだろ。


 そう言えばジンの姿が見えないな、と思ってたら頭上でぶつぶつと呟く声が聞こえてきた。

 どうやら、ジンの方が私より運が強かったらしい。木の枝と木の葉をたくさん身体に付けながら細い木の枝の上に寝転がっている。 


「なんとか無事に着陸したようだな」


「生きてる……俺、生きてる……生きてる……生きてる……? 生きてる……長よ、感謝します……! 感謝、感謝感謝感謝感謝」


 呟きが鬱陶しいので、木の枝からジンを落とすことにする。

 ちょっとジャンプして軽く蹴りを入れればご覧の通り、おでこと地面がごっつんこだ。


「あれ……俺はいったい何を……?」


 ジンは起き上がってあちこち身体を見回している。見たところ、怪我は無さそうだ。


「おいジン。怪我がないならすぐに行くぞ」


「どこへです?」


「命の危機が去って呆けたか? 神殿に行くに決まってるだろ」


 私の言葉を聞いて、ジンは泣きそうな顔になった。

 どこに泣きそうな要素があった?


「姐さん、少し……少しだけ休みません?」


「だったらお前は休んでろ。私は先に行く」


「こんなところに置いてかないでくださいよー!」


 ジンが泣き叫びながら追ってくる。

 こいつ……ここが敵地と分かって叫んでるのか……!?


≪あーうるさい! 叫ぶな怒鳴るな泣くな! 魔物が寄ってくるだろうが! お前は本当に冒険者か!? ちょっとは根性見せろよ!≫


 ジンは頭を押さえながら、小声で呟いた。


「姐さん、すみません……テレパシーで怒鳴るの止めてもらえません?」


 よし決めた。

 こいつ、後で張り倒す。

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